心の健康
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如来様を愛した女ー3 ulalan@(浦蘭 嶋多朗)「みおつくし」5月号より東京は詳しくないと言うので、東京駅近くの丸の内ホテルが便利だと、与志子に教えておいた。翌日は銀ブラをしたいと言うので、車で迎えに行き、銀座の老舗「梅林」でトンカツを食べ、少し散歩して「立田野」であんみつを食べ、何とも言えない穏やかなひととき、午後の優しい日差しにまどろみ、おしゃべりしながら程々の距離を散歩した。「与志子さんは、今の世の中で本当に信じられる人、本心で信頼して付いていける人、自分自身のすべてを委ねられる誰か、そんな人が周りを見渡して居ますか?自分を信じるか、自分自身の心の中に宿っているかも知れない、漠然とした神様みたいな何かを信じるしか無いんじゃないですか」そんな話しをしながら丸の内ホテルに戻った。翌日、与志子は丸の内ホテルを一泊で引き払い、六本木の東京ミッドタウン、リッツカールトンホテルに移っていた。何でも、そこならコンピューターに自分の名前が残っているはずなので、少しはサービスが良いのでは、と思ったようだ。47階の六本木ヒルズが見える夜景の綺麗な部屋を用意されたが、夜になって、青山霊園が見えるので恐いから来てほしい、と私に電話をよこした。その晩は、彼女が眠くなるまで部屋に居てあげることにして、2000円のおにぎりと3000円のお茶漬けをルームサービスで持ってきてもらい、深夜までおしゃべりして私は帰った。翌日は反対側の部屋に換えてもらい、もう一泊すると言う。六本木の街で食事でもと誘ったが、与志子は外へ出たくないと言うので、45階のロビーラウンジで軽く食事をして話し込んだ。そんな思い出を心に残して、与志子は京都へ帰った。約二か月、電話でのやりとりをしながら過ごし、また素敵な思い出を増やしたいと言って、今度は横浜へ行ってみたいと誘ってきた。新横浜で下車したと与志子から電話がかかって来た。新横浜で一泊したいから、どこかホテルは無いか、と尋ねられ、駅から歩いて行けるホテルで、わかりやすいならプリンスホテルがいいのでは、と伝え、電話を切った。ところが、数時間たって、また電話がかかってきて、プリンスホテルは気に入らないと言い、タクシーでシェラトンホテルにチェックインしたと言ってきた。時間が空いたら遊びに行くからと言って電話を切ったのだが、また数時間たって電話があり、シェラトンも気に入らないから、他に良いホテルは無いか、と聞いてきたのだ。私が以前、食事をしたことのあるインターコンチネンタルホテルを奨めたら、与志子はタクシーで、そのホテルに移動したらしく、数時間たって電話があり、気に入ったので一泊すると伝えてきた。気に入ってくれればそれで良いと、ひと安心していたのも束の間、また電話がかかって来て、一人じゃ退屈だからと、私に来てほしいと言ってきたのだ。私も、与志子には好意的な気持ちもあり、車で向かうから晩ご飯でも一緒に食べようと言って、第三京浜でホテルへ行った。一階のフロント横のティールームに居ると携帯に電話があった。眺めの良い窓際の席に座り、コーヒーを飲んでいた。横浜港が目の前に位置するそのホテルは海側を一望できる、とても良い場所にあった。お互いに、お腹も空いたという事でホテル内の中国料理レストランへ入り、フカヒレコースの食事をして、景観の良さを楽しみながら素敵なひとときを過ごした。部屋から眺める景色も最高だと言うので、一緒に部屋へ戻り、窓際の海側にある大きな窓辺に腰掛け、うっとりとした時間を楽しんだ。横浜港を行き来する船舶が眼下に見おろせる景色で、遠くにベイブリッジが見えて、山下公園が見えて、羽田空港から飛び立つ航空機も見え、最高とも言える眺めの部屋だ。やがて、日も暮れ、夜景がまた素晴らしい景観の部屋であった。
2009年04月30日
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