嫌いだった哲学なのに・・・


「自分自身が哲学なんだから!」と思っているところもあります(爆)。人にトヤカク言われる筋合いはないと(笑)
 それに哲学者は客観的に見るとひどい人が多いと思いませんか?
だって、結婚にしたって「愛しているから」ということではなく、自分の利益不利益だけで選んでいたり、
結婚してからの生活は全て奥さんにまかせて、自分は稼ぎがないのに好きなことばかりしていたりとか。
はっきり言って素直じゃなく、身勝手極まりないです。
冷静を保つための感情や欲望を支配するためのこじつけにしか私の目には映りません。

 でもそんな中、とっても共感できる哲学に会いました。それは『偏見や先入観』に関する哲学です。
丁度米国へ一人旅に出かけた後にこの哲学に出会いました。もっともなご意見で・・・と納得&共感。
なぜ共感できたのかというのも、この哲学者は唯一の経験論を基にした哲学だったからです。
他の哲学者は経験、つまり痛い目にあったことがないのに「そうならないように・・・」と憶測、予想で判断して唱えています。
そういうことは大嫌い!自分で確かめもしないのに、どうなるのかもわからないのに行動しないなんて。
例え失敗や後悔をしたとしても、「それをそうさせない次へのステップ」があるから成長していけるというもの。
そりゃ、通らなくてもいい道、知らなくてもいいことって沢山ありますが、その判断は「他人」から受けた影響からではなく、
あくまでも「自分の判断」に基づいたものでなければ、なんにも自分の身にならないと思います。
だから同じ所で何度も何度も繰り返してしまう。自分で考えたのではなく、他人から教えてもらったことだから、直ぐに忘れてしまう。
そんなことじゃ、救いにも助けにもならないのではないかと思います。

 わたしのウンチクはさておいて、その私が共感した経験論からくる哲学を紹介します。

哲学者 ベーコン
    ものごとの認識の道具として『偏見や先入観』=『イドラ』がある。
    真に正しいものは経験から得られた客観的なデータである。

☆★☆4つのイドラ☆★☆

『種族のイドラ』
  人間ならば誰でももつ偏見のことです。自分の生まれた種族の誇示する偏見のことです。
  これはなかなか気がつかないものでもあります。だって生まれもったものなのですから。

  例)人種の違いで姿形、宗教などが違うということに違和感をおぼえる。

『洞窟のイドラ』
  生活してきた環境などで作られる偏見です。要するに「井の中の蛙」ということです。

  例)自分の育ってきた家庭でのルールや躾が、世界のルールや躾だと思っていまい、
    それ以外のことを否定してしまったり、受け入れられなくなる。

『市場のイドラ』
  これは噂話や世間話のようなものから生まれる偏見のことです。
  だんだん尾ひれがついたりして、やっかいなものになったりもしますよね。

  例)「○○○ハンバーガー」(特定されている)は牛肉以外のものが混ざっている。→全てのハンバーガーは牛肉100%ではない。

『劇場のイドラ』
  なんの根拠もない権威・習慣を無批判に信じてしまうこととから生まれる偏見です。
  空想や憶測だけで勝手に出来あがってしまっているもののことです。

  例)「unjoulは月を見ると豹変して人間から前世に野焼きされてしまったバッタに姿を変える」
    と信じていること(爆)。(見たんかいっ!^^;)


 なぜ米国から帰ってきて納得したのかというと、さまざまな人種の集まっている国で、沢山の人の考え方や優しさに触れて、
自分がいかに「井の中の蛙」だったのかと・・・また、日本以外の歴史を目の当たりにしてカルチャーショックを受けていた時に
この4つのイドラを知ったからです。

 経験はなによりも知識、理解と納得を得られる最大の教えだと思います。
でも一番大事なことは、人に偏見や先入観を与えないように事前情報をどうやって客観的に伝えられるかということだと思います。
これが私の哲学かな♪(* ̄― ̄)v




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