石和温泉 0
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2日目の夜は、乳頭温泉郷へ。よく温泉ランキングで見かける温泉だけど、初体験です。田沢湖駅から約1時間、乗り合いバスに揺られて山奥へ。疲れて私達は三人とも寝ちゃったんだけど、ちょっと目を覚ます度に、窓の外はどんどん雪深くなっていき・・・バスの終点付近は、「これぞ雪国!」という景色でした。そんな雪道を数分歩いた先に、今夜の宿「蟹場温泉」が。乳頭温泉といえば「鶴の湯温泉」だけど、2月の連休で部屋がなく、この蟹場温泉も何度か電話してやっと見つけた空室。だいたい、乳頭温泉自体が山奥の昔からの温泉郷だから、どの宿もそれなりに古い、とは聞いてた。宿よりお湯を楽しむ、という感じかな。私達の部屋は、トイレ付でした。中にはトイレ共同という部屋もあるらしい。部屋自体はいたって普通。4.5畳くらいかな。そんなに広くはない。食事は、大広間で。各部屋、各テーブルで、というスタイル。旅館の食事は楽しみのひとつ。ここは不便な山奥の、しかも雪深い季節だけに、目を見張る何かが出てきたわけではない。が、蟹場温泉だけに蟹がたくさん!うちの姉のように「食べるのがメンドクサイ」という蟹嫌いにはなんの感動もない料理かもしれないけど、シャレが聞いててなかなかヨイ。雪山で蟹だもんねお楽しみの露天風呂は・・・浴衣と丹前に、長靴をはいて、写真みたいな雪道を下る(見える?一面雪だとわかりづらいよね)。2分も下るかな、というところにほっかほっかの温泉が。混浴だけど、夜20:00からの1時間は女性専用にしてくれた。更に!部屋で飲むお酒がなくなって、お風呂でも入って寝ようと12:00前に、無理とは思いつつ露天風呂行きの玄関を除くと、今入っているであろう人のスリッパはない。ということは!と急いで外へ。予想通り誰もいなくて、混浴時間なのに、約1時間女3人で存分に満喫。お風呂の周りに積もった雪に人型作ったりして・・・今思うと、ただの酔っ払いね。ま、外気が冷たいからのぼせないんだけど。その後やってきたカップルとほぼ交代で部屋へ。思いがけず楽しい温泉タイムになりました
2007年03月06日
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2日目は角館に行ってみました。小京都のような、趣のある家屋が残っているエリアだとか。雪の角館は格別だろうと楽しみにして。ところが、ご存知のとおり今年は暖冬。ここ角館も思いのほか雪が少ない・・・。←通りもこんな感じ。各敷地内には比較的雪が残ってはいたけど。大雪も大変だろうけど、雪国に雪がないのは、それはそれで寂しい感じ。日本の四季っていものなんだなぁ、と改めて実感。武家屋敷通りにはいくつももの武家屋敷がある。屋敷によって見学料をとるところ、とらないところがあるらしい。私達は、無料で見学できる「岩橋家」を見学に。見学といっても、土間からのぞく程度。もしかしたら、見学料をとるところは、もっと中まで見えるのかな。岩橋家の囲炉裏のそばでは粋なおじさんが栗を焼いてた。香ばしい香りにつられて覗き込むと、小さい頃に「まんが日本昔話」でみた部屋が。また、おじさんがぴったりなのよね。昼は、駅から歩いて武家屋敷通りの手前にあった「さくら亭」で。私は比内地鶏の親子丼。卵を3つも使っているという。八ちゃんとトーマスはあったかい稲庭うどん。ここの稲庭うどんは、老舗として有名な佐藤養助の親族(詳細はよく知らないけど)、養悦のうどんらしい。私の親子丼にもかけうどんがついてて美味しかった。のどごしのつるつる感は、あったかくても変わらなかった。お供は、地ビール「角館麦酒」駅までの帰り道に、駅で見つけたチラシに書いてあった、地酒の試飲ができるという「桜田酒店」へ。普通の地元の酒屋さんだけど、地酒の種類が豊富!チラシには「来たら必ずいいことがある」と書いてあったので、試飲ができるだけでも十分、といそいそと訪れてみました。行ってみてびっくり!試飲できるお酒なんてどれか一種類に決まっているのかと思ったら、私達の好みを聞いて、次から次に出てくる、出てくる・・・。安酒じゃなく、ちゃんといいお酒まで飲ませてくれました。前菜とならこれ、濃いめの食事と一緒ならこれ、とか、おかみさんがよーくお酒を知ってらっしゃるしかもお手製のいぶりがっこや、チェイサー代わりの水まで。ホントに美味しくって、八ちゃんもトーマス(一升瓶!)も購入。お酒好きにはここはオススメ!
2007年03月05日
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私たちは、刈和野の公共宿泊施設「ユメリア」に滞在。日帰り入浴もできる大浴場をもつ宿泊施設。「ユメリア」は、宿泊棟がレストランや大浴場のある棟とは異なるため、とっても静か。ルイのお母さんの地縁で、ロフト付きでロッジ風のとってもいい部屋にも泊めてもらえ、快適快適!ソファはベットになるから、綱引き後は誰ともなくソファの背を倒して眠りに・・・ほんとぐったり、だったんだもん 1泊2日2食付で¥9,800!食事も盛りだくさんで美味しくて、綱引きと蔵開きで疲れ果てた体に、心地よい休息でした。写真は右が夕食のスタート時点。乾杯の1杯つき!左の写真は朝食。夕食並みです。比内地鶏とか、はたはた寿司とか、名物をふんだんに並べてくれてました。初めて食べたはたはた寿司は、寿司というより、マリネに近くてさっぱりと美味しかったなんとここの1階に「ギバちゃんの部屋」ができてた!これまで出演した作品のパネルや、表彰トロフィーなどゆかりの品々が展示されている。一世風靡時代のあのグレーのスーツまで。元・一世風靡セピア、今や演技は俳優の柳葉さんは刈和野出身。今は、刈和野駅の近くに大きな家を建て、生活の拠点はそこにしているようで、この町の“誇り”みたいな存在なんだろうなぁ。タクシーや何やらに乗ると、必ず運転手さんが「あそこがギバちゃん家」と教えてくれる。おかげで大体場所を覚えちゃった。当然ながら、大綱引きにも来ていて、昼間の祈祷の際にも来てた、とルイが言ってた。ちなみに祈祷に来るのは、地元でも綱引きへの思い入れが格別な人だけみたい。確かに、ギバちゃん、血が騒ぎそうよね。
2007年03月02日
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今回の秋田旅行のきっかけは冬の伝統行事、国指定重要無形民俗文化財「刈和野の大綱引き」。友人ルイは刈和野出身で、大学で上京してからかれこれ20年近くが経つけれど、本人曰く「正月は帰らなくても、これだけははずせない」と。しかも「絶対に負けられない戦い」らしい。この行事の歴史は500年以上前にさかのぼるとポスターに書いてあったけど、つい数年前まではずっと「400余年」だったのに、急に+100年された様子???だったので、ちょっと調べてみました。刈和野の大綱引きは,平将門が天慶2年(939)乱を起こして敗れ,その一族は 落ちのびて福島の在にひそみ,やがてその子孫は各地に散った。一族の長山氏が いつの頃からか刈和野に土着した。その長山氏が奉ずる氏神が「市神」であった。 そして市神の祭事が綱引きで,町を上,下に分けて勝負を決着し,その勝者が その年の市場開催権を獲得したことから始まったと言われている。「市神様」は 昭和40年2月13日に浮島神社に合祀されたが,現在でも綱引きの際には奉載され, 綱に奉仕する上町,下町は「市」の開設日であった二日と五日をとって二日町, 五日町と呼ばれてきた。(「Media Akita」より)ということらしい。それにしても、平将門まで出てきちゃった!!!さて、私はこの行事への参加は2回目。以前からルイに話を聞いてはいたけど、実は「綱引きごときにあんな思い入れ?」と高をくくってた。以前、NHKで深夜に「日本の祭」って番組がありわりと好きで時々見てた。どこの祭りも、火があったり、人々が駆け回ったり、勇壮で伝統の祭りだから厳かで、TV画面から参加者の体温が伝わってきそうだった。その番組で「刈和野の大綱引き」も取り上げられたことがあって、「これは観なきゃ!」とかなり期待して観た。ところが!想像してみてくださいな、その様子を。綱引きだもの・・・地味なのよ、動きが。綱は大きいんだけど、2月の雪積もる中、夜21:00からスタート。画面全体がなんだか暗い感じだし、綱引きって、力は要るけど、大きな動きはないでしょ?だから、気づいたら観ながら寝ちゃってました(ルイ、ごめんなさい!)。とはいえ、百聞は一見に如かず。秋田は行ったことがないし、友人がそこまで熱を入れる行事を実際に見てみたいという思いもあり、数年前に行ってみた。今回も、なんとか休みがあったので2回目の挑戦。綱は、周囲2メートル強の2本の大綱(雄綱と雌綱)を約1時間かけてつなぎ合わせたもの。合わせ目が真ん中で、2つの町がそれぞれ雄綱と雌綱を引く。つなぎ合わせが終わった、だいたい21:00過ぎにいきなり引き合いが始まる。はじめは、綱同士のつなぎがまだ甘いので、スタートと同時に双方が一気に走って引き合う。だから小さい子や初めての人はびっくり!そのスピードにうまく乗れずにこけちゃうと、こけた人につまづく人が出たりして、将棋倒しに・・・お互い走り合って、綱がきつく繋がったら、いよいよ本格的に引き合いが始まる。掛け声は「ジョイヤ~サノ!!」。そのまま、10~15分。いつ終わるとも知れない戦いが続く。どうも「中心がここまでくれば終了」なんていう基準はないらしい。今年は引きっぱなしで、かなり勝ってるはずなのに、一向に終わる気配がなく、力と緊張感を保つのが大変だったただ引き合うだけの単純な行事なんだけど、地元の人たちの真剣さはただものじゃない。ルイなんて、普段は「物静かな感情の起伏のあまりない人」なんて思われてるけど、地元の人としか思えない戦闘服(スキーウェアに長靴)で登場し、戦いを前に談笑する観光客やただ周囲で立ってるだけの見物人にガン飛ばして・・・掛け声なんて人一倍出てるし、動きの悪い人たちのところに走ってって語気を荒げながらリードするし思わず、真剣に取り組まないと怒られちゃう!と大きな声を出して、一生懸命さをアピールしながら参戦したよ~それにしても、10分引き続けることは、想像以上に大変で、途中で腕の感覚がなくなる。「八ちゃんガンバッテ」とねぎらうつもりでかけた声にも「ガンバッテマスよ!アタシかなりガンバッテマス!!」と逆切れされたり、トーマスは将棋倒し寸前で動けなくなったり・・・ものすごく真剣でした。その分、終了したら、ルイは貧血に。私たちも放心状態。どうやら、刈和野の人たちにとっては、翌日の学校で勝者と敗者が本気のケンカになるほど、その意味合いは大きいらしい。ルイの町に参加して勝者だった私たちは、敗者の町を歩いて帰る時、勝者であることを悟られないよう、まっすぐ前を向いて無言で歩いたのでした。でも、こういう自分のソウルに根付いてる行事があるっていいよね~ただの綱引き、と侮るなかれ。その凄さは、翌々日まで、私たちの体の節々に残ってました。綱引き、恐るべし
2007年03月01日
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おぉぉぉ!!!いよいよ、絞りへ。ちょうど、品評会へ出すお酒を絞っているタイミングでした。そう聞くと、なんとなく神妙な気分になってきちゃう。ただ、過程をみてきただけなのに、すっかり「母」の気分に絞りたてをちょっといただきました大吟醸と純米酒。蔵の中で、こんな新鮮なお酒を飲めるなんて!!美味しい~って飲んでたら、ツアーの他の方々とはぐれちゃって。勝手を知った近所のお兄さんがいて、続きを案内してもらっちゃいました。大満足でツアーを終えて外に出ると、餅つきが始まってた。臼と杵での餅つきを見るのは久しぶり。私たち三人もつかしてもらいました周囲で見ている人たちの笑いの中で、囃す声が聞こえるんだけど・・・秋田弁だから何を言ってるのかわからなくてま、楽しそうだということはめちゃくちゃ伝わったけど。雰囲気、雰囲気 事務所の2階に案内されて行ってみると、長机が並んでて、その上には蔵開き限定のお酒とチェイサーとして仕込み水が。そういえば、仕込み水をチェイサーにすると、いい、って聞いたことがある。麹町あたりにそんな組み合わせがいくつか可能な店があるとも。つまみには、秋田名物「いぶりがっこ」。そして、ついたばかりの餅をきなこ餅にしてくれて、さらに手打ちそばまで!!!(あ、すみません、つい2枚も食べちゃいました)お酒は飲み放題。(あっという間に私達の近くのボトルは空いちゃって、お隣からいただきました)さっき、迷子になった時に助けてくれた、蔵のご近所の陽気なお兄さんと同じテーブルで、いやぁ、ホントに楽しませてもらいました。このお兄さんも、ご近所さんだけあってお酒が強くて豪快!やっぱりお酒はこうでなくっちゃ!私達も美味しいお酒に大満足!この間、蔵元からの酒造業界の現状の話を聞かせてくれたり、お客さんからの質問になんでも答えてくれて、よりお酒が身近になった感じ。終了は16:00前後だったかな。また駅まで送ってくれた。送迎代は往復で\1,000。送迎が不要なら、なんと無料!!!すごい太っ腹だもちろん、3人ともお土産に蔵開き限定酒を1本ずつと、3人で夜飲む用にちょっといいお酒を1本購入。でも、それ以上にご馳走になっちゃいました。それにしても楽しいイベントで、これを主目的に酒好きを募って秋田旅行をしてもいいかも!と思うほど。オススメ太鼓判押しちゃいます!ホントにご馳走様でした。
2007年02月28日
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早速、蔵のツアー開始。前に「夏子の酒」ってドラマで、昔は蔵は女人禁制だったって知った。お酒の神様が女性だからなんだって。ジェラシーってやつね。蔵に入るとすぐに、仕込み水が。ここにも杉玉を発見。廻る順番が、お酒ができる順ではないので、頭の中で組み立てながら進まなくちゃ。・・・でも、こっからの写真、順番がちょっと違うかもあくまでも記憶をたどり、私が勝手に組み立てたからみんなシャワーキャップみたいなのをかぶってツアーに参加。衛生管理は大切。蔵に到着した組から入場できる。係の方が一人ついてくれ、説明をしてくれた。米とぎ機あれ?米ふかし機だったかな・・・とにかくでかい!製麹室全部秋田杉。酒造りはここがKEY POINTらしい。ポイントといえば、昔から「裸足で外に立って我慢できないくらい寒くなったら、酒をつくれ」って言われてきたらしい。酒づくりには温度管理がとても大切なようで、だから寒い場所で美味しいお酒がいっぱいうまれてるのね。酒母室文字通り、酒の母。この中には入らなかった。製麹室と並んできっと雑菌が絶対に入っちゃいけない、大切な工程なんだろうな。発酵タンクアルコールは酵母のおしっこなんだって。においを嗅がせてもらうと、酵母の香りがした。一気に吸うと、かなり強い香り。↑これも発酵タンク。覗き込むと、表面にぷつぷつと。発酵している様子が見える。動画で撮ってきちゃったほど。発酵の日数がタンクの前には書いてあった。写真のタンクはたしか、10日過ぎくらいだったと思う。タンクの中は二酸化炭素が充満していて、人が落ちると死んじゃうくらいの濃度らしい。だから、転落防止のバーがついていた。だいたい大きなタンク1つで、一升瓶5000本作れるらしい。高級酒はさすがに小さなタンクで作るんだって。目の前で、お酒へと変化する様子を見ると、さらにお酒に愛着がわいちゃう
2007年02月27日
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かつて、私は焼酎が飲めなかった。「九州出身なのに」ってよく言われた。もっぱら日本酒を飲んでた。でも、上司と同席した宴で、焼酎ボトルがオーダーされたことをきっかけに飲めるようになって、今では焼酎を飲む機会のほうが圧倒的に多い。でも、やっぱり美味しい日本酒は美味しいということで、2月の連休(2/10~12)に秋田旅行に行った際に、秋田出身の友人ルイに教えてもらった「出羽鶴の酒蔵の蔵開き」に行ってきました。ちなみに、秋田旅行は帰省をかねたルイと、八ちゃん、トーマスの4人で行ってきました。ルイとは新幹線往復くらいしか一緒にいれなかったけど。さて、話は旅行前から。酒蔵なんて行ったことないし、きっと美味しいお酒も飲めるだろうし・・・と、情報をもらった時に迷うことなくメールで申し込んだ。八ちゃんもトーマスも反対するはずない!という自信があったから相談もせず。ま、私達の旅行にはは欠かせないので。蔵開きをしてくれたのは、大曲駅から車で約30分のところにある秋田清酒株式会社。ここの社長さんはいくつかの銘柄の蔵を持っているという話だけれど、今回は出羽鶴の蔵。酒蔵が淘汰されていく時代に、応援団ともいえる酒飲み達へ日ごろの感謝をこめて招待してくださる、というなんともありがたいイベント午前と午後の部があるようで、私達は午後の部(13:30~)へ。大曲駅から13:00発の送迎バスまで準備してくれていた。ところが、私達の新幹線は13:02大曲駅到着予定。仕方がないからタクシーで行くつもりで、申し込みメールで「駅から車でどれくらい時間&タクシー代がかかりますか?」と質問した。すると、すぐに携帯に連絡が入った。「10分くらいなら待ちますよ」と。え~~~東京砂漠での生活が長いと、そんなことを言われるとは思ってなかったのでびっくり!だって、私達のためだけの送迎バスじゃないから、当然他のお客さんもいる。その人たちも10分間待ってくれることが前提なんだもん。なんておおらかな県民性なんでしょう。「他のお客さんにご迷惑をかけるようならどうぞ出発してください」とだけお願いして、ご厚意に甘えることに。酒蔵さんからは「新幹線が遅れるときは連絡くださいね」とだけ。既に、訪問前からなんだか心の奥にあったかさを感じていたのでしたそして当日、新幹線は遅れることなく到着すると改札口でのぼりを持って、はっぴを着た係の方が本当に待っててくれた。しかも「遠いところありがとうございます」なんてあたたかな言葉まで。急いでバスに「すみません」と言いながら乗り込むも、私達を責めるような視線を投げてくるお客様はいず、居心地の悪さはなし。反対の立場なら、私ちょっとイライラしちゃいそうだな、と東京砂漠にすっかり浸かってしまった自分を反省したりしてというわけで、「ちょっと遅れちゃいましたけど、その分いっぱい飲んで帰ってください」という、またもありがたい言葉とともに10分遅れで到着!(写真:酒造入口。軒下につるしてあるのは、杉玉(別名:酒林)。新酒ができると蔵は新しい杉玉を吊るすらしい。吊るし始めは青い玉が少しずつこんな色に変わっていくんだって。)
2007年02月27日
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