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足がつった。またまたつった。もう、嫌になります。嵐君たちも、コンの最中につったって、言ってましたが、流石に今年は動き回らないから、つったって話は出ない。去年のコンは、MCの時、よくニノがつったような格好してたもの。夜中につることが多い。だからいつも枕元にタイガーバームと、塩水を置いておく。今日は、寝る前に両方にお世話になった。収まってから、お風呂に入って、暖めて、お肌のお手入れをしてから、薄い、医療用のゴム手袋をしてタイガーバームを塗りこんだ。お蔭で、朝まで何とか持ちこたえた。今日は、昨日と打って変わって、涼しい、涼しい。起きてきたオネエに「秋になっちゃった・・ってか」途端に返された「ばかじゃない」そこまで言うか。オネエめ。でも、クーラーを点ける必要が無かった。家中の窓を網戸にした。風が、気持ちよかった。あ・・・・大変だ、カーテンがとっくに出来上がってるのに、まだ、取りに行ってないよ。風で膨らんだカーテンを見て、気がついた。横浜、冷蔵庫、大阪、車、長野と気持が落ち着かない日々に、すっかり忘れていた。いつ取りに行こう、取りに行っても、取り付けるのは、パパがお休みじゃないとなあ。天井に近いところなので、私には背が足りない。来週は、京都で法事だし、それが済んでからだなあ。今日は、車屋さんが、代車を持って来て、車を持って行った。お昼、パパと御祖母ちゃんの様子を見に行った。もう、お昼近かった。ホームの前に車を止めると、開け放した網戸の玄関から、「だめっ。まだだから、あっち行ってなっ」ときつい声が聞こえてきた。門扉の呼び鈴を押すと、若い係りの方が開けにきてくださった。玄関を入ると、そこに居たのは、昼食の用意をしているケアの方と御祖母ちゃんだった。つまり、さっき、叱責されていたのは、御祖母ちゃんだったのだ。一辺に、切なくなった。御祖母ちゃんと一緒に御祖母ちゃんの部屋に行った。もう、ものすごい、おしっこの匂い。前回、会いにきて、帰宅しても、洋服についた匂いが取れなかったが、今日も、パパが家を出てから行こうと言い出したので、素足で来てしまった。御祖母ちゃんも解っているのか、「ベッドに座ったら、ましよ」・・・・・。本当に切ない。お漏らししてしまうのだろうか・・・。それとも、おしっこで濡れた上を歩いて、部屋を歩き回るからだろうか・・。解らない。暫く、かみ合わない話をして、ケアの方にご挨拶して玄関に出た。そこで、こっそり、持っていたウェットティッシュで足を拭いてから、靴を履いた。パパと近くのお店でランチをした時、聞いたら、やはり、部屋でしてしまうそうだ。もう、そこまでになっているのだ。私が行くと、しっかり喋るのに・・・。糖尿病は本当に怖い。おばあちゃんにとって、幸せを実感する瞬間は無いのだ。いつもいつも、ハングリーなのだ。痴呆とは、そういう物なのだ。何と言う、不幸なのだろう。自分で摂生が出来ずに糖尿病が悪化してなった認知症だけれど、何とも哀れな姿だ。だが、家族は、どうしてやることも出来ない。夕方、車屋さんが、車を返しにやって来た。今の車は、すべて、コンピューター制御になってる。一応、こちらが言った事はきちんとしてきたが、他にも、車を降りてから、ライトが消えるまでの時間の調節やら、ルームランプの、時間の調節など今度は、サービスのお兄さんを連れてきた。その場で、色色希望通りに調整してくださるというので、良いように皆していただいた。おまけに、お詫びだと、大きなお菓子の箱を持って来た。こういう事をされると、凄く恐縮してしまうのが、私。しかし、今回は、頂いておきなさいとパパが言うので、頂いたが、気持が重くなっちゃうから、困ったものだ。車屋さんが帰ってから、母を連れてお使い。私も一緒に買い物をして、スーパーから出てきたら、前の方の空が、真っ黒い煙で一杯。何、何、何?すぐに消防車のサイレン。火事だ!!!。ありゃりゃ大変、御祖母ちゃんの施設方向。母と買った荷物を積んで、すぐ見に行った。途中まで行って、少し方向が違う事が解り、引き返した。火事に遭われた方にはお気の毒ですが、ほっとした・・・・。母と帰宅。今日は、昨日の疲れと、今日の疲れで、少々バテ気味です。明日しっかり、休んで、長野公演に備えましょう。
2006年07月31日
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午前中11時近くの電車で、大阪へ。待ち合わせていた嵐友とのランチ。いつもの、美味しいお好み焼きを頂きました。大阪、物凄く暑かった。自分の顔が真っ赤になっていくのが解った。ビールを飲んだ友達より、飲まない私の方が、赤い顔。帰宅してから知ったが、梅雨明けしたらしい。異常なくらいの体中の熱さ、自分が倒れないか、心配するくらい。お土産に蓬○の肉まんを買って、神戸に帰る友人と別れ、大阪城に向かい、途中の駅のロッカーに肉まんを預けた。大阪城公園前の駅は、物凄い人、人、人。嵐のコンサートと、大阪市のイベントが重なって、「ごった返す」って言葉はこういう事を言うのだと納得した。こりゃ、帰りの切符を買っておいたほうが、賢いな。大分並んだが、まだまだ、皆と会う約束の時間まである。大阪城ホールの方に歩いて行くと、二部14時からのお客さんが、ぞろぞろと出て来ていた。友人からメール、すぐに返したかったが、日差しがきつすぎて、携帯の液晶画面が見えない。少し、木陰の中に入って、やっと返した。暫く、待っていると・・・、来た来た。彼女とは、二ヶ月ぶりです。そう、嵐君の撮影に一緒に通ったあの日々から丁度二ヶ月。すぐ近くの木陰に、仲間が集まっていた。ご挨拶も早々に、感想を聞いた。「横浜より、良かったよ」「無くなった曲もあるわよ」実は、さっきランチをした友人からは、横浜の方が良かった・・と言う方もいらしたと聞いていた。こりゃ、自分の目で確かめるまでは、何ともいえないなあ。時間になり、表は異常に暑かったので、早々に中に入った。今回の席は、バックステージに近いやはり、10列目の通路側。私の横のブロックの前の方は、やはり、親子席。クーラーの利いた中に入って、やっと、顔の熱さが引いた。トイレに立って、水で少し冷やした。今回、始まる前、数字が出る。5から始まって、1分ごとに、カウントダウンして、嵐が登場する。今までは、派手な出方をしていたのだが、今年は、特別な出方でなく、「きっと大丈夫」で普通に出てくる。横浜で予習していたので、何も驚かないぞと思った。感想は・・・・。全体を通して、断然、横浜より、良くなっている。曲の流れが、非常にスムーズ。横浜では、何だが、ブチンブチン切れ切れで、こちらの乗りが持続せず、沈黙の時間があったが、それが無くなっていて、いつものコンサートのように、流れが出来ていた。だが、横浜まで有った好きな曲がなくなっていて、新しい曲が入っていた。メンバーが遠いのは変わらない。だが、遠いなりに、アリーナ席の中を歩いたり、スタンド席の一番前の人と握手したり、トロッコに乗って来る回数も横浜より、ずっと増えていた。メインステージばかりだった歌も、センターステージに来たり、ムービングの上に乗っていたり、気のせいかもしれないが、そんな感じがした。MC、裏嵐は相変わらず、メインだった。ん?でも、横浜ほど、遠くないぞ。そうか~、会場の広さにも関係してるんだ・・と気が付いた。こりゃ、狭い会場、名古屋や、長野は、良いかもしれない。嵐君達は、「大阪」を楽しんでいた。関西弁を使ったり、歌の途中で「なんでやねん」と入れたり。大阪は、「乗りが良い」と凄く楽しんでいた。確かに横浜より、皆、一緒に歌ったり、コール&レスポンスもよく出来ていた。嵐君、嵐君のコンが良くなったのが、ファンは嬉しいんだよ。トリプルのアンコールの時、曲は唄ってくれなかったが、出てきて、一生懸命、自分達が、演奏できない理由を言い、出来ない事を詫びていた。東京に帰る時間が迫っているとのこと。何度も、ごめんねと、言ってくれた。本当に、良い奴ばかりなんだから。横浜のままだったら、私は、嵐コンと言うプロジェクトを、見損なってしまうところだった。出来上がっていないコンを見せられて、これでお金を取るとは、何事かと腹も立てた。しかし、今回大阪を見て、いつものように、非常に楽しい思いをしたし、踊りと歌も満足したし、歌も思い切り、一緒に唄えた。やっと、嵐らしい、コンになったように思う。出来れば、花道も欲しかったが、それは、追加再追加の一日3公演には、やはり、無理だったのだろう。無理なら無理なりに、プラスアルファが欲しかったが、横浜で無かった「プラスアルファ」が、大阪にはあった。あれほど、腹を立てた私は、いなくなった。非常に満足して、コン会場を出た。嵐君、やっぱり、君たちは、最高、素敵です。
2006年07月30日
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冷蔵庫がきてから、今日は、朝から、片付け。古い食材は、昨日のうちに処分したが、今度は、何処に何を入れるのか、決めかねている。背の高いビンの入れる先は決まったが、マヨネーズやら、デミグラスソース、タルタルソースの入れる場所が無い。今までは、立てて入れる容器があったので、そこに入れてあった。そのケースを入れようとすると、その奥がスコーンと空く。しかし、ケースがあるから、いちいちそのケースをどけないと、出せない。うーーーん。そうだ!!100均に行って、色色なかごや、小物入れを買ってこよう。思い立つとすぐに買いにいかないと、気が済まない。車に乗って、100均に行き、幾つかかごやら、小物入れを買った。これで、片付きます。お昼過ぎまでして、何とか、形になった。午後から、車が来る。待ちに待った新しい車です。車屋さんが、大きなトラックに車を載せてやってきた。裏の道は、7メートルくらいの幅があるので、そこで降ろしてもらった。なかなか良い色。「この色、今日現在のところ、日本中でこの車だけです。」「え?東海3県下だけじゃなくてですか」「はい、今日調べましたらこの色は、これが日本で初めて街を走る車です」むふふふ、嬉しい~。またと無い情報。この車この団地では、黒とクリームが1台づつ走っている。もし、クリームが走っていなかったら、クリームにしたかったのだが、乗ってらっしゃるのが、結構、家の近くの方らしくて、よく見る。どうせ買うなら、同じ色は、避けたかった。ただパパが心配していたのは、アメ車なので、アメリカ人気質の車だという事。以前のSAABは、スウェーデン車だったので、電気系統が弱いのが外車の欠点だが、そう、トラブルが無かった。何しろ、10万K乗った可愛い車だったが、さてさて、今度の車はどうでしょう。車屋さんのOさんが帰って行った。今度は、私が乗っていた父の車にパパが乗るので、朝からずっとパパは、今まで乗っていた車から、荷物を移したり、掃除したりしていた。私の車が来たので、今度は、私が、CDやら、カセットやら、トランクに積んでいた避難用具を、新しい車に移し変えた。ちょっと走ってみた。小回りはやはり利かない。広い団地の四つ角でUターンするのに、一回、切り返さないと出来なかった。まあ、良いでしょう。夕方、お買い物に出た。明日の大阪行きの切符を買ったり、銀行に行ったり。夕方、日が傾いたので、サンルーフを開けたら、青い空と白い雲が上に見えた。うん、なかなか快適ジャン。ありゃりゃ、CDが止まって電源が落ちてしまった。おまけに、時計も止まっているじゃない!これはいけません。すぐに、そのまま車屋さんに行った。慌ててOさんが出てらして「どうしました!」訳を話したら、すぐに原因が解った。ヒューズをきちんとはめていなくて、安全装置が働き、電気系統のスウィッチが切れたそうだ。しかし、結局、本社がお休みとかで、作動するためのセキュリティICナンバーが入れられず、後日、直してくださるというので、そのまま運転して帰宅した。パパに言ったら「やっぱり外車は駄目だなあ」と笑いながら呆れていた。パパは日本車崇拝者だからなあ。日本製の車が良いから、世界中で売れているのは解る。確かにムーブメントは、最高なのだが・・、形に魅力を感じない。以前、○岡自動車の「GARYU」が欲しかったのだが、値段が高いので、断念した。まあ、良いんじゃないですか。乗る本人が、走りに関しては、満足しているわけだから。また、月曜という事で。無事に切符も買えましたし、さあ、明日は、大阪。横浜で私をがっかりさせた嵐コン。どんな風に、バージョンアップしてるかな?今日、入っている友人からメールで、かなり変わったと知らせが有った。良いように変わっているのか、はたまた、もっと、最悪に成っているのか。明日の準備をしながら思った。嵐君、私を納得させてくださいね。長ーい付き合いになる、新しい愛車です。なかなか可愛いじゃん!
2006年07月29日
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午前中から、バタバタと冷蔵庫を入れ替える作業。まず、玄関の段ボールを空にし、崩した。幾つもの空き箱を裏に出した。廊下に置いてあった、御祖母ちゃんの部屋のTVが、壊れたと思い買ってしまった新しいTVの入ったままの段ボールを、御祖母ちゃんの部屋に入れた。さあ、今度は、台所。冷蔵庫の横のストッカーを引き出し、キッチンのダイニングテーブルの向こうに引きずっていった。それから、冷蔵庫の中。ここが一番の問題。もう、皆、捨てる気で取り掛かった。賞味期限の切れた物も、勿論、処分処分。ゴミ袋に、ビニールのもの、生ものと分けて捨て、ビンの中身を流し、ビンも別に捨てた。幾つも、ゴマだれのビンが出てきた。もう、本当に嫌に成っちゃう。やれやれ、もう1時近い。確か、1時から3時までの間に来るって言っていたな~。先にお昼の用意をしようかな?と思った途端、電話。「はいKでございます」「あ、Y電気の配送の者ですが、今から伺います」「!!・・・はい、お待ちしてます」言葉が詰まっちゃった。大変ダーーー!!。慌てて、まだ家に居たオネエに、ジュリアンを二階に連れて行き、繋いでもらった。すぐに「ピンポーン」早いって。上がっていただいて、何処から入れるのか確認。リビングと廊下との境のドアの幅がギリギリだそう。「やってみましょう。」ソファの上は、カバーをかけて、何とか隠した。古い冷蔵庫を出す段になり、「奥さん、冷凍庫の中、まだ一杯ですよ」きゃー忘れてた。慌てて隣の冷凍庫に移したが、ミイラ状態の鳥のモモ肉が落ちた。「・・・・」内心、汗。古い冷蔵庫は、出て行った。長い間、ありがとうございましたm(__)m新しい冷蔵庫は、何とか、入った。大きいなあ。配達の方が帰って行かれた。歯を磨きながら、オネエがやってきて言う。「大きいね」「うん」そう言えば、あの人、リビングの中をじろじろ見てた。ふと見ると、人形の乗っている小さい方の椅子の上。わぉ、人形の顔の上に誰かのTシャツがポイ。オネエが「ははは・・」といかにも愉快そうに笑った。「あなたねぇ、あれ、貴女のでしょう?」「すまん、すまん」もう、何をか言わん。それから夕方まで、片付け。もう、大変。夕方、疲れすぎて、気持が悪くなった。立ち上がろうとすると、ふらっとした。まずい。パパが帰って来て、チビと一緒に、カレー屋さんのカレーを買ってきてもらった。食事をして、やっと少し、樂になった。夜、TVで「トトロ」が放映された。見るのは、何回目だろう。私の中で、「ALWAYS」が一番になる前、「トトロ」が一番の映画だった。邦画、洋画、アニメ、すべての映画の中で、「トトロ」は特別だった。我が家は、皆、物凄く映画が好き。本数も見ている。特にチビは、小学生の頃から、好きで週に10本は見る。そのチビにも「トトロ」は特別。この映画が私にとって、一番なのには、忘れられない訳がある。「トトロ」を見るたび、辛くもなるのだ。私は、34歳の時、ウィルス性髄膜炎になった。当時、オネエは6歳、チビは、3歳だった。40度の高熱と、言語障害、頭が割れるような頭痛で、救急車で運ばれ、3週間の入院生活を送った。元々虚弱体質で、なかなか良くならず、その間のチビの幼稚園の御弁当作りや、家事は、パパと、小さな子供たちが、してくれていた。まずいことに、その間に、チビの初めての運動会があった。オネエは、小さいながら、チビの面倒を良く見てくれた。運動会の障害物競走の時、チビは、最後のお山の所まで、一等賞で駆けてきたそう。最後に父兄と一緒にかけっこをしてゴールするはずだった。母親がいない寂しい運動会にも文句を言わずに頑張っているチビを、パパは一等賞のままゴールさせてやろうと、待ち構えていた。ところが、お山を駆け下りる時、転んでしまったそう。すぐに起き上がって来ると思ったが、チビは、そのままそこに前のめりに転んだまま、顔を地面につけ、動かなくなったそう。皆がゴールしても、先生が優しくマイクで「Aちゃん、頑張ろうね」と仰っても、微動だにしなかったそうだ。他の御父兄も「頑張ってAちゃん」と仰ってくださっている中、3分経ち、5分経ち、これはまずいと思い、パパが抱きかかえて、ゴールした。見るとチビは、声を殺して、泣いていたそうだ。母親のいない寂しさも、全部、自分の中に押さえ込み、過ごしていた数日が、転んだ事で、一気に我慢の糸が切れたのだろう。パパと一緒にゴールしたら、わあわあ泣き出したそうだ。私はその話を病院で聞いて、泣いた。可哀相で可哀相で、自分の体を恨んだ。そして、この「トトロ」が、封切られた。同じ年頃のさつきとメイ。同じ、母親が長い闘病生活をして、二人でけなげに頑張っている姿に、年甲斐もなく、映画館で、おいおい泣いた。一緒に見に行った、チビやオネエが、呆れて恥ずかしがるくらい、泣いた。それから、この映画は、私にとっての特別になった。こんな思いをさせたんだなあと、さつきとメイを見るたび、あの時、子ども達に辛い思いをさせた、母親として失格の日々を思い出し、母親としての自覚を再認識したのだ。大きな木を見ると、トトロが住んでいるかもと、小さかったチビと探したり、どんぐりを笹の葉でくるんだり、その後、何回か倒れた私に、寂しい思いをしないようにと、パパは、子ども達の為、ネンドで大きな猫バスと、トトロ、さつきとメイを作った。今では、私の宝物だ。トトロの中でも、一番好きなシーンは、夜中に、さつきのお父さんの傘を指したトトロと、さつきとメイが、トトロにもらったどんぐりを植えた畑の周りを踊りながら回り、大きな木が、夜空に向かってどんどん大きくなっていくシーン。生命の素晴らしさを描いたこのシーンとサントラが流れると、決まって、おいおい泣いてしまう。今日は泣かないぞ・・と思ったが、駄目だった。無邪気に笑い、踊るさつきとメイは、そのままあの頃のオネエとチビなのだ。「何で泣くの~。もう、いい加減に泣かないの!」とあの時泣いたチビが、生意気な事が言えるようになった。横で見ていたパパが、「『母親』じゃなきゃ、お母さんの気持はわかんないよ」と私の代わりに言った。「トトロ」今日、また、見て、やっぱり、私の一番かなあ・・と改めて、思った。私にとって、さつきとメイは、そのままあの頃の娘達だから。画像は、パパの作った猫バスと、さつきとメイ。もう、色が、所どころはげてきてますが、バスの行き先は、娘達の名前が入っています。
2006年07月28日
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一週間前から、冷蔵庫のドアが、ちゃんと閉まらない。何かに当たってるのかと、中の物の場所を変えてみるが、どうも、だめだった。それでも、何とか、閉めていた。今日、朝、起きたら・・・・。中が、全く冷えてない。え?!うっそ。水も生ぬるい。あ~、誰か、ちゃんと閉めないで出かけたな~。と思った。で、もう一回、バッタンと閉めた。お昼。昨日、買って来た冷やし中華を作ろうと、お肉を出そうと冷蔵庫を開けた。ん?やっぱり全く冷えてない。今度は冷凍庫を開けた。ありゃ?ちゃんと、凍ってるし、ちゃんと冷え冷えの煙も出るよ。野菜室をあけた。きゃーー、野菜に汗。全然冷えてない。パーシャル室に入れてあったお肉を出した。くんくん、匂いをかいだ。臭い。痛んでる。大変ダーー、冷蔵庫が壊れてるーーー。この季節に、冷蔵庫が壊れたら、そりゃ、一大事。パーシャル室に入っていた、まだ封を切っていない、北海道から送ってもらった、物凄く美味しい骨付きベーコンを2パック、慌てて隣に置いてある、業務用の冷凍庫に入れ替えた。こりゃ、もう、お豆腐も、切って入れてあった桃も駄目か・・・。まずい、すぐに、冷蔵庫買ってこなくちゃ。お昼もそこそこにパパと電気屋さんに行った。ビックリした。もう、色色な種類、メーカーがあって、選ぶのに、四苦八苦。とりあえず、すぐに在庫があって、明日にも運んでもらえる物じゃないと。所が、どれも、帯に短したすきに長し。我が家は、丈のある物が多く入れてある。オイスターソースのビン、業務用のキュー○ーのゴマドレのボトル。業務用のおいだしかつお。チリソースのビン。それに、私のタラソテラピーの水のボトル、パパのコーヒーのボトル。お茶のボトル。紅茶のボトル。これが、今、皆ちゃんと入っている。だから、これがちゃんと入らない物は、却下なのだが、どれもこれも、皆、入らない。どうしてか、仕切りがやたらしてあるものだから、どうしようもない。これ、男の人の設計だなあと思った。女が設計したら、もっと、可動式の仕切りにする。文句ばかり言っている私に、パパは諦め、椅子に座ったまま。お店の方は実に品の良い、感じの良い、中年の方。いちいち私の言葉に、笑いながらも、納得してくださる。どうせ、こんな高い物を買わなくちゃならないんだから、思い切り、機能の良い物が欲しいと思うのが、人情。最近の、庫内除菌、野菜をエチレンガスで守る機能など色色。氷が自然にできるのは当たり前らしい。だが、その製氷機が取り外せない物と、取り外せて洗える物とがあった。しかし、その製氷機、どのメーカーも、小さい。小さい氷は、美味しくない。だって、直ぐ解けちゃうもん。今使っている物の製氷機の大きさの半分。これも、文句ばかり言っていても仕方が無い。綺麗な氷が出来る物にした。結局、N社のになった。な~んだ、今のと同じメーカーか・・・。明日、届けてくれるそう。・・・・・大変ダーーー。この大きさだと、裏口から入らない。・・・・という事は、お玄関から廊下を通って、リビングに入って、キッチンに運び込む事になる。どうしよう。絶体絶命。まず、玄関の段ボールを片付けなくちゃ。まだ、横浜から送った段ボールが、半分残ってる。廊下においてある、間違って買っちゃったTVの入った段ボールも片付けないと、通れない。問題は、リビング。いやいや、キッチン。今のより、大きいから、横にあった、ストックを処分しなきゃならない。勿論、現在使用中。中身、どうする?・・・あ”---。今の冷蔵庫の中、どうするよ。暮れに掃除していないから、いろんなミイラが入ってる。きゃーーー。もう、どうしたら良いの?だれか、手伝ってくれーー。あ、お母さん。明日、レッスンの日だったかな?明日、起きたら、早速誘拐して来よう。娘の一大事だ。もう、本当に、普段ちゃんとしてないから、こうなるんです。解っちゃいるけど、出来無い物は仕方が無い。ソファの洗濯物は、紙袋作戦。とりあえず、無事、冷蔵庫が入ったら、良いんだから。きっと、リサイクルに持って行くとき、ビックリするだろうなあ。10年、使った冷蔵庫。もっと綺麗にしてお別れしたかったのに。ゴメンネ。いやいや、明日、午後に配達だから、それまで、頑張ります。わーーん。急なことに対応できないADHD障害者。今日ほど、恨めしくなったことは無い。折角、新しい冷蔵庫を買ってもらったのに、素直に喜べない、情け無いなあ。私。
2006年07月27日
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疲れが、出てきたのか、眠くて仕方が無い。朝、ちゃんと起きられない。今日も、9時過ぎにオネエが出かける音で目が覚めた。下に降りて、昨日買って来たドンクの美味しいクロワッサンを一つ食べて、ぼうっとしてたら、寝ちゃった。11時、電話の音で気がついたら、カウンセラーから。ううう~~、また、行くのを忘れた・・・・。「今からの方がキャンセルになりましたから、いらっしゃいますか?」「はい、お願いします」物凄い勢いでお化粧して着替えて、試験休みのチビを叩き起こして、車に飛び乗って、電話を切ってから、20分で病院到着。新記録(爆)優しくて、美人のカウンセラーは、同じくらいのお歳の関西人。実にコメントが面白い。ここ暫くの状態を報告した。横浜に行く前の異常な緊張。鬱に対して揺れる気持。自分の自信の無さ、気持の頼りなさ。いつも嵐君に会ってくると、元気をもらえるのに、今回は、反対に日がたつにつれ元気を無くしてしまった事など。黙って、うんうんと聞いてくださる。時々、泣いてしまう私に、自分で自分が解らない。「Kさん、鬱の酷い時は、起きられなくて、家事もできませんでしたよね」「はい」「それが、今は、家事も前よりできるようになり、自分で落ちた時も、ちゃんと上がってこられるようになった」「はい」「それも、抗鬱剤を服用せず、安定剤とカウセリングだけでですよね」「はい」「それって、すごいじゃないですか?」「・・・・・でも、5年かかりました」「抗鬱剤を使っていても、そのくらいは掛かるのに、無しで、ここまで頑張ってこられたんですよ」そう仰っていただくと、そうなんだと思うが、一人でいると、やはり自信がない。これから先のことを考えると、暗澹たる思いになる。「あせらないでください。大丈夫、リハビリは、何でも時間がかかるんです」「でも、この先を考えると自分が情けなくて・・・。」「のんびり、ゆっくり、気持を解放してあげてください」「・・・はい」カウンセラーに話を聞いて頂くと、本当に、迷っていた気持がしゃんとする。ぐじぐじした思いが払拭される。やはり、来て良かった・・。帰宅途中、「ジョニー」を買いに行ったら、もう既に無い。お店の方に聞いたら、最近TVで紹介され、益々生産が追いつかず、今日は2個入荷したが、開店と同時になくなったそう。本当に美味しい物は、お値段が少々高くても、売れちゃうんだと実感した。仕方がないので、寄せ豆腐と、生湯葉を買って帰った。横浜から帰ってきて、もう、3日なのに、まだ、片付いてない。夕方、郵便局に行き、暑中見舞いの葉書を買った。帰ったら、チビがなにやら、作っていた。お料理すきなんだね。お昼、パパと3人で、いつものお店にラーメンを食べに行った。横浜公演の批判ばかりしているうちに、もう、あと数日で大阪公演。そろそろ大阪モードに気落ちを切り替えないと、突入できない。切符を明日にでも買ってこないといけない。横浜で予習が出来たから、大阪は、戸惑わず、見る事ができるだろう。今度の席は、バックステージのやはり、10列目。横浜でサプライズがあったから、大阪は無いだろうなあ。でも10列目って、結構、メンバーの視線が来る所。もう一回、サプライズがあったら、嬉しい。今回は、完全にMCも遠いから、双眼鏡は絶対忘れないようにしないとね。先入観無く見たかったので、横浜はセットリストを録音しないで行ったが、あまりにコンのスタイルが去年と違いすぎ、戸惑ったので、大阪は、少し、セットリストを聞いてから、行こうと思う。嵐君達の動きをしっかり見られるように。ニノじゃないけど、待ってろよ、大阪の嵐。あ、そう言えば、去年も雨だったが、週末の天気予報は、雨。先日翔君が雨男と判明。今年もっすか。翔君。
2006年07月26日
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今日は、朝、娘の車にETCを付けるため、○産のKさんが、車を取りに来た。娘が起きていなかったので、叩き起こした。火曜は、お休み。良いなあ。午前中から、御祖母ちゃんに新しい浴衣を買ってもらうため、いそいそと、御祖母ちゃんの乗ってきたタクシーにそのまま乗って、街に出かけて行った。母は、ほんとに元気だわ。残った私は、なんとなーく、なんとなーくだった。お昼ごろ、少し、ジュリアンの様子がおかしいのに、気が付いた。そう言えば、この子、全然鳴かない。昨日、帰ってきてから、どうも、中腰になるとき、可笑しな格好をする。心配した。決定的におかしいと思ったのは、宅配便がきても、郵便屋さんが来ても、吠えなかった事に気がついてから。暫く様子を見ていたら、後ろの左足を床に付けないで、餌を食べているじゃないの・・・・。大変。すぐに、駆け寄って、見てみたが、外傷は無い。骨でも折れていたら、昨日、あんなに歩けなかったはず。肉球も大丈夫。どうしたんだろう・・・・。毛を刈られて、コンクリートを長いこと歩かせたのが良くなかったのか。今まであったクッションの毛がなくなったわけだから・・・。古いブランケットを4つに折って敷いてやったら、床の上から、そこに場所を移して寝ていた。やっぱり、痛いのかもしれない。獣医さんに連れて行こうと、パパが帰って来るのを待った。3時過ぎ、車が戻ってきた。母が、新しい浴衣と、合わせるために持って行った帯と、美味しそうだったから・・と根昆布の佃煮を帰りに寄って渡してくれた。オネエは、そのまま学校に行ったらしい。夕方、昨日、食べ損なったうなぎを買いに出た。駅前のデパートに行き、適当なのを4本。ここのふわふわで美味しいけれど、良いお値段。頂いた商品券を足してお金を払い、包んでもらった。まあ、そうしょっちゅう食べる訳じゃないし、仕方がないな。途中、大きなスーパーに寄って、パパの水出しコーヒーのパックをどっちゃり買った。いつも、切らして、叱られちゃうのだ。このパック、なかなか優れもので、ボトルに水を入れて、このパックを入れておくと、美味しいアイスコーヒーが、出来ちゃう。以前は、いちいちコーヒーメーカーで挽いたコーヒー豆を買ってきて入れ、それをまた、冷やしていたのだが、私の体の調子が優れなくなってから、パックのアイスコーヒーを買っていた。ある日この水出しコーヒーを見つけてから、パパがこれの方が、美味しいと言うのでこれに変えた。それに、こっちのが、お得。ただ、4パック入っているので、ついつい、まだ有ると思い、切らしてしまうのだ。で、今日は、どっちゃり買った。これで、暫く叱られずに済む。パパは、コーヒーが大好き。それも、何も入れないブラックを日に5杯は飲む。私はコーヒーを飲むと、おなかが痛く成っちゃう。だから、お紅茶派。フレーバーティにも、一時凝って、我が家の戸棚の中には、ローズヒップだの、ハイビスカスだの、ローズティだのが未だに入っている。時々気が向くと、ガラスのティポットで色を楽しみながら頂くのだが、何せ、元来の猫舌。すっかり冷めるまで飲めないから、たちが悪い。美味しそうな桃もあったのでゲット。私は桃より、スモモの方が好きで、よく買ってくるが、今が旬で美味しい。どうも、いちごと言い、メロンと言い、マンゴと言い柔らかい果物が好きなようだ。買い物をしているうちに、表は真っ暗になった。帰宅すると、チビが帰っていた。夕飯の支度をしたら、パパが帰って来たので、すぐにジュリアンを見せたら、パパ大好きのジュリアンが、嬉しそうに吠えた。あ~、良かった、吠えたよ・・。足は相変わらず痛そうだったが、おもちゃの音の出るボールを、くわえて持って来た。もう大丈夫。良かった。抱きしめたら、暖かかった。ジュリアンも嬉しそうに、ぺろぺろ私の手をなめた。本当に可愛い子。チビとパパと3人で、うなぎを頂きました。今年は旅行中だったので、土用の丑の日にうなぎを食べられなかったが、これで、なんだか、ほっとした。ほどなくしてオネエが帰って来たので、今日はうなぎよ・・と言ったら、オネエが、私の顔を見て唖然とし、意味深な笑い顔になった。ははーーーん。「貴女、おばあちゃんと食べて来たな~」こくんと頷く。全くなんて奴だ。「だって、今年は丑の日にうなぎ食べて無いって言ったら、御祖母ちゃんが、お昼に食べようって言ったんだもん」「お母さん、今まで、丑の日に食べられなかった時、いつだって、近い日に食べさせてきたよね」「うん・・・」「今日って思わなかった?」「・・・思いました、昨日そう言ってたから」もうこういう時のオネエは、小さな子供の時と同じ顔をする。とても22歳の女性の顔じゃない。「ったく、食べたくなかったら、良いよ」と言うと「食べます」。我が家の7月のイベントの一つ、終了。うなぎを食べられる幸せを、忘れてはいけませんよ。パパに感謝しなさい。あ~、明日は、片付けなくちゃな~。頑張りましょう。
2006年07月25日
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お昼まで、ブログの更新やら、買って来た物の片付けをしていたら、チビが帰ってきた。今日は、1時間目しかなかったそう。丁度良かった。今日は、ワンコ2匹を迎えに行かなくてはならない。ホテルから送った荷物が届いた。開梱するのは、少ししんどかったので、そのまま置いておいた。2時すぎやっと、パパが帰って来た。聞けば、お昼ご飯を食べないで待っていたのに、自分は済ましたとの事、えーーーっそりゃないよ~。メールを送ったと言い張るが、携帯の何処を探してもない。で、途中のスパゲティ屋さんに寄って、チビと二人食事した。ワンコは、綺麗にグルーミングも終わっていた。帰宅途中、行きにあんなに鳴いたジュンが、チビの「うるさいっ」の一言でずっと大人しかった。やっぱりいつも世話をしている人の言うことは聞くもんなんだなあ。ジュリアンが途中でそわそわしだして、団地に入る坂道の信号で、チビと一緒に降りた。ジュリアンを散歩させながら、帰宅。かなり歩いたが、気持が良かった。昨日、土用丑の日でうなぎを毎年食べる日だったが、食べられなかったので、夕方、買いに行こうと思っていたら、疲れが出たのか、少し、だるくなってしまい、横になった。結局、冷蔵庫にあった、お肉を食べることになった。全くね~。今回のコンサートのことで、色色考えさせられた。一生懸命なのは、当たり前。じゃあ、一体、どうしたかったのだろう・・と思った。去年までのコンサートは、ファンとのふれあいを一番のコンセプトにしてあった。今年は、見せるコンセプトにしたかったのだろうか?だったら、メインステージばかりにいないで、皆が見える、センターステージで、唄い踊り、MCをすべきだったろう。花道もクレーンも無くした理由は何だったのか。追加公演、再追加公演で、自分達の限界を超えないよう動きを少なくするためだったら納得できない。事務所の意向で、金儲けのために公演を増やして、嵐君達のリスクを減らした事になる。TOKIOのように、楽器が出来、メインステージで演奏しながらの歌なら納得もする。だが、嵐と言うグループは、唄って踊りも大切な売りのグループだと言うことを忘れて居やしないのか。潤君がカメラの前で座り込んで、カメラに向かって唄った事を考えても、ちゃんと、普通に肉眼では見えない事が解っていたはず。私達は画像を見たくて行ったんじゃない。画像は、TVと変わらない。生の彼らを見たくて、少しでも近付きたくてお金を払い、行っているのだ。だったら、花道をつけ、できるだけファンの近くに行く事こそが、彼らのアイドルとしての使命じゃなかろうか。今回のコンサートのような仕様であるなら、横アリのような大きな会場を使うのは、間違いだと思う。大きなコンサート会場には、それなりの努力が必要じゃなかろうか。去年は、もっと大きなムービングステージだったし、クレーンもあったし、センターステージも、もっと大きかった。一昨年も、ムービングステージではなかったが、花道に散って、できる限り、ファンの近くに来て踊り唄っていた。2回、3回と見れる人は良い。なぜなら、1回の公演で、トロッコに乗って来たのは、たった2回のみだが、それが、回数を重ねて行くと、沢山近くに来てくれたと錯角をして、満足を得られるからだ。少なくとも、お金を払っている以上、1回でこちらを満足させなければ、エンターテナーとしても失格。双眼鏡じゃなくては、生の顔が見られないのなら、もっと最初から、小さな会場ですべきだったと思う。なぜなら、嵐君は、ロックミュージシャンじゃないのだから、どんなに遠くても、たとえ、会場の表にいても音楽だけ聞こえれば満足・・・・と言うものじゃないから。楽しくなかったわけではない。楽しかったから、嵐君達が、本当に一生懸命だったから、この公演をディレクトしたスタッフに問題を提議したいのだ。彼らが、一番輝くようにしてあげて欲しいのだ。折角の企画物の「COOL&SOUL」も、遠すぎて、実感がなかった。・・・・などと、ずっと、夜考えていたら、TVの衛星放送で、「鬱」の特集をしていて、落ち込んだ。パパが見ていたのだが、パソコンに座り、背中でTVの音を聞いていたら、鬱の人からのメールや、ファックスが読まれ、身につまされ、泣き出してしまった。たまらなくなってしまった。全く同じ気持、同じ状態の自分が、まだまだ、完治してないんだなあと、思い知らされた。私の場合、抗鬱剤を処方してもらっていないから、もう、5年以上の治療になっている。安定剤とカウンセリングのみだから、なかなか治らないのは仕方がないのだろう。あとどれだけ、治療すれば、良いのだろう。そう考えたら、たまらなくなった。まして、元気の元の嵐君のコンで、こんな思いになってしまったから、余計だ。来週、大阪に行って、もう一回、元気をもらえるだろうか。何とか、この不満を払拭して来たいなあ。
2006年07月24日
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まるで、ガイドブックようなタイトルだが、その通りだから仕方ない。寝不足になるかと思ったが、マッサージを入念にしたので、足もつらず、ぐっすり眠れ、気持の良い朝だった。窓の外を見ると。流石59階の眺望・・・と言いたいところだが、上空は、もやが掛かって、ミルク色だった。それでも、下の方のビルのヘリポートが見え、嵐君のプロモでそう言えば、ヘリポートが有ったなあと思った。そのヘリポートも、ずっと眼下。送ってしまう荷物を作り、着替えて用意をし、70階のレストランに朝食を家族で摂りに行った。ここの眺望は海側で、とても綺麗だった。フルーツ、オムレツ、ベーコン、ポテトサラダ、レタス・・etc.おなか一杯になり部屋に戻り、11時チェックアウト。ランドマークタワーから、クィーンズスクエアを抜け、ワールドポーターズへ。途中、チビが、アイスクリームが欲しいと長蛇の列に並び、購入する間、私は、先にあったロイズアンティークに行った。我が家の家具は、ここの物が多い。ミラーバックのバフェも、ドールの入ったキャビネットもここで買って、送ってもらった。今回は、ソファを探しに行ったが、碑文谷の店ほど揃っていなかった。でも、アンティーク家具の独特の匂いに包まれ、物凄く幸せな気もちになった。やっぱり、私、アンティークが大好き。子ども達が来て、ワールドポーターズへ。ここで、行く前から欲しいものがあった。家族と解散。5階に上がり、探すと有った有った、薔薇の花が入ったシャンプーボトル。子ども達が3階にお母さんの好きそうな昭和初期のお店があるよ・・・と携帯に連絡があり、降りた。「ハイカラ横丁」なかなか面白かった。大好きフィギアを初め、大好きアンティークグッズ、本物の昔のままのパッケージの薬、駄菓子、飲み物、印半纏、おもしろTシャツがあり、チビは、大好きな古い映画のパンフレットを幾つも買っていた。私は、普段ちょっと羽織るのに、印半纏が欲しくて迷ったが、諦めた。ガレの茶入れが有ったのにはびっくりした。しかし、ガレは、現在も工房が現存しており、アンティークかどうか見極めるのは、非常に難しく、何となく、造りから現代物のような気がしたが、10万の値が付いていた。皆で5階に上がり、チビが可愛いシマウマのネックレスをゲット。オネエは、すでに、素敵な刺繍のサンダルをゲット。5階の店に、物凄く可愛い子供用の長靴があり、どうしても欲しくなってしまったが、孫まであと10年近く仕舞っておくのもなあと、断念。時間は、1時。ソロソロ、中華街に行こうという事になり、みなとみらい線に乗り、元町中華街へ。中華街は、変わらないから、勝手知ったる何とか。もう、数え切れないくらい、来ている。まず、遅い昼食。今回は、パパと言う、スポンサーが一緒なので、贅沢しちゃおうと、少し高級な広東料理の珠江飯店と言うお店に入った。ピータン、ふかひれの姿煮、かにつめの揚げ物、豚ポーロー、車海老のエビチリ、それに、飲茶数種。もう、ほっぺが落ちそうなくらい、美味しい!!ふかひれは、シコシコしてて、コラーゲン一杯なのが解る。子ども達も、美味しいね~を連発。お肌の気になり出したお年頃。私は、途中でもう、おなかが一杯になったが、彼女達は、食べる食べる。たっぷり、美味しい物を頂いて、表に出た。いつものお店でピーナツケーキ(クッキー)を沢山買って、なかなかお目にかからない、ユリの実を見っけ!これ、新婚時代、よくパパに炒め物にして食べさせた。シコシコして凄くおいしいのだ。それから、何と、古代米も見っけ。中華街の食材屋さんは、これだから辞められない。だって、スーパーで、ほんのすこーし入ったサフランが、一袋結構な値段なのに、ここでは、小さい袋ながら、ギューギューに詰まったものが、400~500円で買えちゃうのだ。最近、なかなか大量に売って無い八角もゲット、荷物が増えるから諦めたが、全部のスパイスを買って帰りたかった。八角は、私は本当に良く使うので、こうして中華街に来ると、必ず買う。香りの良いジャスミン茶も、大きな袋で他のところより、うんと安く売っているが、以前に買った物がまだあり、今回は見送り。そろそろ足が、痛くなってきた。チビのお買い物も納得できたようなので、そろそろ駅に向かっていたら、足ツボマッサージの看板。チビ以外、お願いした。私は、これで3回目。中華街に来ると、最近、必ずしてもらう。パパとオネエは初体験。パパと二階に上がり、若い可愛いお嬢さんにアロマオイルを塗ってもらい、マッサージが始まった。私の足を揉み始めたお嬢さんが、驚いた。「酷く、浮腫んでしまってますね~」やっぱりですか・・・・。初体験のパパの顔がゆがんできた。思わず、噴出した。「パパ痛いの?」「・・・おお・・」「こういう痛さは初体験だからなあ」マッサージをしてくれているお嬢さんたちと、3人で笑ってしまった。「女の方より、やはり、男の方の方が、痛さには弱いですね」と言われ、苦笑い。痛、気持良いのが、足ツボマッサージ。15分、揉んでもらい、足は軽くなった。オネエも「気持ちよかったよ」最初にしてもらった時は、歩いても空を飛んでいるみたいだった。そこから、駅までの間に、チビは、また、豚マンをゲット、私は、マンゴタピオカジュースで、咽喉を潤した。パパは、シルバーショップで、和柄のTシャツをゲット。私は、最近できた集合店舗で、可愛い和柄の生地を3種類ほどゲット。ままー人形の柄が、メチャクチャ可愛い。アップリケにして、和風のクレージーキルトにしても可愛いなあ。さあ、これで、中華街ともお別れです。皆、堪能したようだった。お土産に月餅やら、ごまだんごを買って、中華街から、駅に行き、東神奈川で乗り換え、新横浜へ。お夕飯に御弁当やら、サンドウィッチを買って新幹線に乗り込んだ。考えてみれば、1時間半も掛からない。近いなあ。チビが「また、来ようね」と言うと、パパが「またな」。「面白かった?」と聞くと声を揃えて娘達が「めっちゃ楽しかった」そうだよね、チビの受験と、オネエの受験で、去年は何処にも行かなかったものね。家族で旅行に出たのは、神戸以来かな。あと何回、こうして4人で旅行に行けるかな?また、行こうね。写真は、今日の戦利品、右下がピーナツケーキです。
2006年07月23日
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昨夜、早く寝たかったのに、やはり、2時まで髪を洗ったり、用意をしたりで、朝、起きたら、やっぱり調子が今一。でも、7時過ぎに目が覚めちゃったので、そのまま下に降りた。しかし、それからが、大変だった。電車のアクセスやら、コンまでにどうするかとか、どこに連れて行ってやろうかとか、自分の中で一応のプランがあったのだが、緊張のあまり、凄い勢いで脂汗が出てきて、吐き気までしてきてしまった。2~3度、もどしたが、何も出る訳が無い。しかし、心臓がどきどきして、頭痛も。まずい、かなーりまずい。オネエに言ったら、さすが、カウンセラー修行中。いつも頭痛になったときに貼る小さな温シップを背中に貼ってくれた。どこに貼って・・とも言わないのに、ドンドン貼って行くので、不思議に思っていたら、「さわりゃ、こんだけ凝ってりゃ解るよ」「そうか~」「お母さん、私がついてるから、緊張しなくて良いよ、大丈夫だから」。鏡の前で嵐君のGの嵐でしていた鏡催眠をしたら、少し楽になり出発。電車に乗ってしまったら、頭痛も緊張も解けた。新横浜到着、桜木町まで行った。まず、荷物を歩く歩道からランドマークタワーに行き、ホテルに預け、それから、みなとみらい線で、元町まで行った。さあて、今からは、家族との楽しい時間です。海の見える公園から、少し下った所にある「何でも鑑定団」の北原照久さんの「ブリキのおもちゃ博物館」へ。パパと来たのは、もう、5~6年前。中に入ると、いたいた、オリバー、あれ?2匹いるよ。以前来た時、ラッキーにも北原さんの奥さんがいらして、オリバーが家のジュリアンと犬種が一緒だった事から、お店の裏庭のテラスで、色色なお話をさせていただいていたところ、偶然にも、同じブリーダーさんから引き取った、同じ誕生日の兄弟と言う事が解った。片や、有名人に飼われTVにも出てキャラクター商品もある、1週間に一回、グルーミングしてもらえる幸せな子、片や、一年に一度、毛を刈られて、ポインターのようになっちゃう、一般人の家の子。この違いに、我が家のジュリアンの不幸を思ったものだが、今回伺ったら、もう、数年前に死んでしまい、今の子達は、その1代目オリバーの子供達だそう。何だか、オリバーに逢えなくて、とても残念だし、哀しかった。でも、子ども達は、やっぱり、ジュリアンにそっくり。床におなかを見せて寝る姿はジュリアンそのもの。娘達は、おもちゃを見るより、ワンコたちと散々遊んでいたので記念撮影。お土産を沢山買って、ご挨拶して博物館を出て、すぐ近くの予約してあった、山手十番館に行き、お昼のランチコースを頂いた。ゆっくり食事をして、お店を出て、直ぐ横のイギリス館に行き、写真を沢山撮って外人墓地の前に戻った。その時点で、もう、3時近かったので、私はホテルに帰ろうと思ったら、子供達も、みなとみらいのあたりに行きたいと言い出し、予定していた「猫の博物館」に行かず、また電車で戻り、ホテルにチェックインした。この時点で、既に足は、かなりまずい状態だった。つってしまい、バスにお湯を張り暖めた後、持って来たタイガーバームを塗りこみ、暫くマッサージ。ポカリも、飲んで、色色やってみたが治らない。まずい、安定剤も飲んだ。そうこうしていたら、嵐友のaちゃんとの約束の時間に間に合いそうも無くなってしまった。本当に申し訳なくて、お断りのメールを打ちながら、哀しくて、自分が情けなくなっちゃった。もう、行くのを断念しようと、会場で約束してあったAちゃんに電話をしたら、「大丈夫、潤君が待ってるよ」。泣きたくなるような優しいAちゃんの言葉に、頑張ってみようと思いなおし、また、暫くマッサージ。4時半、やっと何とか足が持ち直し出かける用意をして、足にシップをして駅に向かい横浜アリーナへ。大分Aちゃんを待たせてしまったが、お目にかかれて、物凄く嬉しかった。ほんの少しだが、お喋りして、中に入った。今回の席は、Aブロック10列。探して座ったら、丁度会場の真ん中あたり、私の前からは親子席。おーーー、ラッキー!!。暗転。コンが始まった。双眼鏡持って来て良かった!潤君の髪、エクステがついてて長い。2曲続けて唄うと、直ぐ下のアリーナとスタンドの間の通路を、大きなトロッコに乗って、潤君、大ちゃん、翔君がやってきた。左に大ちゃんのソロコンの時の青いバングルをしていたが、潤君が髪を結ぶのに、ゴムを手首にしていたのを真似て、ピンクと黒のゴムをもう一方にしていた。潤君ばかり見ていたら、気がつくと、大ちゃんが、私のバングルに気付いて、Vサインをしてくれていた。そりゃ、私の前は、みな座ってるのだから、その上、通路横の席だから、目立つよね~。私もスリーピースで返した。横に座っていた方は、翔君ファンの方で、やはり、お一人でいらしてて、お喋りしていたので、ふたりで、「良かったね」と言いあった。今回、周りの花道も無いし、クレーンも無い。メイン、センター、バックステージだけで、あとはトロッコだけ。正直、去年の「ONE」コンに比べると、衣装も、ステージ衣装らしくなく、がっかりした。やはり、一日3公演をするには、花道を作ると、嵐君達の体が持たないのだろうか。去年の「ONE」コンが、100パーセントだとすると、私にとって満足度は70弱だった。結構、席も前の方だったのに、ずっと双眼鏡じゃなくちゃ、顔も解らなかったし・・。構成に関しても、MCもメインでしていたし、うらあらしのコーナーもメイン。これじゃ、バックステージ側の人は、もう、全然見えなかっただろう。しかし、勿論、MCの内容は面白かった。この日あった「ハチクロ」の舞台挨拶の話も、ニノが翔君になりきって、いつもの仲良しオチャラケをしてくれたし、鼻毛の話になり、潤君が女の子役で超可愛かったし、文句はない。しかし、歌の構成も間が悪いし、ファンとの交流もムービングステージだけ。物足りないなあ・・と言う感じは否めなかった。真面目な潤君はそれをちゃんと感じ取っていたのだろう。最後の方で、思わぬサプライズ。バックステージからいきなり降りてきた潤君が、手を振りながら、私の前に来たのだ。会場は、もう騒然となり、私の周りにいた係員が、立ち上がっちゃった親子席のお母さん達を抑えるのに四苦八苦。勿論、潤君は親子席に来たのだが、柵を隔てて子供達の頭を撫ぜたり、握手しまくっていた。本当に、潤君、すぐそこ。すぐ、目の前。お顔のちっちゃさや、体の細さ、大きなお目目、優しい笑顔が、もう本当に、すぐそこ。全くもう、真面目で、やさしい奴なんだから。今日は、一回のみの公演で、力が有り余っていたのかもしれないね。可愛い、すってきな笑顔を一杯頂きました。横にいらした方と、「キャー」と思わず抱き合ってしまい、「Kさん、良かったですね~」と言っていただいた。本当にすっごいサプライズでした。アンコールも、ダブル。「a day・・」のあたりから、いつものコンのようになってきて、やっとこっちも、熱くなれた。途中の「キャラメルソング」も、会場とニノで大合唱。勿論「A・RA・SHI」も、物凄く盛り上がって、大合唱。嬉しかったのは、好きな「身長差のある恋人」が聞けたことと、潤君のソロ曲の時、メインじゃなく、目の前のセンターステージで、歌ってくれた事。これも、今回の構成を良く解ってる潤君が、広い会場のファン皆が見えるよう、カメラに向かって座り込み、唄ってくれた。ワンコーラス歌った間奏の前、思い切り、ブチュッとカメラに投げキッス。会場は大騒ぎ。本当に君は、良い子です。ダブルアンコールが終り、嵐君がいなくなり、アナウンスに従い、順番に退場。会場の中のグッズ売り場に行き、気が遠くなるくらい並んで、グッズを買ったが、もう大変だった。今回、デザインが凄く可愛くて、バスタオル、ポーチ、バックとゲット。満足満足。表に出て、春、ワルキューレの時に一緒にお食事したKちゃんともう一人某サイトの仲間Sさんとそのお友達と4人で、鳥料理のお店へ。初めてお目にかかったSさんは、前から、会いたいと思っていた方だったので、凄く嬉しかった。やはり、私を含め、今回が初めての公演だった3人も、去年の「ONE」コンに比べて、不完全燃焼だと言う感想だったが、北海道はもっと、間が空いたり、もっと不完全燃焼だったそう。今回の横浜は大分、構成も変えてあったと言う。「あれで~」。ジャニーズ事務所さん、もっと、嵐君にお金掛けてください・・と言う結論。楽しい時間はすぐ過ぎる。お店で、嵐話をして12時近く、長野での再会を約束して、電車に乗る私とKちゃんを、駅までSさん達が送ってくださり、ホテルに帰った。夜のみなとみらいは、凄く綺麗だった。部屋に戻り、汗だらけになった体をシャワーで頭の先から、綺麗にリセット。足がまた、つらない様、暫くマッサージ。みんなにメールを送り、荷物を整理し、ベッドに入ったのは、3時でした。あ~、楽しかった!!やっぱり、嵐は最高!!!写真は、お食事した山手十番館と薔薇の花が一杯だったイギリス館、それに北原さんのお店の中庭にある、シンボルカーそれに戦利品
2006年07月22日
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緊張。あせり。混乱がマックス。なのに、どこかで、ま~、何とかなるよな~・・とか、離れ小島に行く訳じゃないから、お金とカードさえあれば、何とでも成るよ・・。と言っているもう一人の自分がいる。ただ、体の無理は出来ない。足がつっちゃうからね。もう、できるとこまでやって、出来なかったら、はい、そこまでにしましょう。鬱になった原因に私の完璧主義な性分がある。例えば今回もホテルから、長野の豪雨でおうちが水に浸かり、急に横浜にいけなくなった友人に、せめてパンフを送ってあげようと、封筒を用意した。考えてみれば、帰ってから送ったって、彼女はちっとも私を責めたりしないし、ホテルから送ったって、たかだか2日位の違いなのに、その2日が嫌なのだ。早く送るのは、多分、彼女のためより、自分の気持のためだ。それに、奇麗事かもしれないが、彼女の喜ぶ顔が浮かんできちゃうと、ついつい自分も嬉しくて、1日も早く届くように・・と、頑張ってしまう。こういう事ばかり考えてるから、できない時に、鬱になっちゃうんだよなあ。もっと、気楽に考えれば良いのにね。解ってるのに、性分はなかなか治らない。で、今、パソコンに向かっている。まだまだ、用意はできないし、明日の計画もまだ家族に言ってないのに、あまりに、自分が追い込まれたので、ここでちょいと、心を休めたくて向かった。そう、また、気持を吐き出してるのだ。読んでる人には、良い迷惑だ。でも、こうしないと、落ち着いて、用意が出来そうも無い。明日、曇ると良いなあ。雨は好きだけど、こういう時は、曇りが良い。天気予報は曇り。嵐友の東京のAちゃんが、肌寒いかもって教えてくださった。これで、お洋服の選択もできる。ありがたいです。明日、お目に掛かれる皆様。本当に、本当に、楽しみです。そして、忘れちゃいそうだけど、そうだ!!私、嵐君に会いに行くんだった。歌も振りも覚えられて無いけれど、思い切り、楽しみましょう。あ~、落ち着きました。明日の日記は、帰ってから。さあ、もうちょっとがんばろ。
2006年07月21日
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まだ、二日有る・・・と思っていたが、もう、一日になった。あ~、これもしなくちゃ、あれもしなくちゃ・・と、気ばかりあせる。持ち物、着る物、お目に掛かった方に渡す物。もう、頭の中が完全にパニクッている。今日した事は、クリーニングを取りに行って、切符を買いに行った。近鉄の切符を買って、あれ?学割、どうしたかな?あ、チビに貰ってない。慌てて、チビにメールしたら、「机の上に置いてある」おいおい、冗談でしょう。ここまできてるのに・・・・。仕方ない、もう一回帰宅して、学割の紙を持って、出かけた。JRに行き、横浜までの切符を4人分、学割は、折角取りに行ったのに、たった2200円、安くなっただけ。あ~、こんなことなら、あのまま戻らずにJRに行きゃー良かった。2200円じゃ、4人分のお食事代にもなりゃしない。時間とガソリン、手間を考えたら、ちょっと、がっかりしちゃった。オネエが学割を大学から貰って来るのを忘れたので、仕方ないなあ。4400円だったら、結構、嬉しかったのに・・。横浜の外人墓地近くの洋館のレストランに電話をして、22日の1時に予約した。美味しいコース料理がいただけるとの事。楽しみです。だいたいの、散策、見学コースを計画。私は、チェックインの時間になったら、家族と別行動にして、ホテルに行き、荷物を開いて、コンサートモードに切り替えです。夜、パパが切れた。娘達の普段の生活態度に切れたのだ。お風呂のシャンプーが無くなっているのに、知らん顔して、新しいシャンプーの容器を出したり、使った物を元に戻さなかったり、もう、本当に些細な事が出来ない。普段私が口をすっぱくして言っているのだが、私の言うことなど、もう、聞く年じゃない。ここらで、パパが爆弾を落としてくれないとなあ・・と思っていたところだったので、私も、納得して、叱られながらシャンプーの空きボトルで、ポカポカ叩かれている娘達を見て、「しかたないわね~」と涼しい顔をしていた。チビが、やってきたので、「何発、叩かれた」というと、「4~5発」思わず噴き出した。「仕方ないわね~、だから、いつもお母さんが言ってるじゃない」と言うと、ブスっと「分かってるもん」。まあ、たまには、良いでしょう。パパが切れると、怖いのは、解っているのに、貴女たちが、普段から言われている事をちゃんとしないから。良い薬になっただろう。あ~、もう、一日しかない。行けるか横浜!
2006年07月20日
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午後から、母をカラオケやに連れて行った。カラオケをするのじゃないのだ。母は、もう、40年、コーラスをしている。いつも、市の文化会館のレッスン室をかりているのだが、今日、発表会のために、急にレッスンする事になり、場所が無く、近くのカラオケやに行って、皆でレッスンするそうだ。で、私が、送迎。送迎だけじゃつまらないので、そのまま駅前に行った。先日、通販で、モデルや女優さんのシェアが、すごいボディシャンプーを買った。フランス産で、大きなボトルが二本来た。ラベンダーと、無臭のベビーソープとあったが、ラベンダーを頼んだ。普段、ボディシャンプーは使わない。なのに何故、購入したか・・・。物凄くあわが細かく、御顔にも使え、普通のお化粧なら、一緒に落とせるから。つまり、顔を洗える・・・と言うのに惹かれた。そして、名前を言えば、誰でも知っている女優さんやモデルさんの間で、凄い人気で、雑誌や、情報番組で紹介されてから、どこも売り切れだそうだ。今回、フランスから直輸入できたが、世界中の、あまりの人気に製造が追いつかず、日本には、この番組だけ急遽、特別契約し、限定本数だけ、輸入できたそう。これで洗うと、御顔も突っ張らず、体もすべすべになり、毛穴の汚れが、取れちゃう。娘たちが、毛穴の汚れを気にしていたのを思い出し、すぐに電話して、購入した。だが、届いたら、兎に角、デカイ。そこで、100均に入れ替え用の可愛いボトルを買いに行ったのだ。ほかの100均にもあるが、この駅前の100均のは、凄く可愛いのがあるのだ。今、台所で洗剤を入れているのが、黄色いプッシュ式で、全体は透明、絵はひよこさん。で、今回は、ブルーの口で、いるかの絵と、グリーンの口でカエルのと迷ったが、カエルにした。ラベンダーの香りの液体を入れると、あら、綺麗!添加物が入っていないので、本当に、ラベンダーの香りが良い。これで、お風呂に入る、楽しみが増えました。それから、本屋さんに寄って、横浜のガイドブックを3冊買った。中華街だけの物、横浜、みなとみらいの本、それに、持ち歩くのに良い、少し小さめの大きな地図つきのもの。見ていたら、行きたいところが一杯。アンティーク好きの私には、やはり、外人墓地周辺の洋館が良いなあ。いよいよ、準備万端です。あ、大変、まだ、切符を買っていなかった。明日、パパと買いに行こう。
2006年07月19日
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この題を見て、すぐに気が付く方は、かなりの通とお見受けします。これ、お豆腐の名前。正式には、「風に吹かれて豆腐やジョニー」。私は、お豆腐が大嫌い。豆乳も、納豆も、湯葉も、大、大、大好きなのに、どういうわけか、小さな頃から、一環してお豆腐が嫌い。よく言われるのは、お豆腐が食べられないのに、豆乳みたいなまずいもの、よく飲めるね・・・だ。勿論、メーカーにもよるが、私が、大好きな豆乳は、韓国から輸入されている豆乳で、少し甘い。勿論、遺伝子組み換えもしてないし、甘味料も入っていないが、甘くて、美味しいのだ。で、そのお豆腐の大嫌いな私が、最近、大好きになったお豆腐が、これ。出会いは、いつものスーパー。一丁100円前後で買えるお豆腐の中、1パック298円。また高いお豆腐だなあ・・・が第一印象。最近は、大きなスーパーに行くと、お豆腐もピンからキリまで、色色な種類が出ている。いつも行くスーパーも、大きな団地を3つ抱え、6種類くらい、お値段の違う、寄せ豆腐やら色色有るのだが、最初、この名前に「ふざけてるのか、本気か」と、手に取り、一番高い値段にも「喧嘩売ってんのか」と、買ってやろうじゃないの、と買って帰ったのが、始まり。さあて、いつものように、まずいのか・・。私はお豆腐の何が嫌いかと言うと、あのにがりの後味、それに、豆臭さ。口の中で、崩れていく粒子の粗さがたまらなく嫌なのだ。初めて、食卓に登場した日。恐る恐る、口に入れた。「!!・・・これ、お豆腐じゃない」が第一印象。口の中に嫌な粒子が残らない。実にクリーミー。ちょっと硬めのさっぱりしたマヨネーズのような感覚。味、私の大好きな韓国の豆乳の甘みがある。後味、にがりの嫌な感じが全く無い。驚いた。こんなお豆腐があるんだ。沖縄産の天然にがりと、北海道の大豆。京都でも、こんなの食べた事が無い。メチャクチャ美味しい。家族の感想は、「これ、もう、豆腐じゃないな」パパ。「なにこれ、めっちゃ美味しい」オネエ。「美味しい!! お母さん、これからずっとこれね」チビ。かくして、我が家では、「豆腐やジョニー」は、完全に受け入れられた。しかーし、無い。無いのだ。夕方行くと、すでに、無いことが、ここ数日で解った。で、今日。朝、御祖母ちゃんの薬を貰いに病院に行き、施設に届けた帰りに、スーパーに寄った。あった、あった、でも、たった5パック。縦長の楕円形のパックが、半分に割れるようになっており、その表面に「風に吹かれて豆腐やジョニー」と書いて有るのだが、色色なお豆腐が並んでいる中、中段に5パックしかなかった。勿論、全部買占め。賞味期限は、27日まである。毎日、食べても、良いくらい美味しい。今晩の夕食。ここ数日、「豆腐やジョニーは~?」と家族に言われ続け、「無いのよ~」と言い続けた私。ガラス鉢にお豆腐を出した途端、「ジョニー有ったの!」「買い占めてきた」「よしよーし」と美味しそうに食べる家族の皆様。「やっぱ、こりゃ、別もんだな」と同じ台詞を言いながら食べるパパ。嬉しそうにニコニコして食べるチビ。「美味しいよな~ほんとこれ」と言うオネエ。頑張った私は、ダイエット中につき、明日のお昼までお預けです。我が家のマイブーム「風に吹かれて豆腐やジョニー」と言う名前のお豆腐。暫く続きそうです。
2006年07月18日
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朝から、頭痛。まったく嫌に成ります。横になったり、薬を飲んでみたが、ちっとも治らない。もう良いや。今日は、朝から雨だし、ゆっくりしましょう。お昼過ぎ、北海道から、頼んだたらこと、明太子が届いた。オネエと味見。うん、美味しい。流石に本場ですね。そろそろ横浜への切符も買いに行かなくちゃならないのに、全く、頭痛はよくならない。ずっと、横になったまま、寝ていたら、猫のミルキーがやってきて、鼻の頭をペロペロなめた。この子、本当に人間じゃないかと思ってしまうことが多々ある。こっちのいう事は、ほとんど理解しする。「おいで」「だっこ」「降りて」「まんま」「お水」「ころりーん(寝ていて、寝返りをうつ)」彼女は私を自分の親だと思っているらしく、お風呂上りの娘が、私と喋っていると、必ず、やきもちを焼いて、娘を噛みにくる。「何もして無いのに、如何して噛むのよ~」といつも娘に叱られているが、どういうわけか、上の娘が、肌を出していると、噛みに来るから不思議。チビは噛まない。・・・と言うか、相手にしていないようだ。今も、私の横に座っている、可愛い子です。夕方から、少し樂になったので、パパとチビと買い物に出た。帰りに、新装開店の、行きつけのケーキ屋さんに寄った。「わあ、綺麗になりましたね~」と入って行くと、「いつもありがとうございます」といつもいる、若いパティシェの女の子がご挨拶してくださった。新製品も説明してくださって、早速、お買い上げ。パパはここのお気に入りの12個セットの「プチモンブラン」を、私は、新製品の「アプリコットタルト」をホールのままチビも新製品の「プチチョコ」を頼んだ。ケースの中に1万円のパウンドケーキみたいなのがあって、聞いたら、食べる前に、ブランデーをしみこませ、切って食べる、フルーツ入りのケーキだそう。そう言えば、ユーハイムの「サバラン」の大きなものみたいだな。パパはそれも買おうとしたので、「パパ、そんなに一度には食べられないよ」と止めた。もう、本当に、ケーキとなると、子供に戻っちゃう人なので、困ります。お勘定をしたら、そっと、「これも、新製品なので召し上がってみてください」と、ハチミツフェナンシェを幾つかサービスしてくださった。それぞれにケーキを持って、帰宅。アプリコットタルトは、甘くなく、美味しかった。プチチョコは、しょうがが入っていて、私はパスだなあ。フェナンシェは美味しかった。夜、買ってあった、新しいプリンターと、入れ替えた。私の使っていたプリンターは、娘のパソコンに付けた。今度のプリンターは優れもの。CDに直接印刷できたり、デジカメの写真を、パソコンからじゃなく、チップだけ入れたら、写真に印刷できる。また、楽しみが増えました。でも、パソコンにつなげるのが、大変だった。でも全部、自分で出来ました。早速、昨日の写真をプリントしたら、写真屋さんでして貰ったように、綺麗に出来た。さあ、これで、暑中見舞いでも、作りましょうか。
2006年07月17日
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オネエが、8月に病院で実習をする。岐阜の大きな病院。ドライブがてらにパパと、チビと出かけた。少し心配だったのだ。本人は、軽く考えていて、通っても居ない高速で行けば良いとそこを希望したくらい、全く、地理に疎い。他に浜松の病院やら、宿泊施設が必要な病院を避けてわざわざお金を使わなくて良いよう、親に気を使って決めてくれたらしいが、こういうところが、ポイントがずれている子。色色調べてみたが、大変な山の中。物凄く、大きな規模の病院だが、岐阜の大垣から車で3~40分掛かりそうな場所。こりゃ、ちょっと親として、見に行く必要があるなあと、オネエは嫌がったが、こちらも大垣に行きたくて、丁度ドライブ日和だし・・・と出かけた。高速を降りて、一時間、やっと、曲がる道まで行き、私はカーナビが嫌いなので、パソコンで地図を印刷してきたものを見ながら、走ったが、何回も曲がり、最後は、うっそうとした山道に入った。こりゃ、絶対、方向音痴のオネエには無理と、パパと言い合った。まして、朝ならまだしも、夜、真っ暗な中、絶対道に迷う。オネエの車はカーナビも付いてない。やっと目の前が開け、病院の前に出た。綺麗な病院だった。敷地の中には、福祉施設やら、職員寮、デイケアセンター、馬小屋まであった。お休みかと思ったが、中に患者さんがいて、開いていたので、入った。受付で、色色伺って、病院を出た。こりゃ、大垣の駅前のホテルを取って、車で通わせようと思ったが、ちょっと無理っぽいなあ。公共交通機関も、電車は1時間に1本、バスも病院の患者さん用の時間になっていて、朝9時までに入っていなければならないのに、その時間には、バスは出ていないそう。ただ、職員寮の部屋が空いているそうなので、研修生は、いつもそこに泊まってもらう・・との事で、まあ、聞くだけの事は聞いてきたし、後は、オネエが、自分の判断で決めるだろう。そこから、さらに、大垣に向かった。初めて、ゆっくり行った。京都にしょっちゅう帰っている頃は、大垣から名神を降りて、帰宅した事も多々あったが、こうして大垣目的で行ったのは初めて。まず、大垣城に見学に。すごく綺麗なお城だった。整備された公園の中にあって、横に美術館やら向かいに、資料館があり、どこも、素敵なお庭や、建物だった。天守閣からの眺めは、残念ながら、雨だったので、遠くは見えなかったが、やっぱり、お城は天守閣だなあと思った。槍やら、火縄銃、弓が持てるようになっていて、記念撮影。歴史の大好きなパパは、熱心に見ていた。お城を出てから、先日、折角行ったのに、とんぼ返りしてきた、潤君が、集団就職で出発する・・・と言う設定の撮影が行われた西大垣の駅に行った。あの時、レトロな自動車が置かれていた場所に車を止めてもらった。駅舎は確かにレトロだったが、こうしてみると、あの時、かなり、セットが設置してあった事が解った。あの日、身動きができないくらい、スタッフで一杯だった駅舎は、元どおりの、普通の駅に戻っていて、乗降客も、誰も居ない、静かな駅に戻っていて、客待ち顔のタクシーが一台、駅舎の横にいた。早速、記念撮影。満足、満足。あれから、もう、ひと月も過ぎちゃったんだなあ。帰途についたら、御祖母ちゃんのホームからTEL.パパが、車を止めて、30分も喋っていたので、私が運転を代わって、近くの石焼のピザ屋さんに入った。凄く素敵なお店で、今日は日が良いのか、お店の奥で、若い人たちが、結婚式の二次会をしていた。お料理も、パスタも皆美味しかった。オネエに大きなピザを買って、やっと帰宅。今日は、疲れました。
2006年07月16日
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今、帰宅。今日は、映画を見て来ました。「日本沈没」泣きました。常套手段な作りだったのに、泣いちゃいました。午前中、この暑いのに、パパは帽子も被らず、ゴルフに行きました。私は、ゆっくり、起床。ものすっごい、良いお天気。なのに、天気予報は、夕方雨ですって。何だか、何もしたくなくて、今日も(も・・です)お休み!と決め込み、TVを見たり、新しい電話の操作を調べるのに、悪戦苦闘したりしているうちに、もうお昼。オネエは、毎週土曜日は、午前中に家庭教師のバイトをして、午後から学校なので、いつもいない。チビと二人、焼きそばに一杯お肉とキャベツを入れて食べた。最近、チビは、青海苔に凝っていて、真似してたっぷり掛けたら美味しかった。どうしたらそんなに赤くなれるの?というくらい、日焼けして、パパが帰って来た。お酒でも飲んでいるのかというくらい。ゴルフ場で温泉に入ってくるから、さっぱりしたお顔。夕方から、映画を見に行った。今回は、私が如何しても見たかった。チケットを買って、歩いていたら、この期に及んで、パパとチビは「パイレーツ・オブ・カリビア」を見たいと言い出したが、無視無視。内容は、言わずとしれた小松左京の「日本沈没」草梛(なぎの字が違いますが、変換するとここに載せられないそうです)君がすごく良かった。また、本当にちょい役で、凄い人達が出ていたのに驚いた。だって、丹波哲郎なんて、昔の写真だけの出演。和久井映美さんは、草梛君のお姉さんの役だったが、台詞は3つだけで、出演時間は1分もなかった。ミッチーこと及川光博が、草なぎ君の同僚役、重要な役どころで、メチャメチャ良かった。最近のミッチー、歌手より俳優さんの方が良い。勿論、柴崎コウも可愛かった。またまた六平直政さんが出ていた。小松左京の「日本沈没」が、最初に話題になったとき、徹子の部屋に精神科医、斉藤茂太さんのお母さま輝子さんが、ゲストに出られた事がある。知る人ぞ知る斉藤茂吉の奥さんで、茂太先生と、弟の作家の北杜夫さんのお母様。海外旅行好きな輝子さんは、歯に衣着せぬ物言いで、私は大好きだったが、その輝子さんが、小松左京と一緒に、北極に旅行に行った話が忘れられない。流氷を見に行ったそうだ。所が、手違いで、危険な場所に下りてしまい、氷が割れたら大変と、船のキャプテンが、乗客を船に次々上げていたとき、小松左京が、自分より年上であり、女性である自分を置いて、我先に、船に上がったそうで、「あの男は駄目よ~」と、けちょんけちょんに黒柳さんに話をし、徹子さんが、もう、おなかがよじれるくらい、笑っていた事があった。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの小松左京も、流石の輝子さんにあっちゃ、かなわないなあ・・とTVを見ながら、私も爆笑だった。私が、丁度大学生の頃、文壇の第三の新人といわれた文学者達が人気だった。遠藤周作、安岡章太郎、阿川弘之、曽野綾子、吉行淳之介などがその人たちなのだが、私は遠藤周作の「ぐうたらシリーズ」が好きで、学校の行き帰りに読んでいたが、あまりの面白さに、バスの中で声を出して笑ってしまい、友人達が、隣に座るのを嫌がった時期がある。その遠藤周作の「ぐうたらシリーズ」によく名前が出てきたのが、この人たちで、TVでも毎週「すばらしき仲間たち」と言う対談番組があり、ひとくせも、ふたくせもある彼らが、時々出てきては、対談した。その面白さに、毎回、凄く楽しみに見ていたのだが、よく、北杜夫やら、茂太先生も出てきて、この輝子さんの猛女ぶりを話題にしていた。小松左京から、随分話が飛んだが、これがADHDたる所以。映画の話をしていたのだった。感想は、面白かった。特撮も非常によく出来ていたし、海上保安庁、自衛隊、深海探索研究所、東京消防庁などの、全面協力で作られており、本当に、よく出来ていた。そして、本当に恐怖を覚えた。ここのところの度重なる地震に、お話だけでは済まない、恐ろしさを感じた。一見の価値はある。人々の極限時の勇気と優しさも素敵だった。もし、お時間が許すなら、是非、ご覧になってほしいと思う。映画館を出て、食事を済ませ、帰宅。明日は、オネエの実習の病院を見に行こうと思う。
2006年07月15日
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昨夜遅くまで起きていたので、寝坊した。今日は、最後の革工芸。慌てて、黒のスカートにレースの黒の上着の中にベージュのノースリーブのサマーセーターを着た。やはり、今日は、明るい色は着られない。お道具は持って行って良いのかなあ。躊躇したが、亡くなった先生の妹さんの私の音楽の恩師に電話で聞いた。「ええ、良いのよ、持って来てね」。キッチンのテーブルの上の片付けもしないまま、車に飛び乗って、高速に向かった。1時間遅刻してしまった。いつものお教室のドアをそっと開けた。いつものように、皆が、とんとんと革を叩いていた。恩師にご挨拶して自分の席についた。良かった。いつもと同じメンバー、いつもと同じ、明るい教室。ただ違うのが、先生のお顔がなかったことと、お花が机の上に置かれていた。席についたら、横に、素敵なスプーンがケースに入れられ、置かれていた。なんだろう・・と持って、見ていたら、恩師のO先生が、「それ、最後のお土産なの」・・・・。そうだった、先生は、ヨーロッパに旅行に行かれて、そのお土産を御近所に配ってらっしゃって、そこで倒れられ、救急車の中で亡くなったんだった。素敵な陶器の絵のついたスプーンだった。先生、大切にさせて頂きます。私は今、セカンドバックの仕上げをしている。後は金具をつけて終り。なかなか上手く行かなくて、20年来、続けてらっしゃるHさんが、付きっ切りで、教えてくださった。「先生、今頃、その辺にいらして、『あんなに教えたのに、何やってんの』って仰ってるよ」と笑いながら、仰った。物凄く寂しかった。いつも、先生の隣が私の席だった。あの笑顔、歯に衣着せぬ、それでも気持の優しいお言葉が、ポンポン出てきて、いつもお教室は笑いに包まれていた。「あなた、ここは、こうじゃないわよ」「あ、あ、そんな事しちゃだめよ~」何度、叱られちゃったことか。それでも、東京生まれで話が合って、同じ、オールドイングリッシュシープドックを飼ってらして、本当に、可愛がって頂いた。とても寂しいです、先生。お昼に行く時、O先生に「寂しいですね、もう、ひと月経っちゃいましたね」と話しかけたら、「そうね~」と深く息を吸い込んで、しみじみ仰った。二人姉妹だったから、本当に仲がよくてらっしゃって、O先生の寂しさはいかばかりかと、お察しした。先生は、もう、80近く、O先生も70をとうに過ぎてらしたが、この年まで、仲の良い姉妹で本当に羨ましいなあと思っていたのに・・・。これからどうなるのか尋ねた。先生が御存命なら、先月、展示会の予定だったが無くなったので、落ち着いた9月に追悼展示会をする事になり、お教室も、これからベテランの方に教えていただける途の事。良かった。本当に、面白くなってきた所だったので、辞めたくなかった。感謝。来月のお約束をして、夕方、解散。暑い日だった。何処かで38℃だったそう。車で高速に乗った時、梅雨が明けたように、入道雲が空の向こうにモクモクと見えた。先生、明るい方だったから、そう言えば、あまり、雨だった事が無い。先生の笑顔を思いながら、御冥福を改めて祈った。
2006年07月14日
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ブログは、都合が良い。思い切り、気持を吐露し、思い切り、吐き出し、思い切り、ぶつけた後、全部、リセットしようと思った。したい事をして、食べたい物を思い切り食べよう。戸棚のお菓子の入っていた扉を開いて、中に入れたまま、ずっと何ヶ月も、誰も食べないまま封も開けてないお菓子を全部処分した。気になっていたから、めちゃくちゃ気分が良かった。空っぽの可愛い缶が一杯入っていた。ディズニーランドに行く度に子ども達が買ってきて、空っぽになると、ここに放り込んでいた缶。使えそうも無い物を処分。昨日、チビが、沢山焼いたクッキーを空いた缶に入れて、机の上にあった、お菓子も全部、中に仕舞った。ふ~、すっきり。次ぎ、キャビネット。まず、ステレオの乗ってる方から。積んであった、CDをキャビネットの端の扉を開け、中のCDやら、DVDを整理して、入るだけ入れた。嵐君のだけは、可愛いショッキングピンクの蓋物の籠に入れ、ステレオの横に置いた。それから、アンティークの、プチポアンが挟み込んである、ガラスのトレイの上にある、お揃いの小物入れや、キャンドルスタンド、コットン入れ、ブラシを綺麗にして、無数のMDを空いたお菓子の缶に入れてすっきり。さて、やっと電話の置いてある、キャビネット。埃だらけになった、ウールのプチポアンのバックやら、アリスの人形を綺麗にし、ガレのランプを真似て作った、ガラスのランプも綺麗にし、チビがロンドンから買って来てくれたゴブラン織りのドイリーも綺麗にした。ついでに、パパがタバコを辞めたので、壁に掛けてあった、パリで買った小さな絵の入った額のガラスや、私が刺繍した薔薇の入った額のガラスやらを拭いたら、拭いたティッシュがまっ茶色になった。怖いな~、受動喫煙者の肺の中みたい。ついでに、ミラーバックのキャビネットの鏡も綺麗に拭いたら、これもまっ茶色。うーーーん、さっぱりした。電話をどけ、下も掃除。半年前から、調子が悪くて、パパがカラーコピー機能のついた電話を買ってくれてあったのに、片付けられない物だから、そのまま御祖母ちゃんの部屋に置いてあったものを持って来て、得意じゃない取り説を見ながら、何とか設置。もう、そこまでしたら、7時を過ぎた。あ、お夕飯の用意。無償にお肉が食べたくなった。ええい、今日は、ダイエットやーーめた!車に乗って、遠くのスーパーにお肉を買いに行った。お肉は、ここのスーパーが、安くて、美味しい。大盤振る舞い。もう、こういう日は、したいことをしましょう。ステーキのお肉を4枚買った。家に戻ったら、パパの車と同時に着いた。すぐに、用意をして、相葉ちゃんの動物園修行を見ながら、お肉を鉄板で焼きながら、夕食を頂きました。少しだけど、気になっていたところが綺麗になった。あ~、何とか気持が、立ち直りました。鬱、克服。やったね!!私。
2006年07月13日
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心のマイナスポケットしなくちゃいけないのに、体が動かない。気持がとても苦しい。マイナスポケットの中身をならべてみた。1、掃除が出来ない。洗濯物を畳んでしまわなくちゃいけないのに、できない、ソファの上は、洗濯物で一杯。絨毯の上には、本が乱雑にほうってある。キャビネットの上は、ごちゃごちゃ、もうひとつのキャビネットの上も、CDやら、MDやら、カセットでごちゃごちゃ。パソコンの机の上も、写真や、書類や、お人形の衣装や、本でごちゃごちゃ。2、お玄関がごちゃごちゃ。お花は新しい物に生け代えてあるのに、古いお花が腐って、置いたまま、届いた段ボールが置きっぱなし、下駄箱の中が一杯で靴が仕舞えない。ずーーーっとお掃除して無いから、埃だらけ。階段の上が埃だらけ。3、お洋服が仕舞えない。クリーニングに出そうと思うのに、出せない。ベッドの下がごちゃごちゃ、洋服が仕舞う場所が無い、冬服が未だに仕舞えない。足の踏み場もないから、掃除機が掛けられない。捨てられない。4、お台所がごちゃごちゃ。暮れにお掃除しなかったから、ガス台の上がねとねと、洗っていないお鍋が、カピカピになっていくつもある、キッチンの床が、細かいゴミだらけ机の上がごちゃごちゃ、汚くしているのは、本当に嫌なのに、どうしても体が動かない。何処からして良いのか解らない。ADHD障害の上、更年期で、体が動かない。だらしが無い・・・と言うレベルじゃない。また、お手伝いさんに来てもらおうかなあ・・・。でも、来てもらっても、結局、私しか解らない事だらけで、役に立たない。毎日毎日、また、自分を責めてしまい始めた。もう鬱はいやなのになあ。障害は、死ななきゃ治らない。付き合っていくしかない。気持が物凄く重い。重い。家族に申し訳ない。ごめんなさい。
2006年07月13日
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お昼過ぎから、友人のところにお見舞いに行こうと思った。綺麗なお花をアレンジしてもらって、名古屋の人気の洋食屋さんから教わった、美味しいから揚げを作って、尋ねようと思っていた。しかし、またまた頭痛。何故?あ・・・今朝、薬を飲むの忘れていた。慌てて、11時ごろ、飲んだ。じっと我慢して、1時間。しかし、頭痛はちっとも良くならない。「もう、なんでーーー」と松子のように叫びたくなる。少し遅いお昼ごはんを食べてから、ちゃんと薬を飲んだ。寝たら、ちょっとは樂になるかな?と思い、横になった。4時ごろ、目が覚めた。頭痛は、もっと酷くなっていた。これじゃとても、仕事にならない。友人のところにも行けない。仕方が無い。頭痛薬を飲んだ。アレルギー体質なので、頭痛薬を飲むと、大きな蕁麻疹が頭の中に、ポコン、ポコンと出る。虚弱体質は、本当に損。毎日、嵐君の映画の撮影に見学に行っていた頃が嘘のよう。あんなに、毎日、楽しく表に出て、歩き回っていたのが、信じられない。もっと、表に出なくちゃいけないと思うが、なかなか出る理由が無い。今は、日差しもきついし、暑いし。もう一回、水泳、始めようかなあ。近くにスポーツクラブ、出来たし。渋々、さっき、買い物に出たついでに、チケットを引き換えてきた。!!!!ビックリした。7時からの受付で、9時にやっと電話が繋がったのに、何と、A列。一番前。これが、お芝居だったら、嬉しくて死にそうなんだけど、映画だからな~。もう少し、後ろが良かったかな?頭は相変わらず、痛い。さあ、夕食の用意をしましょうか。自分は食べないけれど、家族の皆様には、美味しく頂いて欲しいですものね。表はまた、雨。
2006年07月12日
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ダイエットを始めて、2週間になる。何をやっても痩せなかった。運動をしようと、1年プールに通った。1時間水中を歩く。50メートルのプールの端から端まで、水の抵抗にしっかりと力を入れて、前に進む。かなりなスピードで歩いた。その後、1時間、泳ぐ。元々、泳ぐのが大好きだった。中学の時は、選抜され、東京都大会にも背泳で出た。スポーツが全く駄目な私だが、泳ぐのだけは、大好きだった。だから、お医者さんから、何かスポーツをと言われたとき、すぐに、プールに行こうと、スポーツクラブの会員になった。平日の午前中は、人が少なくて、ウォーキングのレーンは、一杯だったが、泳ぎ用のレーンは、いつも、空き空きだったから、思い切り、クロール、平泳ぎ 背泳と、思う存分泳いだ。1年、週に3日通った。後のサウナや、露天風呂も魅力だったが、体重は1キロも減らなかった。次に思い切ってエステに行った。しかし、水泳をして無駄についた筋肉のおかげで、痩せにくくなっていた。「水泳に行く前にこちらに来ていただきたかったです」と言われたが、それでも・・と、チケット60回分をローンにして通いだした。週に2回、大きなドームに入って、汗を出し、電気を掛けた。30分エステシャンにマッサージしてもらい、約1年弱、通ったが、効果がなかった。そして、痩せている頃を知っている友人たちが、心配してくれ、肥満対策の内科を紹介してくれた。数人の友人が通い、結果をだしていた。ここなら、痩せられるかもしれないと、期待した。だって、どうあろうと、お医者さんだ。その頃、もともと痩せっぽっちだった私が、急に太ったせいで、足首が悲鳴を上げていた。そりゃ、40年、ずっと標準体重も無かった私が、半年で、20キロも太ったのだから、足がついていける訳が無かった。だが、その内科でしたことは、エステでしていた事と同じ事だった。ただ、治療の名目で、保険が利いたので、エステの40分の1の費用でよかった。しかし、これも、3月経っても効果が上がらず、再度の診察で、飲んでいる薬を列挙した際、先生にはっきりこの薬を飲んでいると、何をしても痩せられないかもしれないと、言われたのが、精神科から貰っていた、頭痛を抑える、緊張を緩和させる薬だった。しばらく、自暴自棄になった。どうせ、なにをやったって、元の体には戻らない・・・と思った。プールにもエステにも医者にも掛かった。その間に、カプサイシンを飲んだり、色色な食品も試し、ジョーバと言う、乗馬運動と同じ効果が得られると言う機械を購入し、毎日乗った。もう、万策尽き果てた。もう、良いや・・・と思った。しかし、鏡に映る、太った体を見ると、泣きたくなった。痩せている時、如何して女の人は、あんなに痩せたがるのか、不思議で仕方が無かったが、今その立場になって解る。親や、兄弟に太った身内がいれば、納得もするが、父も母も弟も、標準より、痩せている。元々、太る体質じゃないのだ。その証拠に、指輪のサイズは変わらない。薬指のサイズは、8号。結婚指輪は7.5で、特注だった。だから、この肥満は、ただの肥満じゃないと解っていても辛い。で、最近、パパが、ダイエット食品を買ってくれた。どうせ、また、駄目だよ・・・・と思ったが、自分じゃ買えないお値段だったのに、買ってくれたパパの気持にこたえたくて、始めた。夕食を食べない代わりに、毎日、それを飲んでいる。元々、少食なので、一食抜いても、ちっとも苦にならない。それどころか、朝、気分が良い。お医者さんは、ただでも少食なのに、絶対、抜いたらいけないと仰ったが、これは、人間に必要なすべての栄養が入っているそうで、余分な量だけが、省かれ、粉になっただけとか。ただ、作った夕食の自分の分をそのまま次の日のお昼に食べているから、いつも、パパと二人で昼食を摂っていたのが、私の分は、あるわけで、パパの分だけ、用意しなくてはならなくなって、ちょっと面倒になった。もう、2週間になるが、夕食を摂らないと、朝、ちゃんと食べられる。今までは、朝は、気分が悪く、豆乳だけしか飲めなかったのが、ちゃんと、パンを半枚食べられるようになった。確実に、1日に摂っているカロリーは減っているのだが・・・・体重は、1キロも減らない。まだ、半月だから、仕方ない・・・と思うようにしている。パパが頑張って、2か月分買ってくれたから、秋には、少しでも痩せていると良いなあ。これを使った人は、98パーセント、減量に成功したそう。きちんとした、通販番組の信用できる結果。でも、そのあとの2パーセントに入っちゃったら、パパ、ごめんね。そうだったら、二人で一緒に、落ち込もうね。
2006年07月11日
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昨日カーテンを買いに行った。ここのところ、一日、ブログがずれちゃているなあ。我が家のリビングのカーテンは、窓枠じゃなくて、天井のカーテンボックスから、床まで、窓のある側の、壁の端から端までカーテンレールがつけてあるので、物凄く大きなカーテンがいる。パパが、寸法を測って、もうひとつ、小窓の寸法図って、出かけた。一軒目は、TVCMでおなじみの○サヒ○ローバル。中に入ってびっくりした。まるで、喫茶店みたい。沢山のコーナーがあって、それぞれ、外壁の見本のコーナー、壁紙のコーナー、カーテンのコーナーがあって、それぞれに、机と椅子が数セット置いてあり、自分で入れてくる、ドリンクコーナーがあり、子供が飽きないように、遊び場も作ってあった。パパと、チビと3人で、カーテンのコーナーに行き、見本帳を見せていただいた。我が家のリビングは、壁が、木なのだ。それもかなり、濃い茶色の木の壁。本当はね、腰の高さまで木にして、そこから上は、白いしっくいにしたいのだが、なかなか出来ないで居る。で、床には、私が清水の舞台から飛び降りる決心をして買った、海外デザイナーブランドの段通ジュウタンが敷いてあるのだが、これが、カーテンに合わせ、濃いブルーに白の模様なのだ。家具は、ほとんど、アンティーク。これも、毎年、少しずつ買い求めた、宝物の家具。つまり、部屋の中は、かなり、落ち着いた色になっているのだが、じゅうたんは、カーテンに合わせて買った。しかし、そのカーテンが、もう、寿命。ブルー系のジャガード織りのカーテンなので、替えるとなると、やはり、ブルー系にしないと、到底合わない。ところが、無い。無いのだ。最近は、明るい色が多いらしい。ベージュ、グリーン、茶系は沢山あるのに、ブルー系は無いのだ。困った。それでも、何とか、見つけて、見積もりをしていただく事にしてお店を出た。次ぎに行ったのは、○トリ。本当はその横の電気屋さんに用事があって、行った。電気屋さんで買い物をして、ついでにちょっと見ていこうか・・・・となり、カーテンの売り場に行った。ありゃりゃ、一杯あるよ、ブルー。それも、ジャガードのかなり、良い感じのが。アンティーク風の黄土色とブルーの縦じまに、地模様が織り込んである物と、薄いブルーのジャガードの地に、青い、可愛い大きな花が織り込んで有るのと迷ったが、結局、チビが、お花の方が良いと言い出し、パパも、その方が明るくて良いのじゃないかと言うので、決定。レースも、素敵なのを見つけた。全部で大分掛かると、覚悟していたが、案外、お値打ちに済んだ。ラッキー。帰りについでにTVの横に積んであるゲームを仕舞うふたつきの籠と、チビが、前から欲しがっていた、コレクションボックスを買い、店を出た。出来上がりは、私達が、横浜に出かける前日。犬をホテルに連れて行かなければならないので、丁度良かった。これで、10年以上、お世話になったカーテンともお別れです。レースの方が最近、ちょっと引っ張ると、劣化してきていて、ピリピリと破けていて、気になっていた。ジャガードの方も、もう色が、大分、薄くなってきていたが、何せ、お値段がお値段なので、我慢していた。パパも気になってたんだね。で、今日、昼間に、最初のお店から見積もりの電話が掛かってきた。やはり、相当のお値段だった。「申し訳ありませんが、少し、考えさせてください」と言って電話を切った。ごめんなさい、もう、違う方で買っちゃいました。午後から、ソファで昼寝。そんなに寝るつもりじゃなかったのに、5時過ぎまで寝ちゃった。疲れていたのかなあ。どういうわけか、このソファ、凄く気持ちよく眠れちゃうのだ。二階のベッド、少し、硬すぎるのかなあ。カーテンが来るまでに、部屋を片付けよう。あ~、しなくちゃいけないことが山隅です。頑張れ、私。
2006年07月10日
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昨日、夕方からパパと、チビと3人で映画を見てきた。この映画、ゲームの映画化。それも、かーーなりマニアックなゲームの映画化で、そのゲームをした人は、絶対、あの映画化は、無理と思うくらいの内容。だが、アメリカでは、初日の興行成績は、物凄く良かったそう。ゲームも、こんな内容なのに、相当売れたそうだ。・・・・だから、マニアックじゃないか・・。兎に角、そのゲームは、NO1~NO4まで出ているのだが、普通の神経をした人間が作ったとは思えない、描写。次々、血の雨が振り、人間が、これでもかと、怪物化されて描かれ、人肉がドビャーと飛び散り、画面も、フラッシュバックの連続で、あまりお子さんにはお薦めしかねる内容で、勿論R12指定なのだが、我が家では、こういうゲームが、ヒットする。パパは勿論のこと、私もチビもした。オネエはこういうの駄目な人だから、ゲームをしている横を通るときも、嫌がった。2時間以上すると、その色彩に頭が、ボーーーっとしてしまう。現実に戻った安心感で一杯になる。そういうゲーム。それの映画化。それも、マンガじゃなくて、実写。どんだけ気持悪いのかと、期待大で、見た。感想。まあまあかな?これ、NO1を映画化したようだ。おどろおどろしい内容より、母の愛を描いていた。B級だろうなあ・・と思って見に行ったが、ちゃんとお金も使って、ゲームに忠実なA級だった。ただ、もう少し、モンスターを出して欲しかった。最後が、現実の世界に戻れないままだったので、多分、続編が作られると思う。以前、「バイオハザード」も、見に行った。これも大ヒットゲームの映画化。これも、なかなか面白かった。多分、これも続編が作られるだろう。我が家では、パパが、もう10回以上、全部の「バイオハザード」を繰り返ししている。私も、NO3まではした。日本のゲームは、本当に凄いと思う。映像も、勿論だが、内容も抜群に良い。怖い物は怖いし、冒険物はしっかり面白いし。私が、一番好きなゲームは、「桃太郎伝説」「桃太郎電鉄」は何本かシリーズ化されているが、この「伝説」は、一つだけなのだが、裏ワザが一杯、入っていてめっちゃくちゃ面白い。例えば、ぜんぜんゲームの筋に関係ない、お風呂屋さんの横の川に入ると、お風呂やさんの裏に出て、女湯が覗けるようになっているのだが、これ、見つけなくちゃ、いけない。そして、一回覗くと、叱られて、原点になっちゃう。つまり、気が付かないと、絶対、気が付かない仕掛けがそこかしこにしてあって、私のように、隅々まで、調べないと、気が済まないゲーマーには、たまらなく面白いゲームなのだ。このゲームを作った人の遊び心が、一杯のゲーム。パパは、さっさと、次の筋に進みたい人なので、このお風呂屋さんの仕掛けは、私が見つけた。私は、寄り道大好きゲーマーなので、マリオは、したことが無い。やはり、ロールプレイングが最高。その中でも、この「サイレント・ヒル」は、特別に、気味が悪い。その映画化だ。見終わった後で、3人で思わず、笑っちゃった。映画館の廊下に翔君の「クローバーとハチミツ」の、裏に電気のついたポスターが飾られていた。なんだかほっとした。今日は、朝から、北海道コンに行った友人から、一杯メールが来た。グッズの画像とか。お気に留めていただき、ありがとうです。私も、あ~、今頃、「いくぜーーーっ」っていつものように潤君が雄たけびを上げてるだろうなあ・・とか、今頃、会場は、興奮のるつぼだろうなあ・・・とか、あ、今終わったかな・・とか、気になって仕方が無かった。先は長いです。落ち着いて、落ち着いて・・・私。
2006年07月09日
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TVを見ていたら、懐かしい風景が飛び込んできた。軽井沢。学生から、社会人になっても、毎年のように、行っていた避暑地。大好きな場所だ。夏の避暑地は、東京の街中のようににぎわう。そこで、いつも、少し時期をはずして行った。特にお気に入りは、明治からある有名な「万平ホテル」。アンティークが大好きな私にとって、非常に落ち着いて、安心した気持でいられる空間だった。万平ホテルでも、さらに一番のお気に入りは、テラス。ここで、緑から、そろそろ色が変わり始めた木々を見ながらお茶を頂くのは、至上の贅沢であり、至福の時だった。まだ、あまり、軽井沢が混んでいなかった頃は、夏に出かけた。早朝の夏の軽井沢は、もう、本当に、夢の中のよう。淡いミルク色の霧が立ち込めた森の中を散歩する時、なんとも形容しがたい、幸せな気持にさせてくれる。時折、木々をリスが走るのが見える。短い夏に冬支度を忙しくしているのだろう。時々立ち止まっては、こちらを見る仕草が、とても可愛い。霧の中に緑色や、赤くなった葉っぱは、実に幻想的な光景だ。軽井沢は、パンが美味しい。何処のパン屋さんに行っても、美味しいパンを売っている。一度、アイスクリーム屋さんで、外人の子ども達が食べていた真っ黒いアイスクリームを、どんな味がするのかと頼んだ事が有る。口に一口含んだ途端、その味にびっくりしてしまった。ゴムのような、プラスチックのような味・・・としか、形容しがたい味で、申し訳ないが「ごめんなさい、食べられないです」と言ってお店の方に処分していただいた事が有る。お店の方も笑いながら「売ってますが、私も食べられないんですよ」と仰った。あれは、一体何の味だったのか忘れてしまったが、後に、「ハリーポッター」の百味ゼリーを輸入品のお店で買って来たとき、同じ味にめぐり合った。ああ、この味だと思ったが、もう、何と言う名前だったか忘れてしまった。多分、海外では普通に食べられている物なのだろう。天皇陛下と美智子様が愛をはぐくんだテニスコートの前に、手作りジャムを売っているお店がある。有名なお店で、確か「○○農園」と言う名前だった。最初にその農園と言う名前に、探し回ったら、小さなお店で、笑ってしまった。ここのジャムがまた、美味しい。私はいつもアプリコットと、木苺とブルーベリーを、買って帰った。軽井沢に行くと、時間がゆっくり流れる。万平ホテルの横にあった洋品店のウィンドーに張られた、「SELL]の張り紙も、不思議に風情があった。自転車を借りて、三笠邸までの道が、好きな道。木々の中を静かにペダルを踏んでいると、思わぬ素敵な邸宅の前に出ることがある。みな、洋風の古い邸宅で、思わず、足を止めて、暫く、見入ってしてしまう。旧軽に別荘を持つのが、夢だった。年を取ったら、晩年は、ここに住みたいなあ・・とも思った。晩夏の軽井沢は、本当に素敵です。さわさわと葉っぱと風が触れる音。カッコーの声、きつつきの木を叩く音も、運がよければ、聴ける。もう、行かなくなって、20年以上になる。この夏はもう、無理だが、来年、軽井沢に行こう。道、まだ覚えているかしら・・・。
2006年07月08日
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今日は、七夕。子供が大きくなってから、すっかり無くなったイベントの一つだ。 1月・・お正月、初詣、七草粥、鏡開き、 2月・・バレンタインデー、オネエの誕生日、節分 3月・・桃の節句、私の誕生日、結婚記念日、姑の誕生日 ホワイトデー 4月・・母の誕生日 進級 花の植え替え 5月・・こどもの日(菖蒲湯 ちまき) ゴールデンウィーク 害虫駆除 6月・・チビの誕生日 梅を漬ける 冬物のクリーニング 7月・・土用丑の日 お中元、暑中見舞い 8月・・お盆お墓参り 夏休み(まだ、学生だからね) 9月・・舅の命日 敬老の日 お月見(今年は10月6日だそうです)10月・・一番好きな月なのに、イベントは無し、でも今年は、中秋の名月、お月見が有ります11月・・紅葉狩り 冬支度12月・・お歳暮、冬至(かぼちゃのお料理、ゆず湯) 年賀状 クリスマス おせち料理の準備 パパの誕生日これが、我が家の現在の年間行事だ。そう言えば、七夕も、海水浴も、七五三も、お祭りも、運動会も無くなってるなあ。何だか、子供が大きくなると寂しい。イベントが大好きだから、そのつど、頑張って、お料理を作ったり、準備をする。専業主婦をしていると、それが唯一の楽しみなのだ。食器を揃えたり、お花を用意したり。こうして並べてみると、家族がいてこそのイベントが多いな。娘達が、お嫁に行っちゃったら、寂しくなるよなあ。イベント、大事にしたいです。
2006年07月07日
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今日は、午後からパパと車屋さんへ。試乗してきた。「試乗もしないで、買っちゃったんですか~?!」と、○産のKさんが呆れていたので、では、試乗しましょと、ディラーさんに電話して、試乗のお約束をしたのが3日前。いそいそ出かけた。用意されたのは、私が乗る、ベージュの車じゃなくて、黒のいかにも「ごつい」と形容に値する車。レトロな形が余計、レトロ。本当はね、黒も迷ったんだけど、今から10年乗ったら、私は、もう、完璧なおばあさんだから、黒は、少し、攻撃的じゃないかなあ・・・・とベージュにした。正式名称は「リネンゴールド」。メタルが入ってるから、純粋のベージュじゃないのが、玉に瑕。ただ、言われたのは、「この色、東海3県で初めてKさんが乗る事になります」・・。良いじゃん、誰も乗ってないのが、乗りたかったんだから、放って置いてよ。この車、小回りが利かない。サイトにユーザーが、良い所、悪い所と意見を出しているのを読んだら、悪い所に、「狭い駐車場のスーパーに行かなくなった」「曲がるとき、大回りしなきゃならないので、運転が下手に見られる」「ずっと続く急な坂が駄目なので、山に行かなくなった」「Uターンは、余程の勇気がなけりゃ、しない」とあった。まあ、山には行かないし、私が行くスーパーは駐車場が何処も広いし、Uターンも余程急いでいる時以外は、いつも、信号で左折左折してするし、角は、今の車も大回りしないと、曲がれないから・・・と自分に言い聞かせ納得した。シートベルトを締めて、路上に出た。SAABと同じ、ウィンカーレバーと、ワイパーレバーが、逆。加速もSAABと同じ、一生懸命。さあて、狭い道、曲がってみましょ。パパが横でうるさい。「ぶつけんなよ~、ぶつけたら、これ、買取りで、この色だぞー!」あんね~、何年乗ってると思ってんの!ったく失礼な奴だ。広い道の右にスーパー発見、入ってみよう。バックで駐車してみた。あ~、ぜーーんぜん、問題なし。そりゃ、今の車にくらべりゃ、クッションは悪いし、オーディオもCDとラジオしかないし、カーナビは後付けだし、比べ物にならないけれど、走りはSAABみたいに頑張る。満足満足。無事試乗を終えて、戻った。帰りに、郵便局に寄って、すぐうちの近くの駅の前の踏み切りで止まった。ふと見ると、いつも気になっていた床屋さん。「女性の顔そり、お試しください」ののぼりが立っていた。「パパ、降ろして、私、寄ってくわ」そこで降ろしてもらった。床屋さん、子供のときは、毎月、行っていた。あの石鹸の匂いのするお店の中が大好きだった。おじさんが、シャッシャッとかみそりを革で研ぐ音。寝かされて、はけで石鹸の泡を顔に塗られるとき、くすぐったくて、いつもじっとしていられず、首を縮めて、我慢した。顔を剃ってもらうと、気持ちよくて、寝てしまいそうだった。「すみません、良いですか」と中に入ると、奥さんが「どうぞこちらへ」と椅子にすわらせてくれ、昔のようにタオルを首に巻かれた。少しお喋りをして、椅子が倒れ、足の下に台が出てきて、本当に寝ちゃいそうだった。石鹸の泡を一回塗って、熱い蒸しタオルでお化粧を落とし、もう一回、石鹸の泡が塗られた。ありゃ?くすぐったくないよ。子供の頃、あんなにくすぐったかったのに、なんでもなかった。私、大人になったんだ。当たり前だけど、こんな時に改めて、少し寂しかった。肌に刃の当たる感触も良い感じ。耳たぶまで、シュカッシュカッと気落ちよく刃がすべっていく。子供の時から、床屋さんが大好きだった。子供の小さな時は、よく床屋さんごっこをしてやった。8年ほど前に一回、来たきりだ。髪を染めていなければ、私は、パーマを掛けていないし、直毛なので、床屋さんでも良かった。今、美容院は男の人も沢山来ている。全部、終わって、最後にピーリングをしてくださった。熱い蒸しタオルが顔に乗った時の「あちちっ」って感じは、変わらない。お化粧も落ちちゃって、眉も書いて無いから、変な顔だけど、お金を払って、表に出たら、メチャメチャ、気分が良かった。気持ちよかったなあ。いつも、自分で、眉○イエでやっちゃっていたが、こうしてひと月に一回、気持の良い思いをしに来るのも、良いもんだと思った。足取りも軽く、踏み切りを渡り、新聞屋さんの横の広い坂を上がり、階段を上がったら、もう、うちが見えた。玄関から入り、まだ家にいたパパに「めちゃくちゃ気持ちよかった」と報告。来月から、床屋さんに行こうっと。
2006年07月06日
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昨日と打って変わって、土砂降りの朝。昨日、綺麗になった庭に、雨粒が、枝に残った切りくずを綺麗にしてくれるみたいで、気持良かった。雨の日は、気持ものんびり。でも、今日は、なーーんにもしたく無い気分。ええい、今日は、ぐーたらしようっと。午前中に新潟からお米が届いた。我が家はあまりお米を食べない。せいぜい、ひと月に10キロ行くか行かないかどうか。だから、良いお米を食べたくて、無農薬の作っている方も○○さんと解っている、新潟の大潟村のお米を取り寄せている。無洗米にしてから、少し味が落ちたかなあ。普通のお米に戻そうかなあと思っているうちに、いつも配達の日が来ちゃう。お昼前に、TVは、北朝鮮のミサイル発射のニュースばかりになった。大変な事になった。TVがニュースばかりになったので、午後から、嵐君のCDを聞いた。聞き込んでいないから、まだ、感想は無い。普通のBGMのように聞いた。久しぶりに大きな方のステレオで聴いた。5枚CDが入り、エンドレスで簡単に聞ける小さなコンポがあるので、最近はMDに落としたり、カセットに落としたり出来るそっちばかり使っていたが、良い音で聞きたくて、久しぶりにスウィッチを入れたのだ。もう、半年近く、スィッチを入れていなかった。良い音がするまで、1時間くらい掛かる大きなスピーカー。このステレオ、一時は、私の宝物だった。30年前、初めてのお給料を貰った時、最初に、欲しくて欲しくて仕方が無かった、大きなコンポーネントのステレオを買った。勿論、ひと月分のお給料じゃ到底買える値段じゃなかった。当時は、音楽しか興味の無かった時で、思い切り、良い音のするものが欲しかった。だから、スピーカーとか、アンプとか、チューナーとか、全部、自分で選んで組み合わせ、結局、20万以上になった。税込みお給料が、79000円の時にだ。デパート勤めだったから、社員割引をしてもらい、課長の顔で、それよりもっと値引きしてもらって、この値段。凄い贅沢をした物だ。しかし、当時の私は、音に対して絶対妥協しない、音楽馬鹿だった。だから、30年経ったいまも、とても良い音がする。大きな木のスピーカーが温まってくると、アンティークのバフェの上に置いてある小さなコンポとは、雲泥の差。クラシックを聞くと、歴然と音の違いがわかる。ただ、もう、部品が無いので、修理が出来ないゆえ、大切に使っている。嵐君の曲を聞くと、臨場感は抜群。私一人のためにコンサートをしてもらっているみたいに、細かい楽器の音もきちんと拾って再生してくれるから、たまりません。左右のスピーカーは、部屋の両端に置いてあるから、部屋に音が跳ね返って、良い感じ。最近、TVばかり見ていて、音楽を聞く時間が少なくなった。音楽は、もっぱら、車の中で聞くようになってしまった。こんなに、良い、再生装置があるんだから、また、少し、音楽を聞く時間を増やそうかなあ。
2006年07月05日
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え?!梅雨明け?ってくらいに、物凄く良いお天気。空は真っ青。ようし、やっちゃうか。大きな物を洗濯した。今日は、3人庭師さんがいらした。そのうちのお一人は、女性。この暑いのに、本当にご苦労様。午前中に姑の介護認定の審査に、市の福祉課から、グループホームにくるとかで、パパの電話を待っていたが、待てど暮らせど、掛かってこない。庭師さんに、今日は午前中に出かけますので、宜しくって言ってあったのに、ばつが悪いったらありゃしない。とうとう、10時過ぎ、パパに電話。「なんだメール見てないのか」「朝から、洗濯おばさんしてて見て無いよ」と言い終わらないのに電話が切れた。失礼な奴だ!メールは、今日の審査は、介護の方に任せたと言う内容だった。なんだ、行かなくて良いなら、庭師さんにちゃんとお茶を用意したのに。時間を見たら、もう、10時半だった。なずい、休憩が終わった。お昼に、何かサービスしようと思い、仕事を続けた。お昼、氷水におしぼりタオルを浸して、絞り、冷たいおしぼりと、冷たいペットボトルごとのお茶を持って行った。可哀相に、駐車場にジュンを繋いだので、いつも、駐車場の風通しの良い屋根の下で休憩なさるのに、子ども達の部屋の前のほんの小さな日陰で、御弁当を広げてらした。元々、犬があまりお好きじゃないので、お仕事の邪魔になっては・・・と思い、駐車場につないだのだが・・・。申し訳なくて、お詫びしたが、「いやいや、気にせんといてください」と仰った。3時にもう、犬小屋のあたりは綺麗になっていたので、ジュンを元に戻し、駐車場の中に置いてある縁台にアイスクリームと、冷たいお茶を出した。この縁台、父が生きている頃、ジュンを散歩につれて来て、ここで一服して行くので買って置いてあった。今じゃ、結構、夏の夕方、花火をしたりするのに、座る。雨の日も、駐車場の中で、お花の植え替えをする時、疲れたときに座ったり、結構、重宝している。夕方、トラックに刈った草や、剪定した枝を乗せ、帰っていかれた。本当に、暑い中、ご苦労様でしたm(__)mそれから、午前中に取りに行こうと思っていた嵐君のCDを取りに行った。今日は、火曜で、ジャスコの中は凄い人。夕飯の食材を調達して帰宅。夕食を作り、さあ、DVDから見ようっと。・・・・泣いちゃった。懐かしくて、感動して泣いた。嵐君達が皆、本当に爽やかで、一生懸命で、汗びっしょりで、ファンの子に応えている姿に、心から、楽しくて仕方ないって表情に感動して、泣いた。本当に、良い奴らだよ、嵐って奴らは。益々大好き。その上、5人がこの上なく仲が良い。作り物の、仲の良さじゃ、あんな笑顔はできない。純粋な気持が、顔にちゃんと現れている。汗びしょりの顔、顔、顔。それでも、汗を拭おうともせず、ファンの子に一生懸命応える姿に、本当に、年甲斐も無く泣いちゃった。もう、ひと月もすると、また、この興奮と歓声の中にいる。今年はどんな顔を、歌を、ダンスを見せてくれるのか、楽しみです!!!
2006年07月04日
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今日は、庭師さんが来てくれた。庭師?植木屋さん?いつも来てくださる、庭師さん。だから、早起きしました。で、眠いです。もう、草ぼうぼうの斜面には、入れない。ふきが、物凄い量、はえていて、お料理しようかな?・・・と言う量じゃない。八百屋さんが出来そうなくらい。ところが、いつも一緒に来るお弟子さんが来なかった。おじさん一人。無理だよ~。どうしたのか伺うと、辞めたそうだ。最近、景気が良くなってきたのか、手に技術を得て、もっとお給料の良い所に移ったそう。たまんないよなあ・・・・。黙々と一人作業されているのに、ジュンが吠えて仕方なかった。ごめんなさい。今日採ろう、明日採ろうと思っているうちに、とうとう今日が来ちゃった。梅。今年は、収獲できなかった。まだ枝に、大きいのが成っていたが、10時にお茶を出しに行ったら、跡形も無くなっていた。切られた枝や、草の下になっちゃっていた。勿体無い事しちゃったなあ。でも、「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」って言うから、切ってもらい、また、来年、沢山実をつけてくれるだろう。でも、少し後悔。夕方、半分も出来ずに、また明日と帰っていかれた。折角、仕込んだお弟子さんだったのに、お給料の良い所にさっさと移ってしまう若い子。うちも同じ。電話の取り方やら、お客さんの対応やら、お茶の入れ方まで仕込んだと思った事務員さんや、従業員が、いとも簡単に、1年もすると、もっとお給料の良い会社に移っていく。やってらんないよ~ってパパがぼやいてた。授業料、欲しいぞって言っていた。いつか、娘の塾に行ったら、受付で会ってしまって、ばつの悪そうな顔をしていた。仕方の無いことなのかもしれないが、人に顔向け出来ないような生き方は、吾娘達にはしてほしくない。筋の通るやめ方で、次ぎの会社に移って欲しい。父がよく言っていた。「会社移っても良いが、少なくとも2年は一つの会社にいろよ」だから、3年して辞めたけれど、父にしてみれば、1年で仕事を教えてもらい、一人前になったら、1年会社に恩返しで働けと言うつもりだったのだろう。今の子は、ドライだから、そういう考えは無いんだろうなあ。明日は、御祖母ちゃんの介護認定の審査に、市の福祉課から調査員がグループホーム来る。だから、午前中は留守。今日、県の福祉課から来たアンケートに答えた。だが、非常にがっかりさせられた。認知症が何たるか、全く理解していない設問に、腹が立って、こちらの思いをそのまま書いた。だって、こんな質問ばかりなんだもの。「ご本人の、ご意見や希望が、きちんと気持ちよく職員に伝わって実行されていると思いますか」こう書いた。「認知症のなんたるか、貴方は御理解いただいてますか?意見や希望を、普通の人間と同列で考えていただいては、困ります。認知症の患者は、5分前の事を覚えていません。意見があっても、5分後には忘れるのに、いちいち職員の方がそれに答えられる訳が無いでしょう」「毎日、気持ちよく、お買い物や、散歩など職員に連れ出してもらえてますか」一体、何を言ってるのか、ばかばかしくて答えるのも、嫌だったが、認知症がどんなものか、教えて差し上げましょうと前置きしてこう書いた。「枕を片手に裸足で出て行ってしまう認知症の患者を、表に出したら、違う方向にそれぞれ勝手に歩き出します。少ない職員で、どうして、買い物や、散歩に対応が出来るのか教えてください。本当に認知症を解ってらっしゃるとは、思えない設問にがっかりしました」次ぎの質問は「毎日、不安なく、気持ちよく、職員とホームの中で、過ごしてらっしゃいますか」こう答えた。「猜疑心、不安、被害妄想が認知症の症状です。そんな患者のケアをしていて、猜疑心、被害妄想の対象者となる職員と、認知症患者が、気持ちよく過ごすと言うことは、不可能な事だとおわかりになりませんか?それでも、一生懸命お世話いただいてますが、仰います『仕事じゃなきゃ、やってられない』それが、普通の感覚じゃないですか?そのような症状が、代表的な症状である認知症患者が、気持ちよく、不安なく生きるのは、不可能である事も、お分かりにならないんですか?」こういう質問が10以上。もう、本当に、ばかばかしくて、これほど、認知症に対する知識のなさに、驚いてしまった。これが県の福祉課から来たアンケートである。もっと、勉強してくださいと最後に書いた。日本のお役所は、まだまだです。
2006年07月03日
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今日は、本当に久しぶりのお食事会。4月に皆で、フランス料理屋さんに行って、久しぶりに全員が揃って、記念撮影してからだから、3ヶ月ぶり。毛糸を着ていたのに、夏服で、再会です。今日は、昔、TVで放映されていた、料理の鉄人に勝った、オーナーシェフの創作中華のお店に行きました。まずは、近況のご挨拶から。気のおけない、20年来の友人から、10年来の友人まで全員が揃うと、8人。そう、Hさんが生きていたら、9人の仲良しグループだったのに・・・。今日は、二人が出られなくて、6人だった。美味しい中華を頂きながら、もう、時も忘れて、おしゃべり・・・・のはずだったが、一人の友人が、メルアドを変えたから登録してと言う話になり、料理もそこそこに、皆で、メルアドの交換。私達の年代は、携帯のメルアドは、ほとんど使わない。パソコンか、電話ばかり。子供とのやり取りが関の山。何しろ、ボタンの数字や英語が、見えないのだ。私は、嵐友達のおかげで、もう、慣れたが、お互いのメルアドを登録するのに、往生した。何回か、送って、やっと届いたり。まあ、同じ年の多い仲間なので、ずっと一緒に、お互い、年を重ねて行った仲なので、本当に、気のおけない言葉が飛び出すから、楽しくて仕方が無い。一番お付き合いの長いMちゃん。最近、東京のご実家で、一人暮らしだったお父様が悪くなり、引き取った。姉妹のようにずっと一緒に大きくなった娘の友人を通し、時々様子は聞いていたが、半月前に手紙を書いた。歯科医の奥さんで、受付も事務もしてらっしゃる上、お父様の介護があり、到底お返事がいただけると思っていなかったのだが、どういてるのか心配だった。「ごめんね、返事書けなくて」と申し訳なさそうに言う彼女。いいえ、私は、貴女の元気そうな顔を今日、見られただけで、安心しました。でも、ただでも細い体がまた細くなっていた。私が、父の病気で参っていた時、彼女は、ローストビーフを焼いてお見舞いに来てくれた。お掃除の行き届いてない家の中に上がっていただけなくて、玄関に座って、暫く話した。その時どんなに救われただろう。私も何とか、彼女の力になりたい。週明けに、唐揚げでもたくさん作って、綺麗なお花を持って、彼女のお見舞いに行こう。お父様は、日に日に、悪くなってらっしゃるそう。仕事の合間を縫って、毎日お昼に病院に行っているそう。今日だけは、何も考えずに、楽しく過ごそうね。たっぷりの話。お店のお昼の時間が終わって、駐車場に出ても、なかなか別れられず、暫く、立ち話。雨が落ちてきて、やっと解散。この年になると、つくづく解る。友達ほど、大切な人生の宝物は無い。健康の次ぎに大切な物は、家族、そして、友人。自分を解って、自分を許してもらい、自分を受け入れてくれる人のいるありがたさは、何物にも代え難い。居心地の良い時間はあっという間に過ぎてしまう。だから、とても愛しい。次ぎの約束は、冗談から出た駒。お盆休み真っ最中。「チャレンジャーが何人来るか」と17日に決めた。おうちの事を大切にするTちゃんは、多分、来られないだろう。お盆休みを忙しくしてる、Kちゃんも駄目かなあ・・・来られる人・・と言うと、そこに居た全員が手を挙げた。なんだ、来れるジャン・・と爆笑。次ぎに会うまで、どんな事が、あるんだろう。また、近況報告から話は始まるんだろうなあ。皆、体に気をつけて、もっと、余裕が出来たら、以前から何度も行きたいね~って言ってた旅行に行こうね!
2006年07月02日
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今日は、パパと二人。オネエは、学校、チビは、映画研究会で「デス・ノート」を見てから、お友達とバーゲンに行くとかで、朝から、パパと二人。で、言っちゃった。「あり?パパさ~、土曜日も仕事だって、いつも言わない?」「お前には、もう、何も教えない!!」駄々っ子のように寝転びながら、向こう向いちゃった。あ、そうか~、今日は、休みなんだ。そんな事、いちいち覚えてないよな~。で、お料理屋さんに連れて行ってくれるって言い出した。うっそ。こういうチャンス、なかなか無い。これを逃す手は無い。「行く行く」で、先日の理事会で使ったとか言う料亭に予約を入れた・・・・。「申し訳ありません、いつも土曜日は、営業しているのですが、明日、お花の展示会があって、その準備で今日は臨時休業なんです」どうせそうなんだ・・・。いつも、こうなんだ・・・。で、とりあえず、パパと着替えて出かけた。何処か新しいお店を開拓しよう。暫く走ったら、ちょっと良いお店みっけ。カウンターと、小さなお座敷の並んだ割烹料理屋さん。ランチメニューもあったので、頼んだ。なかなか美味しかったし、普通のランチのように、お値段もお値打ちだった。そこから、パパが急に、車屋さんに行こうと言い出した。あれ?いつもの車屋さんと方向が違う・・・。何処行くの?・・・・!!まさか???私が1年がかりで、半分冗談で欲しがっていた車のディーラーへ。嘘でしょう?本気なのか。冷やかしか・・・・。・・・でも、パパは本気だった。ぎゃーーー、う・れ・すぃーーい!!!これで、あの馬鹿でかい車から、解放されるのだ。父の遺品と思い、乗っていたが、やはり、私には、無駄に大きい車だったし、この1年半で、4回、修理に出さなくちゃならないくらい、ぶつけられたり、ぶつけたり。自損事故を回避できないくらい、私には、不向きだった。お父さん、ごめんね。でも、これからはパパが乗ってくれるから良いでしょう?今月中に納車です。夢みたい。車屋さんを出て、パパに何度もお礼を言った。オネエにメールしたら、オネエも欲しがっていた車なので、自分の事のように喜んだ。しかーーし、彼女は、私の可愛いサーブをしたたかぶつけて来た奴だ。絶対、貸さないよ~だ!結局、その車屋さんの営業の方とパパは、2時間以上話をしていて、横で、嬉しくて、ニンマリしたまま過ごしたので、ほっぺが、引きつって、疲れ果ててしまった。馬鹿みたい。オネエは食事は外でしてくるというし、チビも帰りが遅くなると言うので、待っていられなくて、帰宅途中、ラーメンを食べに行った。帰宅後、地震回避の番組を見て、暫くして、オネエもチビも帰って来た。そしてやっぱり言った。「車貸してね」「絶対、嫌。」私の「嫌」の言葉も終わらないうちに、無視して向こうに行っちゃった。車が来たら、キー、隠しておかなくちゃ!!また、ぶつけられたら、大変だ。夜のニュースで、橋本元首相が亡くなった事を知った。驚いた。結構好きだったのになあ。まだ、お若いのに・・・。御冥福を、お祈りいたします。
2006年07月01日
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