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こんばんは。新居からの第一回目のブログ更新です。昨日、すったもんだの引っ越し。顛末は、また、書こうと思う。この歳になっての引っ越しが、どんなに大変が思い知った。よくあるでしょう?引っ越し業者さんの、「何とかパック」ってやつ。何段階にもわかれている、料金体系。どうしてだか、よーく解りましたよ。我が家は、ごく普通の、自分で荷造りして運んでもらうコースにした。で、老体に鞭打ち、引っ越し翌日の本日、全く使い物にならず・・・なるほどなあ・・・・と納得した。歳を重ねた者は、動けない。その代りに、金銭的には、余裕を持つ。反対に若い者は、どんどん動ける。その代りに、金銭的には苦しい。で、歳を重ねた人は、大枚を払ってでも、楽な方法を選ぶ。段ボールに入れるところから始まって、荷解きまで業者にしてもらう。しかし、このコースは尋常じゃない値段になるのだ。若い人は、自分で荷造りができちゃう元気があるから、業者には、大きな家具や、荷造りした段ボールを運んでもらうだけ。それでも、お値段は20万円ほどかかる。我が家は、年齢的には、その挟間だからタチが悪い。パパは「若い方」だし、私はそろそろ「老体の入口」。だが、決定権はパパにある。当然、後者になった引っ越しは、結婚前に近距離から、遠距離まで11回経験がある。結婚してからも3回。ノウハウは、解ってるつもり。だが、最後の引っ越しは13年前だったから、まだ、うんと若かった。体型も痩せっぽっちで、スタミナがないくらいで、動けた。しかーーし、今回は違う。歳も50歳を過ぎ、体型も肥満体。動けない体に鞭打ち、ドリンク剤を飲み、頑張った。子供たちは、さっさと仕事と大学のサークル(休めよ!!)に出かけ、朝8時半から、パパと頑張った。しかし、そのパパも、どうしても抜けられない仕事があり、タイムリミットぎりぎりまで手伝ってくれたが、結局、終了の8時近くまで12時間近く、私中心に引っ越しが行われた。何度「奥さん」と呼ばれ、走ったことか数えきれない。で、夕べ就寝したのが3時過ぎだったのに、今朝、ピアノ業者が来るので、8辞起き。だが雨で、前の家から運び出したは良いが、結局、そのまま業者が預かって帰った。本当は、今日、月一のお食事会だった。1年近く会えない友人が来るので、ぜひ、参加したかったが、どうにも無理。でも、気晴らしがしたくて、荷物はそのままにして、お茶だけ付き合って貰うのに出かけた。2時に待ち合わせ、食事会から流れた3人が待っててくれ、久し振りに、楽しい時間が過ごせた。午後4時、電気業者が来るので、帰宅。それから、パソコンをつないでもらい、TVを設置してもらい、業者が帰ってから、午後10時、夕食を摂って帰宅。「ひみつのアラシちゃん」を録画にして、仮住まいの家に片付けに。天気は、どしゃぶり。もう、雷も、雨も尋常じゃない。仮住まいの家の中には、まだまだ、本当にまだまだ荷物がある。は~、いつになったら、片付くのやら・・・・。12時過ぎ、帰宅したら、臨時ニュース。東海地区に豪雨。避難勧告も出た。娘たちの学校や職場も、その地区に入っている。それどころか、友人宅も、その地区。大丈夫だろうか・・・・。幸い、ここは高台の住宅街。風は平地より強く、台風の通り道になるが、雨には断然強いので心配ない。大きな被害にならなければ良いのだけれど・・・・。は~、疲れた・・・・あ、また、臨時ニュースです。
2008年08月28日
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またまた、長い間、日記がアップできないでいます。ご心配のメールを頂いたりしてますので、近況報告的、アップをしようと思います。体の調子はいまいちかなあ。心の健康は、かなり危ういところまできてしまいました。で、急きょ、引っ越します。はい、お陰さまで、先週、家が出来上がり、明後日、お引っ越し。もう、急に決まっちゃったので、毎日、動かない体と心で、混乱しながら、荷物を運べるだけ運んでいる状態。一杯、いっぱい、書きたいことはあるのだけれど、書いている暇がないのが、本音。嵐君の24時間TVは、ゆっくり見たいので、それまでに引っ越しを終えるか、それからにするか迷ったが、新しい家で、ゆっくり見たかったので、決めた。で、墓穴掘っちゃった。24時間分のHDDの空きが無いことに気づいた。時間がないってーのに、毎日、DVDにおとして、印刷の繰り返し。夜は、その作業で、時間が過ぎちゃう。でも、昨日からは夜も、新しい家の掃除やら、引っ越し業者に頼めないドールの運搬に、夜中の12時過ぎまでかかり、10時からの翔君が出た「おしゃれイズム」が見られなかった。で、また、酷く落ち込んだ。もうね、心も、体もぐちゃぐちゃです。は~、早く引っ越しも終わって、24時間TVを、ゆーーーっくり見たいな~。でも、ブログも、先月から下書きだけしてあるのが、月が変わると書けなくなっちゃうので、今月中に、書ける分はかかないと・・・・。やれやれ、もっと、若かったら、体も心も健康に動けるのになあ・・・・。
2008年08月25日
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北京でのオリンピックが開幕した。大国での開催。どんな開会式になるのか、期待していた。予想どうりの凄い開会式だった。中国と一口に言っても、ひとつの国のようで、そうじゃない。ほんの一部だけれど、その国に足を踏み入れると、良く分かる。私が行ったのは、山東省だから、中国の端っこ。それでも、北京に近かったから、観光じゃなかったから、ほんの少し、一般の中国の人の気持ちがわかった。二年続けて、行った感想は、中国と一口に言っても、地方地方で、言葉も全く違うし、それは「方言」という単位じゃなく、全くの外国語のように、言葉が違っていることや、人種も、違うこと。中国は、大きな国・・・と思っていたが、行ってみて思ったのは、いくつもの小国の集まった国である・・・ということだった。アメリカ合衆国のように、人種が違っていても、言葉が通じるってことはないのだ。言葉が通じるわけじゃないから、同じ中国人の中でも、北京に近い人達は、やはり、自分たちは「北京人」という誇りを持っていて、他の地方の人とは違うという意識がとても強く、面白い。だから、四川省のあの未曽有の地震についても、まるで、ほかの国で起きたこと・・・・と、私たち日本人より、無関心だった。損な国が、対外的に一つになり、オリンピックを開くことになり、そりゃー、大変だったと思う。多分、これから、たくさんの問題も出てくるに違いないなあ・・と開会式の素晴らしいアトラクションを見て、思った。日本は、どのくらい、頑張ってくれるかな?頑張れニッポン。
2008年08月08日
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私にとって、書くことは、自分の表現方法の究極の方法だった。小さなころから、自分の言葉を飲み込むことが多かった。自分の中に言葉がたまって、どんどん膨らんで、記憶がない。つまり、現実と、自分の中の言葉の渦の区別がつかなくて、子供のころの記憶があまりないのだ。あっても、強烈な思いでしかない。人の中には、はっきり、小さなころからの自分の記憶を持っている人がいるが、その人達は、たぶん、自分の気持ちを言い、自分の中をなるべく軽くしてきた人だと思う。ましてや、ADHDという障害を持っていたから、膨らんだ言葉の渦に、出来事のたびに混乱していた。だから、「書く」という表現方法は、結構、早い時期に身につけた。そして、それは最初は「詩」という形から、エッセー、童話と形を次々変えて「書く」ことは続けられた。自分じゃ、あまり意識して書いている訳じゃなかったし、学校の成績も良い方じゃなかったが、紀行文、作文は、何故かいつもPTA通信などに載った。プライドの高い母は、そのたび、ことのほか喜んだ。抜群に出来の良かった弟に比べ、取りえのなかった私が、唯一、親にほめられる瞬間だった。褒められることが、極端に少なかった出来の悪い姉である私は、ああ、書けば良いんだ…と単純に思った。で、「書くこと」は、飲みこんだ言葉を吐き出す手段になり、ずっと、書いてきた。そして、大人になり、自分の中だけで表現していたことが、表に出るようになり、自分の超悪筆に、落ち込んだ。ほどなくして、時代の機器に救われ、また、書くことに没頭した。ワープロから、パソコンへ。そして、ブログという、正に永年してきたことがそのまま表に出せる方法を見つけた。そして、ますます、書くことに「自分」を見出した。しかし、私はとても不器用だから、赤裸々に書いてしまう。自分の気持ちや、家族の状況、状態を。あるサイトは、紹介じゃなければ、入れない。紹介していただいて、そのサイトに入ったら、娘がいた。早速、お友達関係を結んだが、ある日、削除されていた。あまりに赤裸々に書いてしまう母のブログに、危険を感じたのだ。申し訳ないなあ…と反省するも、直す気は毛頭ない。私は、私の文章に、嘘はつきたくないし、うわべだけの表現は、したくないし、不器用で、出来ないから。人生のパートナーにも、叱られた。書きすぎだって。でも、こればかりは、譲れない。これを辞めたら、私が生きている実感がなくなっちゃうから。自分の中で気持ちの整理をつけたり、傷ついた気持ちを癒すのは、「書くこと」しかないから、それを止められたら、私は死ぬしかない。子供のころから、文章だけには、嘘はつかないで生きてきたから、「書くな」と言われることは、私という個性に「死ね」と言われることと同じ。もし、パートナーが、本気で「辞めろ」と言うなら、多分、私はパートナーより、「書くこと」を選択してしまうと思う。そのくらい、私にとって「書くこと」は重いのだ。しかし、反対に、赤裸々に書いているから、自分の気持ちが向かないと書けない。で、ここずっと書けないでいる。いつも、パソコンのキーを前にして、頭の中に表現したいものが苦しいくらい出て来て、キーを打つのももどかしいくらいだったが、ここしばらく、気持ちが止まってしまっているから、書けない。また、鬱が始まっちゃったかなあ・・・。先々月から、穴のあいたカレンダーを見て、自分で唖然とする。戻って、書きためたものをはめ込もうとしたら、もう、先々月には行けなくなっていた。書きたいこと一杯あったのになあ・・・・。少し頑張って、また、明日から、戻って埋めていきたい。過ぎて行った日。愛しい毎日なんだから。私が生きた証を、きちんと残しておきたいから。頑張ろうっと。
2008年08月05日
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