2004年03月20日
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早朝5時。
先に目を覚ましたパパに起こされた。
まだ、起きる時間じゃ無かったが、もう一度寝たら起きられそうにないので、
そのまま、起きた。
用意をし、さあ、出発。
大きなトランクをパパが車のトランクに積み込み、チビを乗せ、駅前の集合場所へ。

もう、ほとんどの子が来ていた。
一緒に行動するYちゃんとは、確か、幼稚園から一緒だった。
バスに乗り込み、関空へ出発。
我が家は、高速に入る道沿いの住宅街なので、
バスに追走したが、途中で、追い抜いて車の中から見送った。

やれやれ、やっと一息入れられた。
帰宅後、もう、我慢出来ず、クッションを枕に横になったら、すぐ、眠りに落ちた。
弟が東京から来ているはずだが、父の家に行く元気が無かった。
それから、お昼近く、電話で起こされるまでずっと眠った。

電話は母からだった。
父は昨日に比べ元気が無いと言う。
聞けば、今朝、外出前、I 医師が父の病室に来て、
「来週末から、数値が悪く成るかも知れません。くれぐれも感染に気をつけてください」と言われたそう。
母に、死を前に、帰宅させてあげようと言う配慮からの外出許可じゃないかと言っていると言う。
こちらも心配だったので、本当に数値が良いからの外出なのか、
父が疑心暗鬼になっているような理由なのか、確かめたくて病院に電話した。
しかし、この事が後で父のプライドを傷つけ、喧嘩になる原因になった。

I 医師は、席を外していらっしゃったので、婦長さんに電話の趣旨を伝え、先生に伺っていただいた。
「いいえ、本当に数値が良いからの、外出ですよ。ご心配なくと仰ってください」
ああ、良かった。
父に伝えようと電話した。
しかし、酷く叱られた。
そんな事で他人に電話するな・・・と。

父にはプライドがあったのだ。
覚悟は出来ている。そう、虚勢を張っていたのだ。
弱音を吐いている自分を家族以外に知られたくなかったのだ。
しかし、私は娘として心配だったから電話したまで。
意固地になった父は、午後、母と一緒に頂き物のメロンを届けに来てくれた際も、
仏頂面で、その時は何故怒っているのか解らなかった。

夜、母と弟が食事に出た頃を見計らって病院に娘と向かった。
病室に入ると、やはり仏頂面の父がいた。
「お前には、もう、何も話さない!」
機嫌が悪い。
ここは、私より、娘の出番。
娘が筋の通った説得をすると、やっと、私にも笑顔で話すようになった。
全く、困ったものだ。
つまらない事でプライドが傷つき、怒るのだ。
自分が死に直面していれば、そんな事、誰だって思うし、
確かに婦長さんは他人だけど、父の病気は私より理解なさってるのに・・・・。
沢山の患者さんを診てらっしゃった方だから、もっと、甘えて良いのに・・・。
素直に甘えられない損な性格だと可哀想になった。
それが出来ないのが、年をとった証拠かな?
しかし、娘のお陰で一件落着。

明日も、外出許可が出たが、血清の輸血が有ると聞き、
取りやめたそうだ。
もう、いつでも、調子の良い時は外出できる事が解ったからだろう。
父は怒ったが、これで良かったと思った。

父は、今日も、摂り合えず、元気だった。

夜、弟がやってきた。
こいつは、話出すと、本当に長いので、我が弟ながら苦手なのだ。
パパが帰って来てくれた。
パパには一目も二目を置いているので、パパにバトンタッチ。
やはり10時に来て、母が途中で心配して電話して来たにも関わらず、
明日もパパは仕事と言うのに、結局夜中の1時近くまで居座った。
パパは最後はトイレに立って、そのまま二階に上がって寝てしまった。
パパ、ずるい!!
しかし、どうあろうと、自分の弟だ。
いい加減にして、帰りなさいと言ってやっと帰っていった。
41歳になって未だ独身。全くこの弟が父の一番の向こう脛、弁慶の泣き所だ。
物書きなんて言う人間は、大体こんな風なのが多い。
書きたい事があるから物書きに成る訳で、
それに負けないくらい、言いたい事もあるらしい。
あれ、私もその一端になっちゃうのかな???
気をつけようっと。







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最終更新日  2004年03月21日 23時14分08秒
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