・そして仕事

・そして仕事

帰国後、仕事を探した。
しかし私の実家方面では、かなーりできる人でないと仕事がまわってこない
ことを派遣会社の方から聞いた。当然私はかなーりできるわけではない。
ここで言うかなーりできる、はTOEIC900点以上である。

東京に行くことを考えた。
まずは東京の派遣会社で様子を探った。私の英語力で果たして英語を生かせる
仕事がまわってくるか、これが問題だった。さんざんお金がかかった語学留学。
これで英語を生かせなかったらもったいない。好きになった英語で仕事がしたい。
でも私の英語って仕事に使えるもの?と試したい気持ちがかなりあった。

幸い、すぐに広告代理店の受付の仕事がまわってきた。
私の経験の中で、年数を占めていたのは受付だったから。
それほど大きくない会社だったので、外国人社員は5,6名しかいなかった。
それでも世界各国に支社のある会社だったので、電話での英語は1日数本
かかってきた。でもたった数本。
外資系の会社で働いた経験がなかった私のスタートとしてはこれで良かった
のかもしれなかったが、やはり物足りなかった。
仕事の中身は正直言ってラク。残業もほとんどない。しかし時給は高かった。
3回目の更新のお話しをもらった時、私はこの会社を辞めることにし、
知らない職種を経験しようと思った。

2ヵ月後、外国人向けアパートメントのフロントと営業の仕事がまわってきた。
この仕事はわりとやりやすく(大変なことも多かったが)できるだけ長く
続けるつもりだった。
フロントはホテルとだいたい同じ。営業は、入居希望の方へ部屋のご案内。
住んでる人たちの国は様々。アメリカ・イギリス・ロシア・インドなどなど。
日本人もかなり住んでいた。某芸能人も住んでいて、素顔にちょっとだけ
触れてファンになったりした。お子さんがまた礼儀正しいのだ!

大変だったのは、私が働いていた時期が9・11が起こった時と重なるから。
住人が留守の場合、フロントで宅配便を預かっていたのだが、中に何が入って
いるかわからない。それで一時的に預からないことにしたのだ。
それに住人が猛反発!高い管理費を払っているのに預からないとは何事だ!
あの頃、白い粉だとか爆弾だとか騒がれてたでしょ?
フロントだけではなく建物に何か起こらないように、と決めたことだったのに。
正直言って、いくら好きな仕事でも派遣先で何かあって自分自身が被害を
被るのはごめんだ。
2ヶ月近く経って、システムは元に戻ったが。

ここの住人だが・・・日本人のいわゆるタカピーな方々が多かった。
ある日、ある日本人女性がクレームをつけにフロントに乗り込んで来た。
そしてその女性、「あなたみたいな方はここに住むなんて不可能なんでしょう
けど!」とクレームに付け加えた。
奥様、本当にお育ちの良い方はそんなことはおっしゃらないものよ。それに
お家賃をお支払い戴いてるのは奥様ではなく旦那様ですが?と言いたいところ
だったが、それを言ったらまた何を言われることやら。
だいたい私はどんなにお金があっても月70万とか100万とかの家賃の
アパートに住むつもりはない。それなら買った方がずっといい(これって庶民
の考え方なのかしら??)。
サービス業の鉄則。謝るが勝ちです。

ほんの2ヶ月弱だったが、システム変更の余波は大きかった。
住人が出て行き始めたのだ(その他の事情もあったのですが)。
そして私を雇った会社はCMでおなじみの会社の圧力で半分以上乗っ取られる
形になった。そして私はリストラ。
好きな仕事だっただけに残念だった。

ま、人生いろいろ。
仕事のことは残念だったが、楽しい経験もした。楽観的な私は今もひょうひょう
と毎日を楽しんでいる。





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