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山だって
川だって
道路だって
なぁんだって
ボクにはつくれちゃうんだ
そして
ぽーんと
飛び越えることも
できちゃうんだ
すごいでしょ
~ wind ~
年末の数日間、子育て支援の母親教室で関わっていたお母さんから
サポートの依頼があり、3歳のKちゃんの遊び相手をしました。
近くの公園やお家の中でいろんな遊びをしました。
Kちゃんは、Kちゃんがふざけたときに私がオーバーにびっくりするのがとてもうれしくて
ケタケタ笑います。
そんなKちゃんを見ているとかわいくておもしろくて私も笑ってしまいます。
そんなことを何度も繰り返しながら、とても楽しい時間を過ごせました。
私が声を出して笑ったのは久しぶりだったように思います。
子どもの無邪気さは、ほんとに大きな力だとしみじみ感じました。
お砂場で遊んでいるとき、Kちゃんはことばに出して言いませんでしたが、
遊んでいるKちゃんを見ていて、Kちゃんの心を感じたことばが上の詩ですが、
その時同時に、思い出したのが金子みすゞさんの詩「砂の王国」でした。

私は、みすゞさんの詩が好きで、以前地元の公民館で「みすゞさんのこころ」
と題して、みすゞさんの詩や生き方を紹介しながらみすゞさんのこころを感じる
というような講座を開きました。
その時にまとめた 「みすゞさんのこころ」 の一部に「砂の王国」を紹介したものが
あります。
↓
=こころの王国=人は一人になった時、周りの小さな葉にそそぐ光や草をゆらす風や
ちいさないのちに目が向き、ひそやかなものの姿が見え、ささやかな音も聞こえ、
そして見えない存在も感じられるようになるのでしょう。
静かな一人の時には、神さまともお話ができます。その神さまは、もう一人の
自分かもしれません。その自分が神さまとしての自分を受け入れることによって、
宇宙のすべてを受け入れているのかもしれません。
外側で体験したことを自分の中で統合して自分のものとするのは
一人になった時にできることなのかもしれません。
「学校へゆくみち」
学校へゆくみち、ながいから、
いつもお話、かんがえる。
みちで誰かに逢わなけりゃ、
学校へつくまでかんがえる。
だけど誰かと出逢ったら、
朝の挨拶せにゃならぬ。
すると私はおもい出す、
お天気のこと、霜のこと、
田んぼがさびしくなったこと。
だから、私はゆくみちで、
ほかの誰にも逢わないで、
そのおはなしのすまぬうち、
御門をくぐる方がいい。
みすゞさんは、一人の時間を大事にしていました。
従姉妹の前田リンさんが「みんなと一緒にいきゃいいそに。その方がしゃべりながら
いけてよかろがな。」とおっしゃったのに対して、みすゞさんは、「そりゃ、そうやけど」と
こくんとうなずいて「たしかに、一緒にいく方がいろいろな話が聞けて楽しい。
でも、いつも楽しい話ばかりじゃない。たまにゃ、誰かの悪口や、嫌な話も聞かにゃ
ならんしな。そういうの、あんまり好きじゃない。だから、一人の方が安気でええ。」
と答えたといいます。
きっと、そういう静かな世界で、一人静かに心を見つめていたのでしょう。
そうすることで、澱のようなものが浄化されていつも清らかな心でいられたのだろうと
思います。
「砂の王国」
私はいま
砂のお国の王様です。
お山と、谷と、野原と、川を
思う通りに変えてゆきます。
お伽噺の王様だって
自分のお国のお山や川を、
こんなに変えはしないでしょう。
私はいま
ほんとにえらい王様です。
人は、外的世界と内的世界の二つの世界に住んでいます。
内的世界はみすゞさんのいう「砂の王国」なのかもしれません。
みすゞさんは、いつも内的世界を大事にされていたと思います。
こころの王国の存在を信じていたのだと思います。
他人や外側に倖せを求めるのではなく、自分の中に求めていたのでしょう。
自分の中であらゆるものを統合して、一人の人間として満たされた存在であった
のだと思います。
人が平等に自由なのは心のあり方でしょう。心の中では誰でも自由でいられるし、
心のあり方も自分が創っていけるのですから。
(詩は「金子みすゞ全集」より)
~ wind ~ 以上1999年10月記
今、私は
子どもたちがお砂場で山や川やトンネル・・・などを自由につくれるように
世界中の人々が皆そう望めば、世界中の子どもたちが笑顔で暮らせる平和な地球が
実現できるのではないかと思っています。
地球の向こう側で起こっていることにも関心を持って、誰もが本気望めば平和な
世界をつくれるのではと思っています。