親仁の意見-50男の素朴な想い

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February 9, 2008
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今週末は東京におりますが、今日は都心に出掛けました。東京メトロの某駅で、図らずも映画「明日(あした)への遺言」のポスターに出会い、藤田まこと氏演ずる岡田資(たすく)陸軍中将の「法戦」シーンに思わす足を止めました。

この映画、 「明日(あした)への遺言」 は来る3月1日(土)に全国で封切られますが、僕は今を去る20数年前、原作「ながい旅」(大岡昇平)を読み、感涙に咽んだことがあったのです。

簡単にストーリーを申しますと、岡田中将は昭和20年2月、名古屋を中心とした地域の防衛に当たる東海軍管区司令官を拝命し、敗色濃い戦局の中、任務に励んでおられました。その頃から米B29大編隊の爆撃は、軍事施設のみならず一般市民をも襲い、これは「無差別爆撃」を違法とした国際ルールに違反するものだったのです。(但し、無差別爆撃は日本も中国で行っており、米国のみを非難することは妥当ではありません)

こうした中で、撃墜されたB29搭乗員30数名は、無差別爆撃による一般市民殺傷の罪により、略式裁判を経て東海軍の手により斬首されたのです。このことが、戦後「捕虜虐殺」として訴追され、岡田中将は自ら全責任を負って処刑されたのですが、その戦犯法廷において、中将は「無差別爆撃」の非道を切々と訴えました。勝者の裁判において、公正な判決は望むべくもありませんでしたが、中将はこれを「法戦」として捉え、主張すべきことは堂々と訴えたのです。

こうした中将の態度は、敵味方の区別なく、法廷に居合わせた全ての人に感銘を与え、判決こそ死刑だったものの、米軍検察官をしてまで助命嘆願に駆り立てたのでした。残念ながら、捕虜処刑の責任を一身に背負った中将を救うことは困難であり、昭和24年9月17日の深夜、中将はスガモプリズンの刑場にて59歳の生涯を遂げたのでした。

僕は祖父が職業軍人だったこともあり、軍人の生き方には関心が深いのですが、無謀な戦争に国民を引き擦り込んだ国賊的軍人もいた中で、岡田中将をはじめとする素晴らしい人物が大勢いらしたことに救われる思いが致します。昨年は 「硫黄島からの手紙」 で栗林中将のことを書きましたが、今回岡田中将を書けて、とても嬉しく思います。

先月、僕は所用で池袋に出掛け、サンシャイン60に参りましたが、あそこはスガモプリズンの跡地なのです。一角には公園があり、かって刑場のあった場所には記念碑がひっそりと建っています。その場所に僕は一人佇み、戦争という不条理の中、己の欲せざる役割を果たしたことで、刑場の露と消えて行かれた方々の無念を偲びました。





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Last updated  February 10, 2008 02:44:09 AM
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