書くことの意味

書くことの意味

2004年10月20日
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 ここのところ、眠るのが愉しみになった。やっと、熟睡出来るようになったからである。午後10時ごろになると、布団に入ってしまう。不眠のサイクルが去って、眠りの段階に入ったのだろう。

 人間は、様々な波動、あるいはリズムにのって生きていると、つくづく思う。万物は流転するとよく言われるが、その意味がしみじみ、分かるようになった。空港の通路などによくある、「動く歩道」を思い浮かべる。人間の意思に関係なく、電力の力で常に、歩道は前へ動き続ける。その上にいる人間が、さらに自分の足で前へ歩くか、それとも立ち止まるか、後ろへ下がるか。前提条件として、動く歩道の存在は絶対だが、その状況下で意思決定する自由は残されている。生きるというのはすなわち、そういうことではないか。

 ひとりの人間がこの世に存在するということはすなわち、無数にある運命の縦糸(時間を構成する縦糸?)の中から、特定の糸を選び出すこと。そして、時間を紡ぐというのは、紐を編むことなのだと思う。その人間が何か、新たな選択をする度に、それまで手元にあった糸の一部が代わりに、離れていく。だからこそ、紐は、ひとつひとつの選択を反映して変わっていくのだ。

 ひとが死に絶えると、紐も同時にほどけて、もとのばらばらの糸の状態に戻る。しかし、前にも書いたように、この世にはぬか床とも言うべき、大気や自然、街並み、歴史、音楽、書物といったものが存在しており、ひとの足跡がエキスとなって、そういったぬか床に染み込んでいく。

 実際に今回、2005年9月の留学という糸が自分の手を離れたのは、新たにある選択をしたからなのだ。大げさだけれども、今回、本当に運命の糸車がごろりと音を立てて動いたのが聴こえたように思う。自分の選択とその結果のつながりが、これほど鮮明に見えたのは初めての経験だった。

 もう少しで、何かをつかめるような気がしながら、まだ、それが何なのか分からない。今、そんな状態がもどかしい。こういうことをつらつらと考え始めると、思考はどこまでも進んで(沈んで?)しまい、神経がへとへとになってしまう。





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最終更新日  2004年10月20日 21時26分48秒
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