息抜きしよ~よ。

息抜きしよ~よ。

発病

発病


1999年7月。
突然、激しい頭痛に襲われる。微熱もあったため近所の病院で受診。風邪薬をもらって帰宅する。
その薬を飲もうとしてもその場で吐いてしまい、飲めない。頭痛が激しく夜も眠れない。子供のように「痛い、痛い」と繰り返す。
翌朝、再度同病院を受診。
この時点で自力で立てず、私に覆いかぶさるように体を預け、やっと立っているようだった。
それを見た医師が、「男性が女性の力を借りなければ立てないほどではおかしい」と、市立病院で検査をうけるよう言われ、その足で向かった。

市立病院ではすぐCTを撮ってくれた。
しばらくして私だけ別室に呼ばれ、CT画像を見せられ、「ここに腫瘍があります。入院して詳しい検査をしましょう。」と言われた。

「腫瘍?」 そう言われてもその時点ではまだ何もピンとこなかった。
ただ、入院して検査して治療すればどうにかなる。
本人にはなんて伝えればいいのか。
そんなことを漠然と考えていた。

本人に「入院して検査するんだって。」と伝えると、医師に向かって、「腫瘍ですか。」と聞き返している。医師は、「それも含めて、詳しい検査をしましょう。」とだけ言った。

思えば、兆候はあった。
少し前から、疲れると「頭が痛い」と言うようになっていた。それまでは風邪以外のときに頭痛を訴えるようなことはなかったのに。「それだけ年をとったんだよ。」と笑って済ませていたが、あるとき「今日、車の運転をしていて右足がアクセルからブレーキに動かなくてひやっとした。」と言う。また別のときは、「会社で電話に出たとき、『はい、○○○(会社名)です。』が、ろれつが回らなくて言えなかった。」
そんなことが度々あったので、本人は「脳研に行ってみようかな。」と言い出した。今思えば、このとき行っていれば事態は変わっていたかもしれないのだが、私たち家族は「そんな大げさな。」と取り合わなかった。
「入院」と言われ、すぐ「腫瘍ですか」と言葉に出るほど、本人は自分に何かあると感じていたのに。

入院後の検査で、脳に「袋状の中に液体が入ったような腫瘍」があり、それが破れて出血し脳を圧迫して頭痛が起こっていることがわかり、まずは開頭せずチューブのような管を刺して中の液体を取ろうということになった。
これをやってもらうと、それまでの頭痛が嘘のように治まった。もうこれで治ったんじゃないかと思ったほどだ。
しかし数日後のCT検査で、それがまた大きくなっていることがわかったため、今度は開頭して腫瘍を取ることになった。
腫瘍が脳の奥にあること、まだ年齢が若いため出来る限り後遺症が出ないようにしたいということもあって、その手術で腫瘍を全部摘出することは出来なかったが、袋状の中の液体(この時は古くなった血液のようなものと言われていた)を吸い出し、取れる部分は出来るだけとって、出血源と思われる部分をレーザーで止血したそうだ。このまま大きくなってこなければ生活に支障をきたさないため、現時点ではこれで様子を見ようということになった。
実際、手術後の後遺症で右足が少し重くなったようだが、そのほかは以前と変わらず、もうこれで終わったと勘違いしてしまうほど、本人も元気になっていった。
その後、傷口が菌に感染し膿んでしまったため、結局退院したのは入院後3ヶ月たった10月だった。



2000年5月。
退院後、経過観察のため定期的に受けていた検査で、腫瘍がまた大きくなっていることがわかった。
また入院。医師から「この様子では、これから何度も同じことを繰り返していたちごっこになりかねない。思い切って全部摘出する手術をしてはどうか。」と言われた。そしてまた、その手術によって考えられる後遺症として、右手足の麻痺、言語、記憶力の障害などが考えられるとも言われた。
しかし、その時は定期検査で見つかっただけで、本人の自覚症状は何もなく、手術を受けてもし後遺症が出たとしたら、「その手術のせいでなった」と思ってしまうのではないか。今は何も生活に支障がないのだから、腫瘍という爆弾を抱えたままとはいえ、障害が出るよりはいい。
さんざん迷った挙句、経過観察の選択をし、そのまま退院した。




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