こんなものですが

こんなものですが

砂の器(ネタバレあり)

「宿命」 …なんと重い響きだろうか。運命よりも重く、深い。
そして、『砂の器』の持つもろさ、はかなさ、軽さ。
この作品のテーマは、宿命。
この意味とは、2回、作品中で示されている。
1回は、第2話で主人公の和賀(中居君)自身が言う。

「宿命っていうのはね、命が宿ったときには、すでに決まっていて、自分ではどうすることもできない自分の存在。自分の価値。」
「人は生まれながらに差がついてると思うんだ。」
「運命よりも残酷なもの。」


だから、不幸な宿命を背負った者はどうすることもできないのだと恋人に言葉を継がせる。

2回目は、最終楽章の最後の最後のテロップ。

「宿命とは、この世に生まれてきたこと
   生きているということである」


幼い和賀は、三木の口から宿命という言葉を教えられる。
父の子という宿命から逃げないで頑張って生きることを。
しかし彼は、生涯、差別偏見を感じながら生きることは耐え難かった。もう一度生まれることによって宿命を変えようとして、栄光を手中にし、成功を収めたのだ。

和賀には、絶対知られてはいけない暗い過去がある。それを知られることは、現在の栄光からの転落どころか「死」をも意味するだろう。だから、過去を捨て去ったという強固なまでの意志を感じるが、それゆえに、彼にはいいようのない哀しみを帯びたところが、時に感ぜられるのだ。

その、暗い過去とは何か?松本清張原作とこのドラマとは時代設定も違うために、ドラマでの過去は別のものが設定されたのだが、これこそは、恩人を殺してしまった動機でもあり、この「砂の器」という作品の持つ最も重要な核であった。
僕は、今回の大量殺人事件という設定は、現代ではそれでいくしかなかったかなと。

 地域共同体における、差別。村八分。
 それを行う者達の心に「鬼」を棲ませ、された者にも「鬼」を棲ませる。
 ダム建設の賛否をめぐっての言われなき差別や偏見、疑心暗鬼というものは、地域社会を崩壊させてしまった。
 今西がつぶやく、「土地はダムに沈んでも、心の傷だけは残った」

原作では、ハンセン病による差別であった。当時、感染するという誤った認識により、患者は強制隔離され、断種といった人権を否定する政策が採られていた。

 随所で和賀の過去の回想シーンがでてくるが、ピアニカを弾く子供達を見るにつ
け、父、自身のことを思い出さずにはいられない。父と自身の内に秘めた気持ちを通わせることのできる、唯一のものなのだ。
過去を消し去りたい、生まれ変わったのだという信じ込みたい思いと、クローゼットから思わず当時のピアニカを取り出し一人弾くことで確認している、消せない
確かな過去。この逆説的な心理描写を、中居はうまく演じていると思う。

 そうして、「宿命」の曲を本当に完成させるため、和賀は亀嵩に足を踏み入れる。哀しく、辛い過去が鮮明に呼び起こされ、号泣する和賀。

 コンサートで宿命を弾き終え、ステージ袖に待つ今西を見つけるが、ピアニカを持参してきた時点で、彼は、罪という業を背負った秀夫だった。
 父との再会を果たした場面では、素直に感動してしまった。

 恩人を事故死させ逃亡した和賀がみせる焦り、怯え、恐怖と彼を執念の捜査で徐々に追いつめる今西刑事(渡辺謙)。今西の「いただきましょ!」ってい
うお決まりのセリフ、中盤以降は聞かれなくなったような(笑)。何話かは忘れた
けど、2人がとうとう駐車場で出会ったときの、眼力対決は見物であった。
実際、中居君の目は、活(い)きてたね。堤真一みたいだ。
今西こと渡辺の演技の方もかなりシブくて、亀嵩駅で言う「昔、思い出して懐かしむ奴もいれば、昔、恨んで人を殺す奴もいる」っての、好き。

逃亡途中にぶつかった相手が劇団員の成瀬(松雪)。彼女も過去に義父から虐げられた辛い過去を持つ。せっかく主役に抜擢されたと思ったら、すぐに降板させられ、しばらく会っていない母の死も重なる。2人とも腕に傷があるし。
境遇に似たものを感じる和賀。

母の葬儀で焼香すらさせてもらえなかった悲しみから、それまでの自身の存在を否定されたと打ちひしがれた成瀬は、ゆらゆらと断崖に引き寄せられていく。
そこにある風車の音に過去を思い返した和賀は、飛び降りる直前の彼女を救う。自分が過去に死にたくないと叫んだことを思い、死んではいけないと引き止めたのだろう。

「私は何なのよ、どこにいるのよ、どこにもいないじゃない!」と叫ぶ成瀬。
もろくも崩れゆく砂の器と、自身とを重ねて悲嘆にくれる。
「生まれてこなければよかった」と号泣する成瀬に、和賀は、
「宿命は…、宿命は変えられる。もう一度生まれればいい。」 と諭す、自身に言い聞かせるように。
ここでは、さきほどの「宿命は決まっている」という観念から出た言葉はなく、 「生まれ変わることで人生を歩むんだ」 という、強い魂のメッセージが込められているのである。
 誰しも、宿命というものを自らの力で選び取れることはなく、和賀もそれを背負い生きてきた。しかし、罪を犯し、背負いきれなくなった。彼を救うのは、また別の宿命に生きることではなく、今の宿命においての償いの他はない。


自身を生まれ変わらせるため、劇団を辞めた成瀬。主宰者が彼女の背中に向かって言い放つ一言はキツイ。
「肩の力は30過ぎた人間には邪魔なだけだ!」
和賀は、決意した彼女に対して、 「背中…、君の背中、君の生き様をしっかりうつしている。誇りに思えばいい。」 自信になる一言だわね。

僕はちょこっとクラシックも愛好するんだけども、第1話最初のリサイタルで演奏されていた、ピアノ協奏曲、いいですな~。けど、サントラにないんだよな。
 んなことはいいとして、さらにこの作品にひかれる点というのは、

1 サントラが良い
 千住明の作曲。出演者のその時々の心情とマッチングしていて、素晴らしい。
 発売日当日にサントラ、買いました。

2 情景がよい
 第1話冒頭のシーン。セリフはなく、砂丘、冬の波、風が映し出されて、
中居がつまんだ一握の砂は、まるでその後の彼を暗示するかのように、こぼれ落ちてゆく。そこに現れる松雪の手は、彼の手からこぼれる砂を受け、そして、手を握りあう。砂で作った器が風で崩れ去ってゆくシーンは特に印象的。最終楽章での、四季を放浪する親子を描いているシーンも情感たっぷり。
 随時挿入された、横浜、東京タワー近辺のヘリから撮る景色もまたいい雰囲気を出していた。
 扇原レイコが列車から撒いた、血に染まったタートルネックの破片、まるで桜吹雪のようだったなあ。

あと、手が暖かい人間は、心が冷たいんですか?(笑)

余談としては、あの地名の名産品はそろばんで、全国の7割を占めていたそうで。


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