しばたに中国を行く

しばたに中国を行く

遥かなる地の果てを目指して


海は上陸するところであり、そういう意味では「果て」ではなくて「端」なんじゃないかと思われます。
あらゆる海岸沿いが地の端だとすれば、ここウルムチは「地の果て」という事になるでしょう(強引
日本は東京の隣にある私の実家から、ここウルムチ迄どのくらいの距離があるのかは知りませんが(知りたくもありませんが)、今

回は一時帰国に伴う、帰ウルムチの記録をここにまとめてみようと思います。
部屋の電気も無く、パソコンはバッテリーで動いている状態なので、どこまで書けるかはやってみてのお楽しみ。
徐々に更新されていくことでしょう。

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さて、日本国内でも3日間ほど、新疆大学から日本に帰った知り合いを訪ねてみたり、神戸の親戚の家に泊まってみたりと色々

会ったわけですが、それは置いておいて。
いや、神戸で生まれて初めて行った中華街はなかなかこじんまりとしていて好きでしたが。本物の中国の『汚さ』『うるささ』には遥

か及びません。北京の前門あたりの雰囲気に似ているような気がしましたが、似ているような気がしただけ。
あんなに綺麗で清潔な中国は、今のところお目にかかったことはありません。
やはり中華街は中華街。怪しい日本語を話す中国人が居るところは中国と同じですが、あれは日本ナイズされた中華でしょう。
食事は美味しかったけど、むっちゃクチャ高いし。自費だったら行っておりません・・・・。

あ、話が中華街にずれた(汗
さてさて。今回、一時帰国した目的は沢山あるのですが、その中の一つに『船で中国へ渡ってみようじゃないか計画』が、ありま

す。
コレは、神戸・大阪から隔週で出向する新鑑真号というやつに乗って、中国は上海まで行ってみようという計画でした。
一時帰国早々船の手配をし、出港2日前から神戸の親戚の家に泊まりこみ(何をするわけでもありませんが)、その当日の朝を迎

えました。
12時出港なのですが、10時には神戸ポートターミナルについていなくてはなりません。親戚に車で送っていただき、あっという間

に10分ほど遅れて到着しましたが、問題ありません。
港にはコレから船に乗るのであろう、そこそこの数の人とそのうちの3分の1を占める中国人の荷物が目を引きます。
つか、縦横1mもありそうなダンボールがずらっと並んでいるのを見て、この船沈むかも・・・と、思わなかったとは誰も申しませんが


さてさて、船に乗船するまでは特にすることもございません。親戚と一緒に眺めを見たり、写真をとったり、『お餞別』をいただいて

いると、すぐに乗船手続きが始まりました。
乗船手続きは簡単で、初めにチケットとパスポートを見せます。そうすると、乗船券をいただけます。その後出国窓口でその乗船

券とパスポートなどを見せると、乗船できるようになっております。
さて・・・・、この乗船手続き。何か忘れてます。そう、荷物の検査。・・・ありません。一応出国のカウンターの後ろに仰々しくそれら

しき機材は並んでいるのですが、誰も係員がおらず、しかもなにやら布までかぶっていたような。
ダイナマイトとか持ち込んでたらどうなるのでしょうか・・・。ダイナマイトとは言わなくても、出刃包丁でも『船上の恐怖』を演出する

事が出来るかもしれません。船の出国手続きは、飛行機に比べると甘いようです。まぁ、飛行機と違ってビルに突っ込んだりは出

来ないんですけど、港に突っ込む事は出来るんじゃないかと思う今日この頃。

乗船後、船の中のカウンターで自分の部屋を確認し案内してもらいます。このへん、中国人スタッフがやってくれるのですが、日

本語はそれなりに上手です。時々怪しいけど問題ありません。
部屋の中には既に日本人がそれぞれのベットに荷物を整理しておりました。ベットは2段で片方ずつに4人まで眠れて8人部屋。
皆さん大阪や神戸など関西圏の方々が多いです。そりゃそうか、関西から出港する船だし。
というわけで、関西弁の離せない私はちょっとカルチャーショック(笑
ウルムチまで行ってしまって関西弁の響きを忘れておりました^^; 一人関東圏の言葉を操る私に回りはきっと同じ事を思ったこと

でしょう・・・・。
その部屋には料理人や元留学生、卒業旅行の一人旅バックパッカー、今回初めての初心者バックパッカーなどがおりました。
皆さんとてもよい方で、関西弁は気になるものの、全然問題なく仲良くなっております。
船内の写真などをパシパシとって(日本人ってこれだから・・・といわないでください。他に乗ってた中国人はビデオとってたんで

すから!)、出港の時間には見送りに着てくれた親戚に手を振って(出港してから15分ぐらいは姿が見えるので、いつ引っ込むか

タイミングがつかめませんでした・・・・。結局米粒大になるまで甲板に居たんですけど^^;)、甲板でタバコをすって怒られ(甲板で風

に吹かれながらタバコすいたかったのに・・・既に吸い終ってたんだけど)、同室の方とも仲良くなって部屋に戻ると、もう一人さっ

きは空いていた私のベットの下に人が。
後に知ったのですが、62歳のおじい様。『若い頃』は中近東やらヨーロッパやらを一人旅した旅の達人(と自分では周りに思わせ

たいらしい)です。昔の勇士はなんのその、今はずんぐりとした米粒を拡大して人間大にしたような体型をしております。いや、体

型に関しては触れ無い方が無難ですね。私も・・・・・(涙 妙に甲高い声の大阪弁で「僕ね~僕はね~」と他の同部屋の方に繰り

返しております。
さて、ここまで書けば懸命な読者の皆さんはお分かりでしょうか。
このおじい様、とこのトンまで私の神経を逆なでしてくれました。ただ、私も旅の初心者。この時は気づくべくも無く『ふ~ん。すご

いんですね~』と、お話をご清聴していたわけです。

さて、船は出港し、明石海峡大橋、瀬戸大橋と通り抜けるにつれて、徐々に暇になってきます。
もちろん橋を通る時には外に出て写真を取ったり、日が沈む時には瀬戸内海に沈む夕日を見に、甲板に出たりするわけですけ

れども。風がものすごく強く、なかなか立っても居られないなど、面白い経験でした。
出港前はご飯は一人寂しく食べるのかな~、まぁ、それはそれで『頭の中で一人で旅するトラベラーごっこ』を展開すれば、寂し

さもまぎれるわけですが、現実では常に4~6人での大衆食堂状態。
いや、それはそれで面白くないわけじゃないんですけど、ううむ・・・。
皆さん料理が安い安い、ビールが安い安いとおっしゃいます。1品500円程度の料理と150円程度の缶ビール。確かに安いです

ね。何人かはそう言うと気には黙して語らないわけです。そうです、留学生か元留学生。
1品500円?! こんなシケタ飯でそんなに取るのかよ、缶ビール150円?!高いじゃねーか!という心の声が聞こえてくるようです。
私も心の中では叫びつつ、ここは一つ日本人らしくあわせておくことにしました。
そしておじい様が甲高い声で言います『僕が旅してた頃はね~ぇ、車が砂漠で止まっちゃって大変だったりしたんだよ~ぉ』。
ぉぃ。飯の値段の話じゃなかったのか?!
一瞬、皆が話しに付いていけず天使が通ります・・・・・・・・・・。
そうです、このジジイ。人の話場の流れなどお構いなし。自分が常に中心に居ないといやでしょうがないタイプだったのです。そん

でもって、旅人ならそういう話に喰らいついてくるだろうという打算が見え隠れしております。
英語はかなり出来るようなのですが、一人旅を若い頃繰り返していたわりにはなんだか性格と目つきがひねくれています。
話を聞く限りでは、もうちょっと独立系の大人に育ちそうなものなんですけど・・・・・・。旅が人を成長させる、というのはある意味真

実ですが、このおじい様に限っては限りなく嘘っぽいです。いや、元があまりにもどうしようもなければ・・・・う~む。
そんな事もあってか、このおじい様の周りからは初めのメンバーは徐々に遠ざかり、おじい様はあちこち転々とされる事になりまし

た。初日の夜には、忍耐力の無い私です。『このジジイは合わない!』と見切りをつけ、部屋で二人きりになった時にはさっさとカ

ーテンを引いて寝たものでした。それでも話しかけてくる辺り、辟易しましたけれども。
そうして、穏やかな波とともに夜は更けていくのでございました・・・。

二日目。
なにやら気分の悪さと、頭がぐらぐらするかんじと身体が上下左右に揺らされている感覚とともに目が覚めます。
そうです。ここは船上。波の穏やかな瀬戸内海から大海へと出たのです。話に聞くと五島列島の辺りだとか。どこでしょうか、それ

。こういうときに地理の知識がないと「そうですか~。それで波が酷いんですね」というしかありません。当然わかっちゃいませんが

相手は「そうなんですよ~」と答えてくれます。
船酔い自体は大したことも無かったのですが、このまま続くとやばい事になりそうだったので、カウンターの奥に居た服務員に中

まで入って行って薬を貰います。3つくれました。無料です。
ただ、本来は6錠で100円。寝起きを襲った・・・・もとい、寝起きに行ったのが良かったのか私は無料でした。
私の人徳の賜物かもしれません(ぉぃ
薬を飲んで2時間ほど眠ると、やはりぐらぐらするものの、気持ちの悪さはありません。コレならいけそうです。
と、無料の朝飯を食べてビールをゴクリ。
船旅はとっても暇です。話をするか何か食べるか部屋で寝るか本を読むかビールを飲むかぐらいしか選択肢がありません。
外はとても風が強いので、飛ばされてしまったら生還は難しいと思うと、なかなか外にも出られないわけです。
立っていられないほどの風が吹いておりますから、タイタニックごっこなど夢のまた夢。
そもそもこの船、舳先まで行く事は出来ません。誰かやるかな~と思っていたのですが、誰もやりませんでした^^;
おじい様は下の部屋のメンバーには敬遠され始め、他の方の所に行っております。見るたびに相手が違う事を考えると、なかな

かのタラシ・・・・ではなく、行く先々で敬遠されているのでしょうか。社交的であることは間違いありませんが。
なにやら上海上陸後の計画を立てておられるそうで、上陸後に安いホテル(1500円ぐらい)は無いかと聞いてまいります。
調べてコイよ、とは口が裂けてもいえませんので、上海の外国語大学のやっているホテルがそのぐらいの値段で泊まれることを

教えて差し上げます。私は浦江飯店のドミトリーに泊まる予定でしたので、船から下りたらさようならですね、と心の中で手を振りま

した。おじい様浦江飯店には興味も無い様ででございましたし。
皆さん翌朝には上海に到着という事もありいろいろと下準備が必要なようです。
某迷い方を広げて、場所を確認したり、上海から別の所へ飛ぶ人はそのルートの情報を求めたりと、せわしなくはありませんが皆

さん着々と準備が整っているようで。
私はといえば、上海滞在は長くても1日と決めておりましたので、上海の電視塔とバンド(外灘)、ヨエン辺りを見れれば良いや~と

いう事で、特には準備をしておりませんでした。浦江飯店まではタクシーで行くつもりでおりましたし。
この日は安徽師範大学の留学生とも知り合い、安徽師範大学の留学生活の華々しさに羨ましさが募って思わずビールをぐびぐ

び。なにやら彼の話す留学生活は、私のウルムチでの生活とはずいぶん違って、とても面白そうです。思わず石河子に行くのを

辞めて田舎の安徽まで行っちゃおうかと思ったほどでした。複旦大学に留学されるという女の子とともに、いいね~いいな~を繰

り返しておりました。この時点で私は既にビールを飲みすぎており、やばい状態だったんですけれども、船酔いだか酒に酔った

のだか、船上ではわからないわけで。船酔いだと思いそのままぐびぐび。
そうして安徽師範大学での留学生活の羨ましさに心を募らせながら、夜は更けていくのでありました。



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