SITUATION




 「練習が終わったら、僕のところに来るように」

三杉の呼び出しを受けたのは、反町自身と他にも日向と松山の3名。
何の因果で、同級生でもある、三杉の呼び出しに応じなければならないのか、己の運命を3人は呪った。

 ジュニアユースの頃から、自分らは選手、ライバルでもある三杉は
コーチとして合宿に参加している。
最初は、驚きで一杯だった。
中学3年生にして、コーチかよと。
なんで、あいつが選手じゃないのか。
その才能を考えると、余計にやるせなかった。

 もしも、俺なら当然そんな申し出なんて、即答で却下だ。
なのに、あいつは身体のこと(運動を時間制限されている)もあるが、
協会のコーチ要請を承諾して、予想以上の鬼コーチ振りを発揮していた。
あれから、3年の月日が経過したが、俺達は相変わらずサッカーを続けているのは、変わりなかった。

 屋外での練習の後、三杉は俺たちに、施設の体育館に来るよう促した。
あいつの行動の意図がさっぱり理解できない俺はもちろん、日向さん、松山も困惑した表情を浮かべていた。
実際、三杉を理解しようなんて思う奴はこの合宿所にいないはずだ。
もしも、そんな物好きがいたら、そいつも間違いなく三杉の同類に違いない。
一言であいつを表現するとすれば、つかみどころのない人柄。
毛並みが違うとでも言うのだろうか。

「まず、基本中の基本、準備体操すら、君達は満足にできていない」
と三杉。
呆然とする俺達に、「そこ、少し、間隔を空けて」さっそく、指図する。
号令でもかけてやるのか、用意のいいあいつにしては、珍しくテープさえ、
用意していなさそうなので、シチュエーションに困った。
三杉は壇上に駆け上がると、
「君達の為に、僕が心を込めて弾くから、それに合わせて動いてくれ」
とあのラジオ体操第1を弾き始めた。

まるで、テープを聴いているようなおなじみなメロディー。
その姿に見惚れていた俺達だったが、三杉の本当の怖さを充分に周知いるので、伴奏に合わせ、からだを動かす。
第2の途中あたりから、興味本位で覗きにきた趣味の悪い
連中まで加わり、心地よい爽快感を感じた。

ラジオ体操第1・第2をおもい切りやったのなんて、小学生の夏休み以来だ。
スタンプを集めるのに、必死で早起きした懐かしい日々。
しかし、それ以上にラジオ体操の曲をそらで、間違いなく弾く三杉に、俺は感心した。
「どうだい、気持ちいいだろう?」
俺達は、黙って頷いただけだった。

「明日からは、練習もハードになると思うから、体調だけは、くれぐれも万全にしておいてくれ」
「今日は、このくらいにしておこう。最後にワールドユース目指して、
『翼をください』を歌おう」と前奏を弾きだした。
合唱会で定番の規則正しい、和音。通称ワールドカップの応援歌。
三杉は無表情でこの曲も楽譜なしで弾いていた。

おそらく、その内側にあるのは、誰よりも強い、大空翼への想い。
小学6年生の雨の準決勝。その大会を最後に、サッカーをやめる決心をしていた三杉。
最後のライバルとして選んだ、大空翼。

翼との出会いのおかげで、手術までして、サッカーを続けている三杉。
選手でなくても、自分の経験にプラスになるのなら、コーチでもいい。
いずれ、病気に打ち克ち、翼と対戦できる日を夢見て・・・。

 翼は、高校を卒業すると、ブラジルに行き、既にプロサッカー選手として活躍している。
また、翼とサッカーがしたい。
三杉だけでなく、そこにいる自分達の想いでもあった。
もっと強くなって。
もっと、上手になって。
翼といつか一緒にプレーができる日を夢見て。
そんな、気持ちを込めて歌った。
この曲をこうした心境で歌ったのも初めてだった。
まわりの連中さえ、真剣に歌っていたのが、奇跡だった。

 その夜、三杉の日記に、雰囲気作りが有効と書かれていたのも露知らず、
次の日から、反町達のリクエスト通り、準備体操は、三杉の生演奏を、監督が快く承知してくれた。
こうして、彼等は有意義で、一風変わった合宿生活を満喫したのだった。



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