全4件 (4件中 1-4件目)
1
必要最低限の図面を作成することが出来ていました。それで一番困ったことは、以前に作成した図面に少々手を加えようとした時に、中々自在に修正出来ないことです。それは、AUTO CADをしっかり理解できていないことだと考えていました。今回、復習のつもりで再学習したことはテンプレート(図面を描くための初期設定)印刷設定(印刷サイズを含む)作図範囲(原寸の場合の最大サイズー印刷サイズ×縮尺の逆数)ビュー設定(作図範囲と印刷サイズを縮尺サイズを加味して繋ぐ仕組み)以上のことを以前より深く理解して出来るようになりました。AUTO CADは、原寸で図面を書きます。その図面が前述の設定を正しく出来ている場合に、事前に設定した印刷サイズで印刷すると、正しい縮尺で印刷されます。この正確さは見事です。次のステップは、図面に図版タイトル、製作者、製作日時などを書き込む文字について修得することを予定します。なお、図版フォーマットはこれまで修得した中に図版設定としすでに修得済みです。
December 17, 2013
コメント(2)
かなりあきれる状況で推移しています。運輸局は事故後、現場査察に入り各種の資料を押収をしている。加えて、JR本社にも調査に入っている。一方、JR北海道の発表は専ら社員に聞き取り調査をし、その結果を発表している。国会の参考人質疑応答での一部が報じられているが、あくまでも参考人として。しかも国会の目的はどこにあるのかボケている状況から、参考人質疑応答で新たな手が打たれたものは無い。まるで、国会に手土産のようにして、JR北海道の社長は改ざん箇所が新たに8ヵ所ありました。と発言している。また、2回目の参考人質疑応答では、4組合との協議会を設置しました。何も国会の場で発表しなくても良いことを、国会の成果のようにJR社長は発言している。報道道を見ていると北海道特有の経営地番から来る健全経営の難しさ、国鉄から民営化時の想定に齟齬があるのでは?と、事故の原因が予算不足、人員不足、政府の支援不足のような方向に行っている気がする。これらの報道、推移を聞いていて、最も可笑しいことは次の2点です。本来あるべき姿がどうであったのか?レールを測定する作業、体制、測定後の書面整理。測定の結果、レールの保守作業にどのよう反映されているのか?測定の結果、保守作業の種類、1作業の人員・時間、予算、それらの計画以上の資料を突き合わせただけでも相当な結論が得られるのではないだろうか?運輸局がそこまで調べられないとしても、少なくてもJR当局がそこまで、調べてると判明することは何か?測定作業時と、保守作業の合理性が判明する。改ざんされたのならば、保守作業が伴っていなくて、測定データーだけがあるのは不自然ではないのだろうか?さらには、社員の勤務実績をチエックすると、作業の実態が明らかになるのでは?次に、コンピュータによるデータ管理について一体、何のためにデータ管理を行っているのか?もし、オンライン上で、本社がデータを確認しているとすれば、誰が、何のためにデータを見ているのか?本社がデータを見た後、どのような作業につなげているのか?この点からいえば、現場の測定結果に対して本社が全く関与していないとの本社幹部の発言は不可解です。さらには、コンピュータにはログフアイルあるいは定期的バックアップデータがあるから、それらと現場作業を照合すれば、過去のデータも判明するのではないだろうか?保守作業のデータが1回の測定結果しか記録されていないとすると、極めてお粗末なデーターベースと思われます。少なくとも過去何回かの履歴がわかるデーターベースになっているのがコンピューターの常識です。少なくても、以上2点からの視点で解明に取り組んでいるとはとても思われない、事故調査経過です。
December 16, 2013
コメント(2)
前回の日記から10日も経過しようとしています。どうしてもしなければならない、重要なことが山積している訳ではありません。さりとて、寝て暮らしている訳でもありません。本人の気持ちは多忙です。12月4日はペースメーカを入れてから初めての外来診察に行ってきました。医師との間で、「変わりありません」との会話でした。12月10日 つまり昨日は股関節の手術から初めての外来診察。順調ですねとの医師の言葉。走ったり、卓球などしても良いですかと尋ねると、年齢的に筋力が落ちていると思うので、3月間は控えて下さいとの事。新年1月19日がほぼ手術後3月になります。その診察結果まで我慢することになりました。やはり、医者は慎重です。毎木曜日には一般講座に通っています。そのレポートも書かなければなりません。明日は木曜日、前回のレポートを本日中に作成完了予定です。そろそろ、年賀状作成作業に入らなければ。訃報のお知らせが多い事に複雑な心境です。
December 11, 2013
コメント(1)
入院する、と妻に告げた時、妻は次のように言いました。「完全看護する病院でしょ。私は特に行きませよ。パジャマなども病院で借りれるはずです、それを利用してください。」冷たい妻の言葉に、ただ黙って、「そうだよ」と頷きました。ただ、「手術をした後は、経過を聞いてくれる家族が居てほしい」そうです。それと、入院保証人と、手術同意書が欲しいそうです。妻は入院同意書に署名、押印し、自分の姉に保証人を依頼しました。いざ入院当日妻が準備してくれたもの。洗面道具。下着類。バスタオル数枚。タオル数枚。それらを詰めた旅行鞄。この鞄の他に、ショルダーバックと紙袋を持って、JRに乗って妻と二人で病院に行きました。病院での様子。受け付けで入院手続きを完了。病棟から看護婦が向かいに来て、病室に案内される。担当看護師から、病院の設備案内、生活要領などが説明される。それが終わると、さっそくベットに横になりました。妻はテレビのカードを購入してくて、テレビを見れるようにしてくれました。売店を利用するためにNANAKOカードを用意してくれました。その他に、手術に必要なバスタオルはこれ、入浴用はこれ、布団や枕に使うのはこのバスタオルと分けて、判り易くしてくれました。そして、退屈しないようにミカン、飴、炭酸飲料を冷蔵庫に用意してくれました。9時から13時までいて、後は用事がある時だけ来ます。一月、じっくりと家の整理から自分のしたいことをする。と言って13時過ぎに帰りました。30日の入院の間、20日は病院に来てくれました。おやつ、飲料の補給。靴下、パンツ等の洗濯から、追加購入をして準備してくれました。時には雑誌を差し入れしてくれました。それと、自宅から新聞を持ってきてくれました。これで、ほぼ完全に毎日新聞を読めた事になります。妻は来るたびに、予定していたことがさっぱり進まない。毎日のように病院に来るから忙しい。夜、よく眠れない。などとボヤキ、口説いて帰ります。そんな話でも、病人にとっては適度な気晴らしです。手術日は手術開始の2時間前に病院に来て、予定は3時間の手術が6時間もかかったのに、その間、じっと待って居てくれました。麻酔から、目覚めるときに、妻の声が聞こえるのが何よりも安心します。そして、最初に頼むのも妻に頼みます。「水を飲みたい」そして、冷たいと思った妻に感謝しつつ、無事退院できました。
December 2, 2013
コメント(2)
全4件 (4件中 1-4件目)
1