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あの時、俺は仕事でロンドンいた。息の抜けない仕事が山積みで、毎日が真剣勝負。そう、いろんなものと俺は勝手に 敵を作っては戦っていた。そんなころ、ある弁護士事務所で見つけたパンフレットの彼の微笑みが、俺の胸をとらえた。(それを見た俺はある種の違和感さえ感じていたのだが。。。。。)ネルソンマンデラの微笑みは、あったかくて、愛情にあふれていた。「んーーーー、なんとも言えない味わい深い笑顔だなー。。。。」本物の笑顔がそこにあった。「いつから俺はこういう笑顔をわすれた?・・・」「んーーー、これが人の顔だよなー。」ひさしぶりに、懐かしい思いがした。パンパンにはりつめた俺の心にはなにか くすぐったいような・・・・素直に心に染み入ってこないような・・・でもなんだろうこの感じ。。。。。。。彼は28年間も牢獄にいた。黒人に対するひどい差別社会をなくそうと、立ち上がったからだ。終身刑を受けていた彼はその後、釈放。ノーベル平和賞を受け、南アフリカの初の黒人大統領となった。彼は、世界で最もひどいと言われた南アの差別社会をくつがえしたのだ。彼は、誰よりも戦ってきたはずの人なのにほんとうの笑顔をわすれていなかった。もしかしたら、彼は憎しみの先に、何かを見つけたのかもしれない。戦いの心を越えて、何かを解き放ったような・・・そんな笑顔に心惹かれる。その後も俺は、相変わらず笑顔なんか到底出ない毎日をすごしたが、パンフレットから切り抜いた「マンデラさんの微笑み」は、部屋に飾ったり、定期入れの中にいれたり、いつもいっしょにいてもらうことにした。あれから、三年が過ぎた。俺の笑顔はまだ、ぎこちないかもしれない。うすっぺらかもしれない。。。。ただ、すっかり、ぼろぼろになってきた「マンデラさんの微笑み」は、自分にとって、ずいぶん自然なものになってきたように思う。いつの日か、ああいう顔になりたいと密かに思う。
2005/04/03
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忘れられない星空がある。モルディブのある島に向かったとき、船の上で見たあの星空。満天の星空を見上げているといつのまにか悠久の時間の流れの中に飛び込む。真っ暗な海とつながって境界線をなくした満天の星空が俺を包む。ボートのエンジン音しか聞こえないはずの船上に、音じゃない音色がやさしく包んでいた。
2005/03/29
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うれしさもさみしさも・・・・・・・・・・いろんな想いをみーんなつつみこむ地球は あ た た か い なー
2005/03/28
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「手首を固定して、動かしちゃだめですよー。」「ひじから体全体を使ってー!」まいったなー。。。。。。。何の意味があんの、これって????子供のころ書道を習っていたので少々の自信のある私だが、手首を使えないと どうにもこうにも上手く書けない。「お手本は、このりょうかんさんの字です♪」 と、この意味不明な「書」の講座の先生は言う。(ずいぶん昔に受けた子供の教育セミナーでのこと。)「天上大風」有名な禅僧・良寛さんの書だという。上の写真を見てもらえばわかかるように、うまいんだか、へたくそなんだか、「小学生の字?」って感じもします。ただ、なんとなく、見るものの心をとらえる味わいがある。こういう書をいわゆる「良寛芸術」というそうだ。まー普通、学校とかでは 絶対見本にはならない。「書」の世界には 習気と奴書とがあるとのこと。習気とは,書き癖がついて悪い意味で書き慣れてしまうことであり,書く行為がワンパターン化して感動が薄れてしまっていることを指すらしい。もう一つの悪弊である奴書とは、奴隷の書,つまり物まね人まねの書ということらしい。ある特定の古典や先生の書風そっくりで,確かにうまい。うまいことはうまいのだけれど,書いた本人の独自性がなく要するに人まねの書にしか過ぎないものを指すらしい。んー、、、、「書」の話ではあるが「俺の人生のこと?」って感じで、なんか耳が痛い。ようは、いつもの自分の形にこだわらずに、体で表現してみろってことらしい。手首を固定して書くんだから おのずとそうするしかない。最初は思うように書けないことがもどかしく、「何の意味があんの、これって?」って、イライラ・・・・。「上手いとこみせてやろう」って思ってたのに、、、、、とうとう挫折しちゃいました。そしたら楽になった。何枚も書くうちに、「なんか楽しくなってきたぞー♪」笑。すごく自分の中にエネルギーが充満しているのを感じたし、開放感があった。こんなに書道って楽しかったっけ?初めて味わう感覚だった。書道は子供のころ長く習っていたので好きな事とおもっていたが少し違っていたことに気づいた。人より上手く書けるから、賞をいっぱいとれて人にほめられるから、好きだったのかもしれない・・・・もちろん、基本を学び、訓練を重ねる事は重要なこと。どっちの「書」がいいかということではないのだろう。この講座の先生は、こんなことを言っていたように記憶している。「いい悪い、上手い下手の「書」の時間ではありません。」「あなただけの表現をする時間です。」「そして、子供たちのこういう表現を見逃さず、認めてあげてください。」「観て感じる事をつたえてあげて、ほめてやってください♪」このいっぷう変わった「書」の時間は、忘れられないものとなった。
2005/03/27
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なぜか、その自然体に心惹かれるそんな人。良寛さんの「自然(じねん)」人柄がしのばれる あじわいにあふれています。。。。。
2005/03/26
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「ちちんぷいぷいのぷい」って、言い方古い?しかし、言葉にはどうやら不思議な力があるらしい。五日市 剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」という小冊子が、ひょんなことから自分の手元にまわってきた。裏表紙にはこの写真が載っていて、どことなく奇妙で、でも印象深い絵に興味がわいた。この絵は、五日市さんがイスラエルに旅をした時、不思議な縁で泊まることになったユダヤ人のおばあさんの家にかざってあったものらしい。このおばあさんに五日市さんは、魔法の言葉を教わる。「ありがとう。」「感謝します。」この二つの言葉を日常に使い続けた五日市さんに、どんどんツキがまわってきた。そんな体験談を身内に話したのが、回りまわって、小冊子となり、自分が読むところまで辿り着いたのだ。「そうなのかもなー」っては思うが実感のない俺には腹に落ちてこない。さえない俺がいる。何回か言っててみたが、ぐうたらな俺には習慣になりそうもない。だから、それなりの人生なのかもしれないな。笑。ただ、中学時代のとても大好きだった担任(当時中年女性)の先生を思い出した。キヨコ先生は毎朝、ホームルームの時間になると、「自分が感動したこと」を手振り身振りを加えて感動しながら話してくれた。20年以上前のことで、どんな話をしてくれたのか、ほとんど覚えていないが、当時の自分たちにとっては、とても小さなことだったり、どうでもいいことが、題材だったように思う。しかし、キヨコ先生には、意味や魅力があるらしく、俺にとって無機質で意味のないように感じているものでも、「鮮やかな彩り」があることを 生の感動をもって自分たちに伝えてくれた。とても感受性豊かな、文芸に優れた文化人だった。(もちろん今でもお元気で、教職を引退されて、芸術家として活躍されています。)あのころ(20年以上前)、「横浜銀蝿」が流行している、世は校内暴力・家庭内暴力全盛の時代だった。思春期の自分たちは、不平不満と悩みが絶えない。そんな時期、キヨコ先生の存在は、とても俺にとって大きかった。今にして思えば、毎日いろんな事件が起きて、大変なことばかりだったキヨコ先生は、カリカリ来ていたこともよくあった。それでも、毎朝、私達に向けた言葉は、不平不満や、お叱りのコトバではなかった。素敵なコトバであり、感動のコトバだった。どれほど、あのころの自分を支えてくれたか計り知れない。今でも、キヨコ先生のコトバは、自分の中の、血の中に流れているような気がする。本の中に出てくるユダヤ人のおばあちゃんは云う。「心の持ち方って大事よ。だけど、もっと大事なのはね、言葉の使い方なの。どんなことを口に出すかであなたの目の前の状況が変わってくるし、あなたの心も変わってくるの。本当よ。」キヨコ先生の「魔法のコトバ」は、俺たち教え子の人生にまで、深く根づいたようだ。「ありがとうキヨコ先生。感謝します。」
2005/03/21
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偶然?必然?南青山で、約三年ぶりに尊敬するミュージシャンの瀬戸さん夫妻にばったり会った。「今夜、遊びにおいで」と誘われ、瀬戸さん宅におじゃました。相変わらず瀬戸さんの家は、いい感じの空気に満たされていた。なんで、この家は雰囲気が特別なんだろうって、昔よく思った。壁の色、じゅうたんの色、カーテン、置物、観葉植物、家具等々、すべての家のものが調和した美しい音楽を奏でている。一つ一つが瀬戸さんの家族に愛されて大事にされているのが、とても嬉しいようだ。いつも、仲間がつどい、笑い声があふれ、夢を語り、ギターを弾きながら愛を語る。そんなありえないような素敵な家だ。そんな瀬戸ファミリーと会わなくなって三年が過ぎていた。俺は俺なりに一生懸命生きてきたつもりだったが、いつのまにか自分を信じることを忘れ、過去にとらわれて生きていた。自分のことしか考えてない、でも、どうにもならない自分を閉ざされた心の殻で固く閉ざし、だましだまし生きていた。瀬戸夫妻は、そんな俺を暖かく迎えてくれた。そのままの俺を全部認めてくれて、尊敬してくれていて、大好きでいてくれて、喜んでくれた。なぜか、必要とされているようにさえ感じた。そんなかけねなしの愛情に包まれた瞬間、もう涙があふれてどうにもならなくなった。ほんとうに久しぶりに子供のように泣いた。二人からたくさんの想いと言葉をもらった。「剛は、一度も失敗なんかしていないよ。」最初、意味がわからなかった。あったかくて太い透き通った声で瀬戸さんは続ける。「エジソンは自分の発明が、成功するまでの何千回の何万回の失敗を繰り返したって有名だよね。でもエジソンは、一回も失敗をしてないんだよ。ただ、思い描いた発明が、現実化するまで、何万回もやり続けただけ。」「ね。わかるだろ? 剛は失敗なんかしてないんだよ。通るべき道を必要で通っただけなんだから。他人には計り知れない波乱万丈の人生を思い切り生きてきた瀬戸さん夫妻のこの言葉は、固く閉ざされた自分の殻の中にも、なぜかすんなり入ってきて、固まってしまった殻にひびが入った気がした。素敵な生き方と、魂からの言葉と、愛情は、どうやら地中深くまでも光を届けるようだ。「天国も地獄は同じところにある」って聞いたことがあるが、そうかもしれない。瀬戸さんも、昨日の俺も、今日の俺も、そして未来の俺も同じ世界に生きているのだから。天国に気づく入り口は、まわりにいる自分を愛していてくれている人たちらしい。そんなふりむきもしなかった自分を想ってくれる人を思い浮かべてみる。彼らの声(想い)をそっと、そおっと、聞いてみようと思う。
2005/03/13
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・・・正直、小心者で八方美人の私は、ビビッていました。「昨日の日記は、ちょっとリアルでヘビーすぎるのでは?」「こりゃ、せっかく読んでくれた人 みんな引くぞー(冷や汗)。」そして一日が過ぎ、開けてびっくりです。なんと、沢山のうれしいコメントが入っているではありませんか♪ほんとにびっくりしました。っていうか、皆さんのコメントを読ませていただいて感動しました。「今日の日記の本文」は、この文章の後から始まります。昨日の私の日記「人生で二度、涙が止まらなかった時」の「皆さんのコメント」が本文ですので、そちらをぜひご堪能ください!!皆さんのリアルな人生を感じさせて頂きました。すごい、皆さん、力強い。子供への愛や、信じるものがある強さなのでしょうか?すごい、パワーをもらいました。ありがとうございます。追伸。ただ、ここで少し、自分について一言。私はそんなにいい人ではありませんので、あしからず。きれいごとを並べて、人に好かれたがってる割には、自分のことしか基本的に考えていません。はっきりいって、俗的なものが大好きで強欲。わがままです。できるだけ、自分をよく見せようとする「せこい自分」を出さないようにと、この日記のテーマを「等身大の自分をありのままに書く」に、決めたのですが、やはり読んでくれる人を意識して、いやな自分は、なかなか書けません。そんな私の「かっこつけ」も、今の等身大の自分と言うことでお許し下い。(ごまかし笑い)(ただ、親や仲間に見られても遜色のない正直な日記にはしていきたいです。)さらに追伸(しつこい?)私は天使でもなく、愛深い人間とは、とうてい言えません!が、こうは思っています。(堅い話の嫌いな人は三行とばしてお読みください。)世界でもっとも有名な心理学者のフロイトやユングが言ったそうなのですが人には顕在意識と潜在意識(洗剤?あっ、オヤジギャク。歳がばれる)とさらに奥に「集合意識」があるそうです。ようは、「人の心の奥深くは、すべてのものの奥深い心とつながっている」と、有名な博士が言ってるらしいのです。これは、すごく嬉しいことなので、勉強のできなかった自分は、素直に博士の話を信じます。何が言いたいのかと、申しますと★素敵な人や成功者を見て、嫉妬ばんばん!!★嫌な自分を見て、自己嫌悪とひねくれと、弁解の為の のうがきたらたら。。。★過去の自分に後悔みれんのたれたれ<<<<<が、実は「いらない!」と言うことになるからです。だって、皆が自分で、大好きなペットや気や水や花たちも、みんな自分。つながっている!ということだからです。頭でしか理解してなくて、とうてい腹身にしみては来ないのですが、弱い自分には都合のいい「博士の研究成果」なので、時々、思い出すようにはしています。以上です。それでは、本文のほうへ お進みくださいませ。ありがとうございました。(写真について)WEB上から、勝手にコピー(笑)をして、お借りした写真なのですが、「天使とのつながり」という題だそうです。ほんと、そのまんまですね。大好きな写真です。
2005/03/12
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(注。申し訳ございませんが、その1 からお読みください。)もう一回の経験は、感動しすぎて涙が止まらなかった時です。この人生で「最も感動した時のこと」を話すのには、田舎の大親友の「人生で最も辛い話」を少なからずしなければなりません。親友はこの話に触れてほしくないでしょう。だから、どうしても先に自分の体験を話す必要があったんです。それが「(その1)」でした。この体験もここ数年間、はずかしながら、心の奥深くにしまったまま、忘れていました。「芽ばえ」の時期だからでしょうか、スーっと引き出しが開いたような気がします。今から、十年近く前、田舎の大親友が不慮の事故でまだ小さかった子供を亡くしました。詳しくは話しませんが、想像を絶する悲しみに親友は二年近く心に穴を開けたままでした。どんな慰めの立派な言葉も、真理も深い悲しみの前には無意味でした。俺は、ただただ、近くにいてやるしかできませんでした・・・・・。ただあまり言葉にはしませんでしたが、二年間ずっと俺の心の中であることをうったえ続けていました。「○○ちゃん(親友に名)、これには何か深い意味があるはずだよ。あの子は何かを伝えるために来たんじゃないのかなー。。その役割を終えて安心して帰っていこうとしてるんじゃないのかなー。。。」と。 何か、心の奥で「うん」とうなずけるものが、きっとあるはずって・・・・・・。それから二年後、親友の奥さんのお腹に「新しい命」が宿るという奇跡が起きました。どうして奇跡なのかというと、(これもものすごくプライベートな話になるのですが、これは美談なので、「親友よゆるしてくれ」。)実は奥さんは結婚前に「子供の産めない体なのだ」と親友に打ち明けていました。跡継ぎのほしかった親友は、それでもかまわず愛を貫き通し、結婚しました。その二人の強い愛が奇跡を起こし、子供を生みました。しかし、その子が天国に旅立ち、辛い辛い二年近い日々の末に、産めない体だったはずの親友夫婦に、なんとまた奇跡が起きたのです!この知らせを自分は遠く離れた職場の公衆電話で聞きました。感動で感動で人目もはばからず、大声で泣いてしまいました。だって、ずっと親友が苦しんでいるのをそばでみていたから・・・。そして目に見えない力をありありと肌で感じた瞬間だったから・・・。親友には言ったことはないと思いますが、俺なりにこう思っています。「愛は奇跡を何度でもおこせることを、教えるために、あの子が生まれ(天使が降りて来て)、親友夫婦に教え伝え終わったので、天に帰って行ったのだ。」と。きっとうちの子もそうですね♪ね?皆さんもそう思うでしょ♪
2005/03/11
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日記を書いてる途中、 ミスでUPしてしまいました。せっかく書き込みをいただいたので、削除せず、残します。
2005/03/11
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そのうち一回の経験は、約八年前、自分の子供を死産で亡くしたときです。不思議なことに妻との間では、このことは悲しいことではなく、「何か意味のあること」として、おごそかな気持ちで受けとめるしかないような、とても言葉にはしえない体験を二人はしました。そんなの屁理屈だといわれるかもしれませんが、すくなくとも当事者の二人の、心の奥深くが、なぜやら納得していました。とても不思議で、変に思うかもしれませんが、そう二人は心の奥で「うん」とうなずいたのです。もちろん、感情は違う反応を起こしていました。実際、目の前で立ち合っていたので、ショックでひざが砕けて立ってられなくなりましたから。(あれって、TVの世界だけのオーバーリアクションだとおもっていましたが・・笑。)しかし、静かにあるがままを受けとめている妻を見たとき、悲しんでいる場合じゃありませんでした。その時の封印した感情が、その後何週間か経ったある日、大好きな瀬戸さん(「水の詩」のシンガーソングライター。「水の結晶」の話で出てきた人です。)が、大きな包み込むような愛情で、自分を抱きしめてくれたとき、なぜか人前にもかかわらず、子供のようになきじゃくってとまらなかった。でも、この話は悲しい話ではないんですよ。それで、つかえていた感情もありがたいことに昇華(開放)したようです。これが二度の涙が止まらない体験のうちの一回です。本題は、もう一回の経験のほうだったのですが・・・・・、
2005/03/10
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約二年近く、地下深く眠っていました。地表の明るさを忘れて固くなっていた地面に、誰かがひびを入れた。あったかい。おだやかな空気と、みずみずしい潤いが流れ入ってくる。自然に、ゆっくりと希望の芽を出せるようになってきました。少しずつ地表の明るさに慣れてきたら、彼らがずっと、自分に光と水をくれていたことに気づいた・・・・・・・。
2005/03/10
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透明度の高いパステルグリーンの砂浜。ここが北の海であることを忘れる。俺の大好きな場所があります。小さな港町の半島の先に、地元の人しか知らない小さな砂浜がある。美しい来たの海の三陸海岸のなかでも、異色の水の色。南の島の片隅のような気分になる不思議な場所。どうしてここだけが、海の色が違うんだろう。すごくお気に入りの場所なので遠くから来た友達を必ず連れて行くんだが、みんな大好きになって帰る。水の色だけでなく、なぜか人の心に印象深く残る不思議な小さな小さな砂浜。どこの砂浜とも違うこの不思議な空気はきっと、この神社のせい?砂浜の目の前に参道があり、とってもいい気につつまれながら階段を登ると小さなお社がある。本当に小さな神社だし、何のへんてつもなく、豪華でもないのに、ぬくもりと威厳をたたえている。きっと、漁に出ている旦那の安全と大漁を祈願した、この港町の漁民の祈りの蓄積がこの雰囲気をつくっているのだろう。「ありがとうございます。」そう祈って、戻ろうと参道のほうを振り返ると、そこには三陸海岸の、雄雄しき姿が眼前にある。「あー、こうして毎日海を見つめて、漁民をみつめて、守ってくれてるんだー。」「その曇りない貴方のまなざしが、目の前の水の色に映っているんですね。」もちろん、返事は聞こえてこない。そう感じるだけ。
2005/03/10
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いろんな本には立派なことが書いてあるけど、肌で教えてもらっていることにある時気づいた。それは、「おばあちゃんの卒寿の祝いに電報を送ってくれ」と、親父に言われ、おばあちゃんとの思い出にふけっているときだった。「おばあちゃんへの手紙」おばあちゃん,この度は卒寿おめでとうございます。私の子供の頃,よく友達に「おめえんとこのおばあちゃんって、きれいだよなー。なんか他とちがうよなー。」って、よく言われたものです。子供達でもおばあちゃんの品性と知性をなんとなく感じたんでしょうね。俺は「そうだべ、そうだべ。」って鼻たかだかで、子供の頃からずっと自慢のおばあちゃんでした。よく、おばあちゃんの昔の話、好きで聞いてたけど、一度だけ、満州から引き上げてくる時のことを詳しく、質問しながら聞いた事があったのを憶えてますか?満州から日本への経路はまるで昨日の事のように生々しく話してくれましたが、道中、周りの人達が子供を置いて逃げる中、おばあちゃんだけがどうやって子供達をつれて逃げてきたのか,そのさなか、おばあちゃんは何を見て、どんな体験したのか、この部分についてだけは、おばあちゃんが黙ってしまったのを忘れられません。言葉には出せない、思い出したくも無い地獄をなめてきたんでしょうね。想像を絶する極限状態の中、子供への愛をおばあちゃんだけは手放さなかった。それを思うと,すごく感動してしまいます。日本に戻っても、何も無く、本家の馬屋からのスタート。慣れない商売と六人もの子育てで、日々くたくただったことでしょう。悔しい思いや嫌な事、辛い事ばっかりだったでしょうね。きっと、父さんたちの成長が唯一のはげみだったんだろうね。でも、月日は流れて、(天国のおじいちゃんと)おばあちゃんのおかげで十四人の孫と八人の曾孫が生まれ,十二もの新しい家庭が生まれ、それぞれの人生が営まれている。まだまだ増えるよ。本当にすごいことだね。人生の意味、実りってこういうことなんだなーと初めて考えさせられました。おばあちゃんの歩んできた道を想うと、自分の悩みや壁が、いかに小さいことか、よくわかります。また、おばあちゃんの歩んだ歴史を忘れちゃいけないと強く思うし、子供達にも伝えていこうと思います。人間の誇りと愛と強い信念を伝える為に。おばあちゃんはよく「じゅうぶん長生きしたからもういい。」って、いうけど、そう言いながらも、おじいちゃんの分も長く私達をこの世で見守ってくれて、ありがとう!すごくうれしいです。世界で一番尊敬するおばあちゃんが一日も長く元気でいてくれるのは、私たちの何よりのはげみです。これからもずっとお元気で。平成十六年九月二十五日父、○○の子供と孫を代表して、 ○○
2005/03/09
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こんなことって、信じる?ある音楽を聞かせた水の波形がこれ!俺の大好きな瀬戸龍介さんの出してる最新CDなんだけど、すごい心の癒される名曲が続く。人生の彩りってもんをかんじるんだよなー。瀬戸さんの歌は♪仕事に追われてだんだん自分らしさを失っていく自分の人生は、すっかりモノクロになってしまっていた。最近、久々にあった瀬戸夫婦は、相変わらず、光の中にいた。すごーく、ひさしぶりに自分の一切を許して包み込んでくれる愛情にふれて、涙が止まらなかった。なんか、少し固まってしまった殻にひびが入った気がした。
2005/03/09
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自分のことばっかしか普段かんがえてない、自己中の俺だが、笹だんごの甘さは心にしみる。なんのことかさっぱりわかんないよねー。今夜は田舎のお袋が東京に出てきていて、妹と三人で食事したのじゃー。新潟が実家のお袋がくれた笹だんごは、子供のころからの大好物。親は俺がいくつになっても、心配してる。気にしてる。無条件に。。。。。。。。。。。。。親ってすげーなー、やっぱり。俺なんか自分のことばっかだもんなー。でも、これからは少しずつ、だんごを配れるひとになってみよう。だんごを配って、桃太郎になって、鬼を退治にいくんだー!って、なんのこっちゃ。
2005/03/08
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この言葉を最近耳にしたとき、「あー、ほんとにそうだなー。」って思った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・また今度♪
2005/03/06
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大統領をしりぞいた彼は、子供たちの未来のために 多くの行動をしている。そういう顔をしている。。。。
2005/03/05
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俺たちはよく飲み会のあと真っ暗な海を見に行って缶コーヒーを飲みながら星空をながめた。
2005/03/03
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「魔法のコトバ」をお読みくださった方より、この本を読んでみたいとの書き込みを頂きましたので、参考までに。自分が頂いた本の後ろに書いてあった情報をそのままお伝えします。〒921-8056石川県金沢市押野1丁目203株式会社 いやしの村TEL 076-241-1311FAX 076-241-1811URL http://iyashinomura.jpE-mail info@iyashinomura.jpとってもあったかい本でおすすめです♪
2005/03/02
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ご要望が何件かありましたので。岩手県、山田町の船越半島、荒神海水浴場です。俺たちは「あらがみ様」と子供のころから呼んでいました。ぜひ、機会がありましたら、お立ち寄りください♪
2005/03/01
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