ゆりママのヒミツ

ゆりママのヒミツ

治療の経過【1】



I市民病院の産婦人科部長のT医師を紹介してもらい、私の生活は大きく変化した。生理の5日目に診察する。どこの総合病院でも同じと思うが、2時間は待たなければならない。通院に要する時間を含めると1日仕事になる。

長い待ち時間の間、産科受診の妊産婦と待合いで同席するのはつらいものがある。はじめの頃はそれでもいつか私もあの人たちの仲間入りをするぞ、と励みに思ったが、治療が長くなってくると余計な会話にも敏感になる。ある時、4人目の子供がまた女の子だった、と不満げに隣の人にのたまう男の人の声が聞こえた。何を言ってんの。生まれてきた子供が聞いたらどない思う?4人も子供が持てて幸せやんか。涙が出そうになった。

私の診察は問診のあと、内診、そしてホルモン注射(HMG)である。
この注射は筋肉注射でかなり痛い。接種後その部位が硬くなって腫れる事が多い。
その日を初日として何日も打つのでかなりつらい。

翌日より5日位連日で注射のみで通院する。この間は予約を取ってくれるので指定の時間に行けば待たされることはない。(はずだが、その日の混み具合によって待たされることもたびたびあった。)治療が数ヶ月に及ぶようになると看護婦さんたちと仲良くなり、ずいぶん励ましてもらった。

注射による治療は痛いばかりでなく腹痛を伴うこともあった。卵巣を刺激する薬だからその効果が現れているのだが、あまりに強い痛みは卵巣膿種という卵巣の異常な腫れによるものなので、すぐ医師の診察が不可欠だ。何度かきつい腹痛のため緊急に外来へいったら、すぐ診察室へ通された。この治療は危険と紙一重なんだとそのときそう思った。

その注射を5日位(その月によって違う)してから、内診、エコー(超音波断層影像)を撮る。卵巣内でいくつかの卵が大きくなっているのがその画像からわかる。「あなた達のどれかがその袋(卵巣)を飛び出して子宮まで来てくれたら赤ちゃんになれるんだよ。(注意:このあと受精した受精卵が子宮に着床してはじめて妊娠です)」「出ておいでよー。」と心の中でつぶやく。

 私の卵巣はそれを包む膜が硬くなっていて、この卵達は飛び出して来れないらしい。腹部に小さな穴をあけて腹くう鏡を使い、この膜に傷をつける治療もあるそうだが、T医師はこの治療を勧めなかった。(当時技術的に安定したデータが少なかったため)

 そして大きくなった卵に排卵を促すホルモン剤(HCG)を3日位(その月によって違う)注射する。その後数日で排卵されるので、性交渉をもち結果を待つ。

 毎日続けている基礎体温は、妊娠すると高温期が続く。従って毎朝祈るような気持ちで口中で計った体温計の目盛りを見る。低めだともう一度計ったり何十分も計ったり、とにかく低温でない様にしむける。

 しかし来るべきものがくる。『生理』である。落胆と絶望。私はその日気持ちが荒れた。夫に愚痴を言ったり、泣いたり、わめいたり、落ち込んで何も言わなかったり、子供のない生活を決心しようかと悩んだり。その度に夫は私をなだめ、励まし、愚痴を聞き、結局は結論が出ないのに子供をあきらめるか否かの話し合いをしなければならなかった。

 しかし翌日になると「またトライすればいい。来月だって再来月だってチャンスはある。」と私は思い直すのである。「あーあ。心配して損した。もう次は相手にならんからな。」と夫は言うが、結局また翌月も同じことを繰り返すのである。


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