生い立ちと小学校時代


母の場合姉が嫁ぎ先で亡くなりそのあとへ嫁いだので、あと2人くらいいたのかな?父は戦争からひきあげ、田舎で年にみあう結婚相手がいなかったのでいとこ同士で一緒になったそうです。
二人とも気に入った相手でもなく、親のいうとうり一緒になったわけで、2人が
ひかれあうのも時間の問題だったようです。
そして手に手をとってかけおちです。お互い子供はおいていこうね。という
約束だったようですが、しばらくして、父はたえきれず、3人の娘のうち下の2人
をつれてきたんだそうです。
それからしばらくして私がうまれたのです。
あまり望まれて生まれたわけではないようです。
その後は父の悪い遊びぐせがでて、毎日仕事に行くといってはパチンコへでかけ、
母は生活のため必死で働く。生まれてすぐからいつもあずけられていた私。
おかげで、2度ほどちょっとした事故で死にかけたことがありました。
生命力かなり強いようです。3日意識がないこともあったので・・・
いつもいつも貧乏で、学校へ行くようになってからも、生活保護を受けていた私の
学用品などは学校から何ヶ月かに一度頂く。
かわいいキャラクターなどはなく、なによりはずかしかったのは、友達がみんな
めずらしそうに「どうして?」とひつこく聞いてくる。
そんな日々の中で、母の思いはさらに重く、自分がやった(かけおち)事のしうち
父の身内からの攻撃。に日々たえるため、いつも「おまえがいるから」「おまえだけだよ」そのうえ仕事の愚痴、親戚の悪口、お金の事、ずーっときかされ続けてきたのです。今思うとあんな小さい心でどうやって乗り越えていたんだろう。と
我が事ながら同情。。。そんな母ですから、仕事も続かず人と合わないというだけ
でころころ変わる。その頃は社宅ぐらいしか、すめなくて、結局母が仕事を変わる
たび、引越し、そして転校。小学校だけで4.5回はかわっているでしょう。
つらかったのは、同じ学校にまた舞い戻った時かなり恥ずかしかった。
それでもなんとか、無事卒業することができました。
続きはおいおいと。。。




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