ハウルの動く城


マコトat福岡の「ハウルの動く城」 感想批評

「ハウル」の起承転結
「ハウルの動く城」の起承転結はソフィーの空中を歩くシーンに重なると、私は思う。

起・最初のソフィーが不良軍人にからまれた後、ハウルが助けてエスコートし、二人で空を歩く。

承・ハウルとマダムサリマンとの戦いで、マダムサリマンから逃げる時に二人で空を飛び、その後ソフィーは一人で城に帰る。

転・若い頃のハウルとカルシファーとの契約のシーンを見たソフィーが、地面が割れ異空間に飛ばされた時、
「待ってて…」とハウルに伝える。
ヒヒの後をついて行き、
「歩くよ」
とハウル無しで一人で空中を歩いたシーン。
待ってて…とハウルに言って、そのハウルに会いに行く。
実はこのシーンがこの映画のクライマックスだと私は思っている。

結・エンデングで
ハウルの飛ぶ城
で二人で飛んで行く。

主題歌「世界の約束」 で
ハウルは初めからソフィーを知っていた。
思い出のうちにあなたはいない。
あなたはソフィーのことで
ハウルはソフィーとの出会いを、待っていた。

物語りは破綻してないし、しっかりと筋が通っていると、私は感じた。

もっとも映画を見終った直後、
初めからハウルがソフィーを知ったのかかなり不安だった。
ファンタジーの時間移動ネタは正直戸惑うのです。(慣れてない)

私に情熱があれば、もう一度見るのだが、二度見るのは正直疲れる。
少し気になるのは、隣の国の王子の案山子です。

荒野の魔女の呪は、人間の心の状態をを外見に表すのでしょうか?
ソフィーは未来を諦めた老いた心のため、90才の老女になった。
隣の国の王寺は、王子という立場でありながら、戦争状態になっても何もしない案山子の状態。

この案山子がソフィーとハウルと会わせました。
単なる偶然なのでしょうか?
この案山子がいつからソフィーに好きになったか思いながら見ると、また面白いかも。

もう一度見たいような気もするが、やはり無理。

一応、「ハウル」の感想をまとめてみました。


「ハウルの動く城」を見ました。
宮崎駿の想像力を十分に堪能でしました。
面白かった~。

物語の前半は状況説明で盛り上がらなくて、心配してましたが、
階段を上るシーンからラストまでは一気呵成に見れて、満足しました。

宮崎駿はラブシーンを堂々を描きたいためにこの映画を作ったと思う。
キスシーンがとてもキレイでした。

ソフィーが呪を解けたのは、
ソフィーが過去に行った時、ソフィーが「待ってて…」とハウルと約束したことを、
知り(?)、出会って約束を果たしたことを自覚して(ハウルが待っていたことを知り)、魔法が解けたということでいいのかな?

過去の扉からソフィーが戻って来た時、鳥獣人ハウルが目の前にいましたから。

ということはハウルはソフィーのことを初めからから知っていたが(不良軍人にからまれる時には当然知っていた)、ソフィーは知らなかったということか?
(ここが最大の物語のキーポイントだが、魔法ものって弱いのよ私。ハリーポッターでも時間移動(?)できるし~。そんなのあり~)

「ハウルの動く城」が恋愛映画になりえたのは、
ハウルがソフィーのことを初めから知っていて、
ソフィーの「待ってて…」という言葉を信じて、
ハウルが未来で待っていたというのが最大要素だとおもうのですが。(ここが最大のポイントだが、よ~わからん)

最大の見せ場は、ソフィーの空中を歩くシーンだろう。
ソフィーが空中を歩くシーンは3回だったと思う。(少し自信が無い)
1度目は最初のソフィーが不良軍人にからまれた後、ハウルが助けて、空を歩く。
2度目はハウルとマダムサリマンとの戦いの時。
3度目は、若い頃のハウルとカルシファーとの契約のシーンを見たソフィーが、地面が割れ異空間に飛ばされた時、犬のヒンの後をついて行き、
「歩くよ」
とハウル無しで一人で歩いたシーン。
待ってて…とハウルに言って、そのハウルに会いに行く。
実はこのシーンがこの映画のクライマックスだと私は思っている。

しかし、ソフィーが90才にならないと、若い頃のハウルに出会えないというファンタジー設定についていけない私。

ハウルが戦っていた理由は、
敵が自分の好きな花畑(ソフィーのための花畑)を荒らすからで良いのでしょうか?


気に入ったシーン。

最初のソフィーが帽子を作るシーンは、
以前の情熱大陸で放送された久石譲の姿にかぶって見えた。
久石譲のマンションでも電車の音が聞こえてましたね~。(偶然でしょうが…)

掃除のシーン。
これも「千と千尋の神隠し」の生きる力でしょうか?

階段は笑えました。

ハウルとマダムサリマンとの戦い。
流れ星のかごめかごめのシーン。
小さな流れ星はデズニーのファンタジアの氷上の妖精(?)を思い出しました。

ハウルがクラバートになりました。
何と露骨な。

飛行戦艦から出るシルクハット妖魔(劇場版エウ゛ァ?)との戦い。
圧巻です。描写が細かいよ~。

過去のハウルとカルシファーとの契約のシーン。
流星のシーンが宮澤賢治「銀河鉄道の夜」のような。
宮崎駿はこのシーンを実は描きたかったのではなかろうか?

ハウルの城が壊れる、崩れるシーン。
宮崎駿パワーが全開してました。

ハウル鳥獣人(?)の羽が飛んでいき、人間に戻るシーン。
そして「心は重いのよ」には感動しました。
巨大な鳥獣人(?)よりも人間の心のほうが重い。


後は私の勝手な思いつきで書きます。
宮崎駿は以前にもラブストーリー作品を作ろうと試みたことがあったのでは?
それが、絵本の「もののけ姫」である。
「宮崎駿イメージボード集 講談社」にも収められている。

進歩の無いことを嫌う宮崎駿は、
絵本の「もののけ姫」と同じことを映画ではやりたくなかった。
しかし、絵本以上のものが頭に浮かんでこない。
よって、別の「もののけ姫」にしようと、
アジタカとサンを作り出し、絵本と別の映画を作った。
以上のことは、全て私の妄想である。

「ハウル」では、若い男女が愛し合うのは当たり前なので、別の視点が欲しかった。
それでソフィーを90才にした。
大きな時間の流れを組み入れたかった。
人間の存在に時間の流れをを意図的に、もたせようとしたかったのではなかろうか?

ハウルが初めからソフィーのことを知っていたことを考えながら見ると、また面白くなるかも?
最初、ハウルとソフィーが会ったのは偶然ではなかったとか、
90才のソフィーもハウルには若い姿のまま見えていたとか。
(実際はどうなのでしょうか?この解釈は?よーわからん)

このようなサイトもありました。
ハウルの動く城 FAQ集


私は宮崎駿を10年以上前に卒業しましたので、もっと深くこの作品を感じた人は多いでしょう。
今は実写版セーラームーンに夢中の私。
もうすぐSpecial Actが見れるのよ~。
嬉し~。
2004.11.25 19:11 


主題歌「世界の約束」とは、誰の約束

私にしては、とても珍しく、某掲示版に書き込みました。
その一文ですが

この作品のキーポイントが
ソフィーの「待ってて…」
と私が解釈しているのは
主題歌「世界の約束」からも判断しているのです。
主題歌「世界の約束」

この歌はハウルからソフィーへの想いを書いたものではないでしょうか?
あなたはソフィーのことで、
思い出のうちにあなたはいない。
ハウルはソフィーとの出会いを、待っていたのではないでしょうか?
ハウルが初めからソフィーのことを知らなければ、
私の中では、この映画はドラマとして成り立たない。


いや~、今日の「仮面ライダーブレイド」は盛り上がってますな~。


ソフィーの帽子と『ハウル』の観客のターゲットは? 2004年12月24日
ソフィーには自分自身にかけた呪があったと私は思う。

それはソフィーのかぶっていた帽子に象徴されているのではないか?
父から受け継いだ将来を縛られられた帽子屋。
魔女の呪で90才になっても無意識にかぶっている帽子。その姿は固い。

ハウルがソフィーの寝顔を覗き込んだ時には、元の姿に戻っている。
この時には、ソフィーにかけられた呪はほとんど解かれていた。
ソフィー自身が自分に呪をかけて90才に戻っていた。

その帽子を脱ぐのは、マダム・サリマンとの戦いの時、
ハウルを案じるソフィー。
サリマンの攻撃で、サリマンの杖(?)がソフィーの帽子を椅子に突き刺している。
ソフィーがハウルを守ったのか、私には分からないが、
この戦い以後、ソフィーのかけられた呪は弱まったのではないか?

クライマックスで編んだ髪を切り(この髪型も呪をかけられた後も同じ)、
その髪をカルシファーに授けた時、ソフィーは自身の呪を解き放ったのではなかろうか?

ラストの空飛ぶハウルの城のソフィーのかぶる帽子は風になびき、涼やかである。


そもそもソフィーのモデルは誰なのだろうか?

宮崎駿の側で働く多くの女性スタッフ達だと、私は思っている。

『ハウルの動く城』は宮崎駿が自身の周りで働いている女性スタッフへ送るプレゼントだと、私は感じてました。

帽子を作るフィー。
深々と帽子をかぶるソフィー。

生まれながらの美女ではなく、仕事をしているが、心を閉ざし、自分の未来を決めつけている女性。

そのような女性に対して、
自分の心にある束縛を解き放てば、前向きに生きていけるのではないか。(ハウルのような美男子と結婚出来るかは別にして)

この映画は仕事をしながら、将来を諦めている女性を勇気づける物語だと、私は思いました。
だからラストはハッピーエンドでなけれなならない。


映画を見た後の、男性と女性の満足度はかなり違うのではなかろうか?
男の私としては、男性は女性を大事にしなけれないけないと感じる映画でした。

こんなに長文になるとは思わなかった。
結局『ハウル』は1度しか見てない。
今日NHK BSで放送した『長靴をはいた猫』のラストのみ久しぶりに見た。
あの追っかけは最高である。
やはり宮崎駿は面白い。

メリークリスマス



「ハウル」の妄想が加速する
某掲示版 に書き込んだので、ここにも載せておきます。

こんなにレスがあってビックリです。(セーラームーン、ブレイドで感動して、この掲示板を忘れてました。申し訳ない)

ソフィーの「待ってて…」というセリフは、
若いハウルがカルシファーと契約した時、
その様子を見たソフィーが異次元に落とされる瞬間に言ったセリフだったと思います。(私の記憶も曖昧であるが)

これ以下のことは、私の妄想が爆発して、何の根拠もないことを書いてしまったと、反省している文章です。
消そうと思ったのですが、普段私はこんなどうでもいい事ことを考えているということも、紹介出来ると思い載せておきます。


そして少し疑問が出てきました。
ハウルとカルシファーとの契約の時は、第三者はその様子を見ることは出来るのでしょうか?
魔法の契約というのは、他人には見せないようにするのではないでしょうか?
(魔法ものに弱い私ですが、そんな気がします)

その見ることが出来ない契約をソフィーは見ることが出来た。
このことにハウルがカルシファーは驚き、ソフィーのことを当然憶えていた。

なぜソフィーがハウルがカルシファーと契約を見ることができたのか?
それはハウルが与えた指輪の力があったからではないでしょうか?
指輪の力により、ソフィーは過去に行くことが出来、契約を見ることが出来た。
しかし、指輪の力を使うことにより、力が衰えていき、だんだん指輪が欠けて、なくなっていきます。
それを見た犬のヒンが、指輪が欠けて消えてしまうと、
指輪の力がなくなり、ソフィーが異次元の空間に飛ばされると察知し、
慌ててソフィーの元に駆け寄って、一緒に異次元に落ちていったのではないでしょうか?

ということで、ハウルとカルシファーと契約を見るためには、
ハウルの力(指輪)が無いと見れないので、(他人が見ると、異次元に落とされる)
当然、ハウルはソフィーの事を知っていた、
というのが私の「ハウルの動く城」の見解です。

ここが難しい所で、
他人がハウルとカルシファーの契約を見ることは出来る。
ソフィーは過去から来たので、指輪の力が無くなり、異次元に飛ばされたということも考えられます。

正直、この設定がよく分からないのが本当の所です。
原作では指輪の扱いはどうなっているのでしょうか?


書き終った後、
根拠に乏しいことを書いてしまったと、反省しました。
だから、私に魔法の話はわからないって。

恋愛といったら、今昼間放送している、「温泉へ行こう」シリーズや「セーラームーン Special Act.」も喧嘩して、仲直りという話を連想します。

「ハウル」の恋愛は、見ている方がじっくりと考えてしまう恋愛なのでしょう。
多分。


未来少年コナン 全力疾走です

「ハウルの動く城」がもうすぐ公開される。

宮崎駿も有名になったのもだな~、といつも思う。
私の知ってた宮崎駿は、世間では誰も見向きもされない無名のアニメ監督だった。

未来少年コナン
ルパン三世 カリオストロの城
私が好きな宮崎駿作品といえばいまだに、この2作品である。

ナウシカ、ラピュタ、トトロとそれなりに面白かったが、
コナン、ルパンにはおよばない。

魔女の宅急便、もののけ姫など、
私の好きな宮崎駿ではない。

私は宮崎駿のどこが好きだったのだろうか?
今日のNHK教育のコナンの放送を見て、あらためて確信を持ったことは、
登場人物の走る姿、
登場人物の目線で進む物語り、

コナンといえば、
1話のラスト、去って行く飛行艇に飛び乗るコナン。
8話のラスト、広大な砂漠の中、先へ進んで行くコナンとラナのあまりに小さい姿。
24話のラスト、巨大なギガントの翼の上を駆け抜ける小さなコナン。
コナンと同じように、先が分からない物語。
これが私の心をつかんだのだろう。


今の宮崎駿には当然、昔とは違う。
それはそれで良いと思う。

私は本当に良い巡りあいをしたと思う。
私の好きな宮崎駿は、いまだに無名のままである。

とはいうものの「ハウルの動く城」の前売り券を買いました。
楽しみにしてます。
November 18, 2004


人間と自然の図式

「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」
これらの作品は、
人間が豊かになるには、自然の犠牲が払われている、というのが作品背景にある。

鉄を製造するには山の木を削らなけばならない。
住宅街を作るには川を埋めなければならない。(住宅街だっけ?)

山の神
川の神
人間が神様と出会った作品である。

目に見えるものが全てメッセージである。

このような作品を否定はしない。
ならば私の好きな未来少年コナンは何者だろうか?

コナン自身が神ということか?
私はコナン=神または超人として見ていたから面白かったのか?

それは違うだろう。
人間と神という図式が、私はどうしても馴染めないのだ。
コナンは未来少年でいいのだ。

「ハウルの動く城」ではどのような世界を見せてくれるのか楽しみである。
多分12月になったら見に行くだろう。
November 19, 2004 



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