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2021.06.06
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人生の、

少しだけ先ゆく先輩のお話は、

心に沁みいります。

わたしが まだ知らないことを 

ひと足さきに、ご経験されているからです。











どんな人を「美しい」と思いますか ( ´▽`)?

顔やスタイルが美しい人でしょうか。
お肌や髪が美しい人でしょうか。
姿勢の美しい人でしょうか。



わたしの思う美しい人というのは、 「余裕のある人」 です。

心の余裕、時間の余裕、余裕にも色々あるけれど、
美しさとそうでなさの分かれ道というのは、
「余裕があるか、ないか」なのかな、と。
50歳となった今、とてもそう思うのです。

はつらつと若いころはまた違うのでしょう。

けれども50という齢を迎えたなら、

わたしの中では、

そしてわたしの知りうる限り、そっと見渡してみても。

「余裕」と「美しさ」というのは・・・





余談ですが、

あらゆる顔文字の中において 

わたしはこの子 → (`・ω・´) が、とても好きです。

「意思」を感じる眉(笑)













「不安な人」もまた、美しいです。



不安って、恥ずかしいことなような気がして
できることなら隠したいし、
平気なふりをしたくなってしまうけれど、



「 迷いとか不安とかあるほうが 素敵なんですよ 」


迷い、悩み、
そして自信の無さに揺らぎながら、
それでも自分の人生と向き合うこと。 


そういう不安を持った人は、むしろ素敵よ、と。


「迷いや不安がある人は、素敵」  


ずっとずっと前の、


或る日の彼女のブログに綴られていた、


わたしの大好きな、この言葉。







この日はほぐした焼鮭を加えた「4色弁当」。お弁当作りも26年目に突入です。




 ****************************************




美しさ(うつくしさ)という言葉の中に
うつ(鬱)という響きがかくされていることに 
ふと気づくのです。

50歳になってから気づきました。

迷いや不安、

そしてうつうつとした憂いの日々の中にも

その人だけの「美しさ」がある、ということ。







ヴォルスと目が合う朝。くすっと可笑しいのは、余裕をもってお弁当作れた日の証拠。



 ****************************************




わたしはこれは昔からなのですが
元気いっぱいの人が、ちょっと苦手なのです。

もう勘弁して・・・と、逃げたくなるのです(笑)

明るすぎる人、ポジティブすぎる人、
アクティブすぎる人というのもやはり苦手でしたし、
いつも忙しそうだったりせかせかした人も、

とても苦手でした。

苦手、というか・・・怖かった(汗)









余裕があったせいで、ほうれん草とそぼろ卵の配置、逆の方がよかったかな、と悔やむ朝。




*****************************************



悪口の正体というのは、
その人の弱点なのだ、急所なのだ、と
どこかで読んだことがあります。

自分の急所を守るために、
人はつい悪口を言ってしまうのだ、と。

悪口ばっかり言ってる人は、
弱点だらけ、急所だらけ、ってことなのかな?

そう思うと、少し可哀想に思えてきます (;_;)



えっとそうだな いい例えはあるかな・・・?

たとえばです。


「あいつは仕事が遅い!」「役に立たない!」


という悪口ばかり言う上司は
自分がそう思われたり 
そこを指摘されるのがすごく嫌な人、なのだそう。

自分のことを実は「仕事が遅く役に立たない」と、そう思っていて、
そう言われるのが嫌だから、
言わせないように、
自分から先に言っちゃうのですね。


また あるいは

「あの人は昔はとても綺麗だったのにすっかり劣化してしまった」という悪口を

つい言わずにおられない人は、

自分が陰でそう言われることをとても恐れていたり、
自分が周りからそう思われることに耐えがたかったり、
つまりは自分自身の劣化を他者から指摘されることを
ものすごく恐れている人、嫌な人、
「それをされると傷つく人」なんですって。

それで先に剣を。

「舌剣」を振り回すわけです。



あの人は上品ぶってる!という類の悪口や皮肉を言いたくなる人は、

自分のガサツさや身の回りの構わなさを
実はとてもコンプレックスに感じていて、
それをわかっていて、
他人からは言われたくない!
指摘されたくない!と思えば思うほど、
そういう悪口を言わずにおられなくなるのだとか。


人間って、本当に複雑ですね (;_;)


「悪口の正体」というのは 

自分が言われたら一番嫌なこと(弱点)を 
実は自分でわざわざ暴露していているのであって
隠しておきたい己のコンプレックスや弱みを
自ら積極的に白状してしまっているようなもの、

らしい。

それは時に自分でも日ごろ気づいていないような、

心の奥底に隠された「超・極秘レベル」の

トップシークレット・コンプレックスであることも多いらしい。


仮に指摘されても、認めないのはそのせいだ、と。



なるほどー  たしかにー ( ;∀;)






そう思うと。

わたしの先ほどの、
やたら明るい人が苦手云々、
元気すぎる人や忙しすぎる人が苦手、怖い云々というのも

わたしは自分がそう明るくも活動的でもなく
忙しくないこともわかっていて、
それをなんの関係もない赤の他人から
とやかく言われるのがものすごく嫌なんだ!!

という・・・

なるほど、そういうことなのでありましょうか。

自分で分析すると、

なかなかこれは恥ずかしいものですね(笑)



テレビに向かって、ネットに向かって、
そして時に心の中で、
つい悪口や毒を吐いちゃった時には、

しっかり注目してみると・・・

自分の弱点が、わかってくるのかもしれません。


克服してゆけるのかもしれません。















いまはね。

そう明るくもない自分のことがむしろ好きだし、
暗さも、出不精さも、
忙しくない暮らしを求め、叶えたのも、
全てが「わたしらしさ」だと思うのです。

わたしの個性だ、とさえ思っている。

コロナ禍においては その「暗さ」が幸いして、
自粛生活がそれほど苦でもなく、
いつも通りに淡々と暮らせているようにも思うから
この「非・活動的」なことは
わたしのむしろ長所だったのか!と 
感動すらしていますが、


それをダメなことのように言われる方が

 (自分でもダメだと思ってしまうことの方が)

長い人生の中では 多かったですよね  (;_;)



若い頃は、
明るいふりして、ごまかしましたよ(笑)
家族の前でも友達の前でも明るく明るく!!

ようやく一人きりになって
愛想笑いや嘘の明るさからやっと解放されて、
好きなだけ「無表情」「無言」でいられる時間となると・・・


わたしの心というのは、心底ほっとするのでした。


回復するのでした。


昔から「ひとりの時間」が、

誰からも話しかけられず、ちょっかい出されず、

一人きりで過ごせる時間が、

ただただ、ただただ、好きでした。


それがないと、心が、魂が、死んでしまうくらい。






そんな暗く出不精でインドアなわたしでさえ、帽子かぶって、お弁当持って、
近くの公園でもいいからひとりピクニックに「ソロピク」に。近頃は、出かけたくなります。





 ***************************************




揺らぐ人は 美しいです。

ふと弱くなる人も、とても美しい。

いつもいつも鉄壁のようにたくましく、

四六時中 明るかったりする必要が、

一体どこにあるのでしょう。




強ぶらないことって、素敵。

弱いことって、美しい。


そして つらいことをつらいと言えたり、

さみしいことをさみしいといえたり、

そういう自分を受け入れ、それを話せることは、美しい。


さみしいのにいじけたり、
つらいのに怒ったり、
不安だ!!といって八つ当たりするのではなく、


さみしいなら そのさみしさを、

つらいなら そのつらさを、

不安なら その不安な気持ちを「そのまま」で、

そのまま味わい表現できることは・・・

とても自然で、尊いことなのだと思う。


そういう気持ちを打ち明けることって、意外と勇気が必要なことだもの。


平気なふりして強がったり、

怒りや恨みにすり替えたり、

ひねくれて周りに迷惑かけることの方が、

本当はとても「幼稚で簡単なこと」なのだもの。







 ↓ おとーさんのお弁当バッグは、もうずっとこれ一筋です。やっぱり「白」がいい。






素直なことは美しい。

どんな自分も素直に愛する、ということ。

「良い自分」「悪い自分」をジャッジすることを少し休んで、

慌てて今すぐどうにかしようとしないで、

心の安らぎを最優先にしながら、

「次の変化を、ただ静かに待つ」ということ。


草花も、桜も、眩しい新緑も、


自然界の全てのものが そうであるように。


50歳を過ぎたなら、「人」もまた、そうなのかもしれません。













揺らぐ人は 素敵。

迷う人は、迷いのない人よりも ずっとずっと素敵。

人として素敵なのよ、と。



わたしにそう教えてくれたのは kotoさんでした。


ずっと忘れられない、


そしてこれから先の人生にこそ忘れないでいたい、


とても優しい言葉です。






                                    おわり







長い日記を、今日も最後までお読みくださって ありがとう。



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最終更新日  2022.06.06 14:03:03


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