年末に、 NHK 教育テレビ「心の時代」の再放送を見た。「信教の自由」というシリーズで、アメリカを専門としておられる方から、「信仰の武器化」という言葉が出てきた。
例えば、「医師が、私は信仰上の理由から中絶手術は行わない」、或いは最高裁判決がひっくり返されて、「中絶手術を行うか行わないかは州が決定できる」といった点だ。やはり NHK の他の番組で、「アメリカにおける中絶手術の是非の現在」が取り上げられてきた。
どのような理由であれ、中絶は許さないというおよそ私などから考えたら人権というものを信教の名のもとに真っ向から否定する態度だ。
「政教分離」は、近現代の民主主義国家においては極めて重要な考え方だが、それを否定していることに等しい。
アフガニスタンは、女性の学ぶ権利を否定しているタリバンによって支配されているという事を理由として国際社会から制裁を受けている。
アメリカの現状と何が違うのか。自分と考え方、信仰の在り方が異なる人間に対するこれほどまでの不寛容は、「分断が進むアメリカ」というフレーズでマスコミに再三取り上げられている。
「神を背負った人間」がどれほど恐ろしいことをやってのけるかは、ヨーロッパにおける異端裁判、宗教戦争などで歴史の中に深く刻まれている。アメリカは、「中世を持たぬ国」として知られている。東海岸に辿り着いた移民たちは、先住民から土地を奪い、抵抗する者たちを容赦なく殺害し、南部では、アフリカから「輸入」された人びとが奴隷として酷使された。
「中世を持たぬ国」という意味は、宗教対立を徐々に緩和し、「人権」という概念を様々な制度を導入し、法に依ってそれらを確固たるものとしてきた西ヨーロッパのような過程をアメリカは持っていないということだ。
イギリスの植民地としてのアメリカの独立宣言は 1776 年、フランス革命が 1789 年であることを思い出していただきたい。
このような土地で誕生した「哲学」が、単純化して言えば「役に立つものこそ真理である」というプラグマティズムだ。同時に、労働を重視し、知識人を軽蔑する「反知識主義」だ。
経済状態が改善され、教育が普及すると人々の間における宗教、信仰の重要性は徐々に低下すると言われているが、アメリカはそれが俗説であることを示している。
トランプが乗っ取ってしまった共和党は、「役に立つ組織」としての福音派キリスト教会を重視している。それが「反・中絶」に繋がる。
25 年 1 月、トランプは正式にアメリカ大統領となる。彼に「哲学」があるとすれば、「役に立つものこそ真理である」という事と、「ディール」だろう。
「信教の自由の武器化」について語られねばならないもう一つの点は、「シオニズム」なのだが、それについては、日を改めてお付き合いを願いたい。
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MoMo太郎009さん
SEAL OF CAINさんComments