多重債務者の交差点

多重債務者の交差点

(04)Y.順の場合


大阪の(株)◯屋に2年契約、給料は7万で入社しました。
昭和53年8月、
高校3年の時から交際してた◯と結婚、
翌年1月11日長女を出産しましたが、
この頃から元夫の暴力と賭事が目に余るようになりました。
原因は些細な口論からだったのですが、
結局は性格の不一致だったのです。
生活の方はあまり裕福ではなく苦しい時は母に助けを仰いでました。

昭和58年2月21日、
次女を、翌年7月25日長男を産みましたが、
親子5人の生活は苦しく専業主婦なりの内職が必要でした。
元夫の勤務先、
◯の残業カットになった平成1年7月を機に私は◯の販売員に。
しかし母が翌年7月に倒れ退職、
2ヶ月後の9月24日ガンで亡くなりました。

一時期おとなしかった元夫の暴力が始まりだしたのもこの頃で、
元夫に対する母の遺言も甲斐なく、
私の入院治療は数知れず、
あげく◯警察署に相談したことも。
でも最後は子供のためにと我慢しかありませんでした。

平成3年4月、
夢に描いたマイホームを手に入れ、
これからは親子5人仲良くと思っても元夫の暴力はエスカレート。
やがて全治2週間の怪我(打撲による鼓膜裂傷)を負わされ私の脳裏はパニック、
前後不覚やけっぱちになった私は離婚覚悟、
妻としてのあるまじき過ちをおこしたのです。
この心境は男には判らないでしょう。

平成5年8月離婚、
3子の親権者を私と定め同月27日役場に届け出しました。

平成6年3月、
プロミスより50万借用、
看護学校入学金と◯団地引っ越し費用に充てました。
離婚の条件は長男が成人するまで養育費を毎月5万払う約束だけで不動産、
株、預貯金などはケンもほろろ。
つごう15年間、夫婦生活で得たものは憎しみだけが残ったのです。
3子にひもじい思いをさせたくなく04:30起床して新聞配達、
昼は◯生命(手取10万)夜はスナックと(20時~01時@1200円)努力しましたが、
生活は苦しくなるばかり、
ジャックス、アプラス、Sファイナンス、
Oコーポレーションと借りては返す借金が300万に膨れあがったのです。
やがて身動きとれなくなった私は父に頭を下げ300万借用、
その後のプロミス、ワールド、クレディア、デック返済に。
平成11年3月、
精神的重圧が体不調を招き◯生命も辞める羽目になりました。
平成11年6月再びクレディアより50万借用。
同年7月から9月までエアポート◯にパート勤務。
見た目より弱体な私は睡眠不足と酒、
煙草の不摂生から通院通い、
お金もないくせ同僚のビジネスに負け、
クオークから健康布団を10万円で仕入れたのも安眠したかったから他ありません。

このころ、
Sファイナンスローン未払い契約不履行で車を引き上げられました。
同年10月から◯不動産にパート(時給650×7)勤務するも生活はどん底、
やむを得ず◯裁判所に特定調停申立したのですが、
調停委員の無理という言葉で取り下げました。

しかし、その後も生活は安定せず平成12年2月、
2回目の特定調停申立をし平成12年(特ノ)第◯◯9号~第◯◯6号の9社で受理されたのです。
さぁこれから頑張るぞ、とは意気込みばかり。
3月~5月そうめん流し◯。
6月~8月2日まで居酒屋◯(時給1000円の日払)と借金支払額は下がったものの転職が激しく収入が思うようにいかない。
再度、
父から105万借りるも調停後支払いに遅れたワールドの取立は携帯電話に5分おき、
自宅は周囲に聞こえる様やくざ口調で怒鳴ることばかり。
3子は怖くて震えてました。
私は藁をも掴む心境で平成12年7月15日情報誌記載の(株)◯リースに電話したのです。
◯リースは◯を紹介、私の口座に翌日15000円の入金がありました。
でもこれがヤミ金(紹介屋)と気づいたのは後の祭りで7月25日15000円、
続く脅迫に8月4日5000円と送金後、警察に相談したのですが、
彼らは居酒屋◯に嫌がらせを続け、私は辞めさせられました。
後日◯クとは29.2%で口論しましたが、決着しました。

お盆をすぎた頃、
母子手当で教育費、
3ヶ月遅れの電気代を支払うが消費者金融は2ヶ月滞納。
3度目の父支援はありえず絶望的な昨今に生きる希望を失いました。

平成12年8月現在、
債権者数20件負債総額912万円です。
仕事もなく、
面接しても断られ8月から収入ゼロ状態で返せない借金に苦しみ生きていくか、
それとも死を選び楽するか、
私はここ2週間、
家族、
私の人生について悩みました。
そして私は最後の望みをかけ3子に相談したのです。
しばらくして長女が泣きながら言いました。
みんなで頑張ろう、と。
その翌日8月13日、
長女は家計のためにと無理してアイフルから50万借りたのです。
だが、それには母としての立場(自己破産)を実行しなければなりません。
こんな素敵な子らの将来を見届けるのが親権者の勤めです。
私はどうあっても母親としてやり直さなければならないのです。
お願いします、
この子らのためにも助けてください。

(その後、Y.順は「やっぱお金が一番よ」と黄色い声が幸せそうでした)




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