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妹が
一緒に買ってる通販の化粧品を
9月1日に取りに来るって
連絡を寄越した日に ちょうど献血の広告を見て
話したくなったこと
の
☆お話☆
お盆の14日
に来て
こんなフォトで登場した妹に
子どもの頃の私は
すっごい劣等コンプレックスがあったンです
今でも、そうなんですけど
昔から
私は父親似で ごつかったし、くせっ毛で
妹は母親似で スレンダーでさらさらな黒髪の器量良し
世界中(?)の女性の中から唯一 私を選んだ主人でさえ
私が
「昔から 美人不美人って点で ずっと妹にコンプレックスがあった。」
と
言っても
「あいつかぁ、ありゃぁ特別だからな。」
と
答えるくらい
妹の容貌は群を抜いていました!
ハイティーン頃~20代頃が 特に顕著☆
劣等コンプレックス全開だったころの私は
例えば 子どもの頃のこんな写真1枚でも
自分が目を瞑っちゃっているものだから
妹に焦点を合わせて撮影されたと思ったり![]()
今、思えば バカらしくて笑い話ですけどネ!
それから この父親ゆずりの くせっ毛
学校でも 生活指導とか引っかかるし
朝は 爆発してるし
大っきらい!
この生活指導の件については
父が学校に行って、自分の頭をつん出し
「俺の遺伝で天然パーマなんだ!」と言ってくれてます。
父にとっては 自分似の私は可愛くて仕方なかったようです
それでも劣等コンプレックスでした。
が
それらのコンプレックスが 一瞬にしてぶっ飛んだのは
母の死
母は交通事故で即死でしたから
心の準備もなにもないまま
無いのが普通でしょうけど
闘病生活後とか老衰とかとは覚悟が
やはり違います。父の死のとき思いました。
突然
妹
が
妹に劣等感を持っていようが
なんだろうが
庇護すべき者
に
なってしまったこと
5つ半離れていましたから
もう
それ以外の何者でもなくなっちゃったンです
そうして その環境になって
母親目線的に 妹を見るようになると
妹の器量良しは
親を早く亡くしたというハンディキャップ(?)を
補う武器であることに気付いて...。
もっと言うと
自分の命を守る武器だったンだって思うようになって!
大げさ?
いえいえ
冒頭で「献血の広告を見て話したくなった」と言いましたように
妹は輸血経験者です
両親とも他界している今
正式な病名を確認することはできませんが
生まれてすぐ 生命の危険事態があって
1歳になる前に
全血液の交換をしています
不確かな記憶ですが
当時ですと
一般サラリーマンの収入では手術代の調達は厳しく
諦めるケースの多かった病気だったと聞いています
が
妹を担当してくれた医師が
お子様に恵まれていなかったことと
妹が発するオーラに惚れ込んで
「ウチの養女にしてコネを駆使して手術を」
とまで言ってくれ
手術になったンだと思います
これは
母がそのことを口にして泣いていたので
記憶があります
そういうことで
妹は 元AB型でしたが
今は(手術後から)O型です
そして
実際は
妹は養女にならず
ウチの次女のままです
その辺の経緯はずっと後
私が中学生になってから
--- 母の交通事故死直前 ---
母から聞いています
主人と息子には特に話していませんが
つい先日 なんだったかのきっかけで
女同士である娘に話しました
娘は しみじみ聞いてくれた後
「母chan!ドラマだね~、小説に書きな!」って反応でした!
大げさ?
いえいえ
事実は小説より奇なり
いつか
書き上げてみたいと思うので Blogではまだ...。
何の話でしたっけ?
そう、そう!
妹に劣等コンプレックスを持っていた私の昔話
でしたね。
でも
振り返って
コンプレックスはあっても
自分を嫌いだったことはなく
父撮影
ましてや
妹を 嫌いだったなんてこともないことに
母の死をきっかけに気付いたって話でした!
コンプレックスって結局 愛着なんですね!
ちなみに 献血の広告は コレです

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