once 29 昨夜の記憶



有芯が寝ているベッドの横には、朝子が座っている。短い髪に、高校の黒いブレザー、制服の短いスカートにルーズソックス、ダークブルーのマニキュア。確かにそれは高校生の朝子だった。

“朝子・・・もうどこにも行くな・・・俺のそばにいてくれ・・・”

有芯が言うと、彼女は微笑んで、“どこにも行かないよ。安心して”そう言い、彼の手を柔らかく握った。

有芯はその手を引っ張り、体を翻すと、ベッドに倒れた朝子を抱いた。彼女は震えていたが、そんなことを構っていられないほど、彼は朝子が欲しかった。


心地よい五月の風を感じ、有芯は目覚めた。

あ・・・れ?! 

そこに、朝子の姿はない。夢・・・だったのか? それにしては妙にリアルだったな・・・。

俺、いつの間に帰ってきたんだ? 確かジャズバーで・・・・・え・・・?!

彼はいつの間にか、泊まっているホテルのベッドにいた。開け放たれた窓からは朝日が射し、暖かな風が舞い込んでくる。

何で窓が開いてるんだ?! ・・・まずい、何も覚えていない!

すっかりパニックに陥っている彼に追い討ちをかけるように、部屋の扉がノックされた。

「お・は・よ! 有芯~? 起きた?」

彼は勢いよくベッドから降り、ドアまで走った。着ている服は昨日と同じだ。

ドアを開けると、そこにはすっかり着替えてさっぱりとした顔の朝子が立っている。胸まである長い髪を上げ、薄いカーディガン、三日月のピアスに膝丈のスカート、素足にサンダルの正真正銘、27歳の朝子。

「おはよう。・・・お前、なんでこの部屋知ってんの?」

有芯が左手で、現実に戻りきっていない自分の頭をくしゃくしゃにしながら言うと、朝子はポカンと口を開けた。

「何でって・・・覚えてないの? 昨日の夜、私が運転手さんと一緒に、あんたをこの部屋に運んだんだけど」

「えっ!? どうしてそんなことに・・・」

「一人じゃ歩けないくらいフラフラだったんだもん。仕方ないでしょう」

「マジかよ・・・ごめんな、大変だっただろ?」

「・・・ううん。それはいいんだけど」

有芯は何か大事なことを忘れているような気がして考えた。そして、気付いた。

「先輩、俺、昨夜何か言ってた? 昔のこととか」

「・・・・・え? ・・・それも覚えてないの?」

「俺、何を話した?!」

「・・・」朝子は気まずそうに黙っている。

有芯は必死で朝子の肩をゆすった。「先輩! 頼むよぉ~!」

朝子は言いにくそうに、「・・・・コンビニのケンカとか、石田殴った真相とか・・・多分、全部喋ったんじゃないかな・・・」と言った。

有芯は耳鳴りがして頭を抱えた。全部話してしまったのか、俺は・・・。石田のことまで・・・!

「ウソだろー・・・」

ショックを受ける有芯に、おそるおそる朝子が聞いた。「あの・・・それじゃもしかして、この部屋に帰ってからのことも覚えてない・・・よね?」

「え・・・?」

まさか・・・さっきの夢、本当に・・・?!

有芯は窓を見た。俺は窓を開けたりしない。まさか先輩だって、夜中にこんなに窓を開け放ったりはしないだろう。と、いうことは朝になるまで、この部屋に二人でいた・・・?!

「ごめん、えーっと、・・・聞くけど・・・したのか? 俺たち・・・」

しかし、朝子は彼の発言を受けて大笑いした。

「してないって! 本当に覚えてないんだね~。有芯可愛かった~。そばにいてくれって言ってワンワン泣いて、手を握ったらやっと寝てくれたんだよ」

有芯は一気に顔が熱くなるのを感じた。「・・・俺、本当にそんなこと言った?」

「ウ・ソ! あっははははは、本当だと思った? 有芯はからかい甲斐があるなぁ~」

朝子はペロリと舌を出した。その姿を見て安堵したものの、安心した分少し腹が立ち、有芯は笑って逃げる朝子を追いかけた。

「この野郎、調子に乗るのもいい加減に・・・」

追いかけながら、彼はふと鏡に映った自分の姿を見て、ぎょっとした。顔に、流れた涙の跡がくっきり見えたのだ。


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