once 58 疑惑の視線



店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。時々思い出したようにぽつりと出現する街灯が照らし出す商店は、この街の長い歴史を感じさせた。

有芯と朝子は歩いて人通りの多いアーケードの商店街に出た。二人はぴたりとくっつき、人目もはばからず、年甲斐も気にせず指を絡ませ、手を繋ぎ、腕を組み、キスをした。

「初めてじゃない? 普通にデートなんてするの」

「そうだっけ?」

「そうよー。部活ばっかりだったじゃない、私たち」

「・・・言われてみればそうだなぁ」

有芯はあらためて考えていた。俺たちが付き合っていた期間はほんの2、3週間だったし、一緒にいた時間のほとんどは部活だった。思えばあの時、まともに愛していると言った事があったかどうかもわからないし、プレゼントもしたことがない―――。あれじゃあ、朝子が俺に嫌われていると思ってもおかしくないか・・・。

「? 有芯? どうしたの? 疲れた?」

「・・・いや、大丈夫。向こうの方、歩いてみる?」

「いいよっ」

朝子が腕を絡ませてきたので、有芯は微笑み、彼女の頭をそっと撫でると、不意にその髪に留まっているピンをはずした。朝子の髪が下り、セックスの最中のようにふんわりと胸に掛かった。

「あっ・・・何で取っちゃうの? くしゃくしゃだよ」

有芯はあわてて手ぐしで髪を整える朝子をじっと見つめた。「こっちの方が色っぽい」

「有芯・・・」朝子は驚いて彼を見つめたが、やがて微笑んだ。

有芯も微笑み、朝子の手を握るとその甲にキスをした。「異論はありますか、お姫様?」

「いいえ。何もありませんわ」

二人はクスクス笑うと、その手を繋いで歩きだした。

商店街には、若いカップルが多数いた。若い綺麗な女の子もたくさんいて、朝子は少し気持ちが沈んだ。

有芯には私なんかより、あんなふうに若くてかわいい子の方が似合うよね・・・。

ふと、有芯がまっすぐに一点を見つめているのを感じ、朝子は彼の視線の先を見た。

二十歳くらいの綺麗な女の子たちが、服飾店の前で2、3人固まって煙草をふかしている。中でも特にかわいい顔をした女の子は、有芯の好みをそのまま具現化したような完璧さだった。

朝子の脳に10年前の絶望がよみがえり、心臓の音がドンドンと胸を打ち始めた。





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