once 65 非情な電子音



俺がどんなに拒否しようとも、時は止まらずに進む。

俺がどれほど望もうとも、もうあの頃に帰れはしない。

それと同じくらい確かなことがある。

俺と朝子がこの先結ばれることは、決してない―――。


有芯と朝子は、痺れる筋肉に鞭打ち抱き合いながら、互いの目の中に、精魂尽き果てるまで抱き合おうという意思を確認した。

朝子はひたすらに身体を動かし、有芯を抱きながら必死でその身体の記憶を自らの肉体に刻み込ませた。そうでもしないと、また涙が溢れて止まらなくなる、と思った。

「ゆ・・・う・・・し、ん」

もう水滴なんて、汗でみんな流れてしまった。

流れ去ってしまった・・・もう・・・涙も・・・

「泣くな・・・」

有芯の指が頬をなぞり、朝子はやっと自分が泣いていることに気付く。

「残酷なヤツだよ・・・お前は」

有芯は甘く苦しい表情で朝子の腰を掴むと、彼女を上にしたまま腰を動かした。

朝子が声を出すと、切ない微笑みを浮かべた有芯が言った。

「俺、この状態のまま死んでいいや・・・」

朝子はひそかに思った。

私も・・・このまま死んだって構わない・・・現実を何もかも捨てることになろうと―――有芯、あなたと一緒なら、永遠に―――。

永遠に―――。

「どうした? 朝子?! おい・・・!!」

有芯は、突然ぐったりと自分の上に倒れた朝子の頬をパシパシと叩き、反応が返ってこないのでじっと耳を済ませた。

「・・・寝てる・・・」

有芯はほっと胸をなでおろし、自分と繋がったまま寝息をたてている朝子を見つめた。彼女は満ち足りた表情で、全体重を彼にあずけ、すやすやと眠っている。

有芯は自分の上で、これほどまでに幸せそうな顔をして眠る彼女を、誰よりも愛しいと思った。

朝子の素肌を感じながら、有芯はその温もりを抱き締めた。「愛してるよ」

「有芯・・・」

名前を呼ばれ、有芯は朝子が起きているのかと思った。しかし、彼女は相変わらず規則的な寝息をたてているだけだ。

「寝言かよ・・・くそっ・・・!!」

有芯は苦痛に歪む顔で朝子を強く抱き締めた。ばかやろう・・・そんな調子で、お前は本当に家に帰るのかよ・・・?! 俺の名前を夢で呼びながら、お前は旦那と同じベッドで眠るのか・・・?

張り裂けそうだ・・・朝子・・・俺の想いは、どこへ持っていけばいいんだ・・・?

その時、ベッドの横に置いた有芯の腕時計から、無情な電子音が聞こえた。

ピピッ

午前0時。

今日が、終わった。

有芯は震える両手で、眠る朝子を強く抱き締めた。離したくない。どこにも行かせたくない―――。

俺はどうしたらいい・・・朝子・・・朝子・・・。

有芯は歯までガチガチと鳴らしながら朝子にしがみついた。その柔らかい肌に心のよりどころを求めた。しかし強く掴めば壊れてしまいそうな朝子の柔らかさにためらい、彼の心は奈落に落ちていった。

泣きながら、あごを震わせながら、有芯は脱力した朝子を抱き締め、ただ愛しいその名を呼ぶことしかできなかった。



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