朝6時、霧雨、気温+3℃。出がけ+3℃。戻り時+4℃。
ウォーキングに出る時刻になっても薄暗くて、濡れた地面にまだ雨が落ちているのかよく見えません。TVでは「もう止みました」と言うのでビニール傘を持たずに階段を下ります。表は弱い霧雨でした。 イヤホンラジオからも「いったん上がって夕方から雨」というのでそのまま歩きます。しかし弱いとはいえ霧雨は消えません。我慢できる範囲ですから折りたたみを開くこともしませんでしたが嘘をつかれた感じです。
今朝の鳥
7時45分、南浅川橋近くでカワセミに逢えました。夕べの雨でも水が増えることのない川で、上流域はこの橋から200mも下らないで水が消えます。そのためか上流域のカワセミには何ヶ月も逢っていない感じでした。本当にお久しぶりです。霧雨はアンラッキーですが、カワセミはラッキーです。
17日の朝日新聞に「若者に薄れた反共の固定感」という49男性からの投書がありました。転記すると 「◇『ルポにっぽん、失職・・・そこに共産党(11日朝刊)』を読んで日本の社会もようやく変わりつつあると感じました。◇かって近所のおばあさんが『わたしは共産党が街頭演説している時は、おっかないから裏通りを通って帰る』と話しているのを聞いて苦笑したことがありましたが、戦前、共産党は軍部や政府から目の敵にされ、『アカだ』『恐ろしいから近づくな』という宣伝が国を挙げてなされたため、多くの国民は意識の中にそうしたイメージを刻み込まれてきたのです。60年以上もそれを引きずるおばあさんの言葉を聞いた時、国家が貼るレッテルの怖さを感じました。◇討論番組を見ても、つい最近までは共産党の議員が発言するたび『また、共産党か・・・』と冷笑する議員が映しだされる場面が多く、『国民の声を代弁していいことを言っているのにどうして?』という思いを無党派の私でも持っていました。◇しかし今は『いいものはいい』と、特に若者の意識が変わり、レッテルに惑わされなくなりました。国民こそが主人公だと自覚し、いい国を作っていきたいものです。」 となります。 さてどうでしょうか。
小生は1963年から2001年までそこそこの会社に勤めていました。寮生時代に同期の者が新聞・赤旗を持ってくることがあると、読むこともなく、見つからないようにこっそり捨てました。
結婚した後の70年後半になっても市の社教関連で公民館に出入りしていました。ある年、昇給に大幅なマイナス査定です。上司は公民館出入りをあげて「お前は共産党とつきあっているからだ」「共産党員が資本主義の会社に勤めていることそのものが間違いなのだ」と言います。ボーナスの査定ならまだしも基本の昇給のマイナスを回復するには大変なことです。違うのにと思いながらも頭の中がごちゃごちゃになりました。
だからこの年になった今でも小生にとって「共産党」という文言は、支持・不支持に関係なくタブーです。国家が貼ったレッテルは容易には剥げないものです。

*朝の散歩*
本日の歩数: 13、200(シッカリ12997)
月累計歩数: 253、850(1日から)(180km)
年累計歩数: 253、850(元日から)(180km)
対向者(散歩又は健康走):21(横川橋-南浅川橋間往復)
今月の劇場映画鑑賞本数: 7
今年の劇場映画鑑賞本数: 7
アマチュア無線QSO :WBKさんと9.66八王子レピータで
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