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061208~09 ミステリ-・・・・・・・・・???


http://www.biwako.ne.jp/~shiga-to/index.htm
2003.12.17 [No.60:コラム版]
: ご か い の 部 屋 (ё)
: ~ 不 登 校 ・ 引 き こ も り か ら 社 会 へ ~ \§/
: http://homepage3.nifty.com/Husta/
Byヒューマン・スタジオ 人
--□-----------------------------------------------------------■--
不登校・ひきこもり経験のある相談員が、 :
当事者と援助者の両方の立場から語ります。:
□
>> 自 分 の 人 生 の 主 人 公 に な る た め に... << :
自分自身は 自分自身の人生の主役
自分の人生 台無しにする生きかただけは・・・・・・・
自分自身の存在感を自分で認め、役に立っているんだ、役に立つんだ、自分のために、愛する人のために、家族に、地域に、社会に、
そうだ、自分自身は、必要な人間なんだと・・・・・
生きていることが、生きていくことが、
あなたが、此処にいてくれることが、此処におってくれることが、ここに居るだけで・・・
あなたと、朝、起きて「おはよう」「元気か・・・・」・・・・といえる関係を
いつまで続けたいから
生きよう、生き抜こう、
不器用だけど、下手糞だけど、尋ね、尋ねて、一人前(存在していること、生きていること、社会参加を、社会貢献をしょうとこころがけていること・・・)になるための努力をしょう!!
お互いに、知らないことが多いことを自覚し、
頭を下げて、人から、教わることを覚えよう
自分自身の人生、無駄なことはない 、意義ある生き方はしたい。
人生の主役だから・・・・ (G-g)
*************
---- ◆□◆ 本 日 の メ ニ ュー ◆□◆ ----------------------------
■ 連載コラム[5]:『再び私の経験から──ひきこもり〔下〕』
□ 教育相談のご案内
■「関連情報版」掲載記事の募集について
=● コ ラ ム ●・ 再び私の経験から──ひきこもり
〔下〕 「 わ か ら な さ 」 を 生 き る
● 体験記からの抜粋・要約
※ 私は、ひきこもりになったことで発生した母との話し合いのなかで、
初めて知らされた事実がきっかけとなって始めた思索と勉強によって、
教育や援助(カウンセリングなど)の功罪や、青少年問題への対応で
基盤とすべきことに気づくことができた。
※ その後さらに就職活動をする年月を過ごすことによって、視野が広が
り、上記の問題意識を自分の理念にまとめ、それに基づいて仕事や市
民活動を始めることができた。
※ つまり、私はひきこもりになったからこそ、そして、ひきこもりが7
年も続いたからこそ、自分の理念と言える信念をつかむことができ、
今それをベースにした仕事や市民活動ができている。
※ 確かに、大人になってからの7年という歳月は長く、失ったものも大
きいと思う。しかし、だからといってひきこもり時代が人生の損失だ
ったとは、とても思えない。
※ 要するに、私にとってひきこもりとは「自分が最も腑に落ちる人生観
・教育観・援助観・社会観」を求める行動だった。そしてそれをつか
むことができたということは、自分の"生きる意味""人生を捧げる
目標"を見つけることができた、ということ。
※ ひきこもり者は皆、自分が最も腑に落ちるものを求めているのではな
いか。そして、自分の"生きる意味"を見つけたとき、彼らはそれを
「生きる力」にして、自分の足で歩き出すことだろう。
●
今年の3月、本欄で私は、自分のひきこもりに対して、またそれに関
連してほかの人のひきこもりに対して、上述のようにまとめて、体験記
をしめくくりました。
しかし、今年の3月といえば、私がひきこもりを卒業してから、まだ
4年しかたっていません。そのため、終わってから20年たっている不登
校の意味を「プラス体験」と断言したのと同じような感覚で、上述のよ
うにひきこもりを「人生の損失ではなかった」と断言するのには、やや
躊躇(ちゅうちょ)があった、というのが正直なところだったのです。
体験記の前半で書いたように、私は不登校になったことで生まれ変わ
ることができたばかりか、順調に進級していたら経験できなかった素晴
らしい出会いと出来事があったことで「不登校になって良かった」「4
回留年して良かった」と実感できるようになっています。
それは「不登校になって失ったものより、得たもののほうが圧倒的に
多かった」という認識から来ている実感です。
しかし「ひきこもりになって失ったものより、得たもののほうが圧倒
的に多かった」とはまだ認識できていません。むしろ「抜粋・要約」に
も挙げた、体験記のなかの「大人になってからの7年という歳月は長く、
失ったものも大きいと思う」と、ひと言ふれただけの部分こそ、じつは
けっこう痛感しているところだったりします。
「青春と呼べる時代はなかった」──思春期以降の不登校や若い時代
のひきこもりの経験者から、ときどき聞く言葉です。私も、大学時代と
ひきこもり時代を振り返るとき、同じ感慨がよぎります。
それは、自分がイメージしていた「遊びに、デートに、スポーツに、
体を目一杯動かして飛び回る」という若者時代を失い、7年間の空白に
よって就職のチャンスも失った、といった思いです。
ただし、これらの損失は、ひきこもりを自己肯定できていれば、防げ
たものです。働かないままでも、遊び回ったりスポーツクラブに通った
りすることは可能ですから。
つまり、上に挙げた「失ったもの」とは、私個人の話であって「ひき
こもりになると必ず失うもの」という意味ではありません。私は、自分
のひきこもり状態を自己肯定できないばかりに、あり余る時間を若者ら
しく使うエネルギーがわいてこなかったのです。
そのような喪失感と「抜粋・要約」に挙げたような収穫観とが入り交
じっていることから、自分のひきこもりを「良かったかどうかわからな
い体験」だと、今の私はとらえています。
したがって私は現在、その「わからない」という思いを持ちながら仕
事や市民活動を続けているわけです。そして、そういう生活を送るなか
で、あとからわかることも少なくないと思いますし、一生わからずじま
いで終わることもたくさんあるに違いありません。
このような「わからないまま生きる」「わからなさを生きる」という
生き方しか、今の私にはできないでしょうし、また、それでいいのだと
も思えるのです。
「自分にとって"ひきこもり"とは何だったのだろうか」という問い
は、経験した誰もが感じる「わからないこと」かもしれません。でも、
「わからないこと」をそのままにして、とりあえず生き続けること。一
方、現在ひきこもり者を抱えている周囲の人々は、ひきこもりの理由も
意味もわからないまま、とりあえず接し続けること。そう思います。
「わからないから何もできない」ということはないはずです。わかる
ことより大切なことは、日々の生活を積み重ねていくことなのです。
さて、今年1年コラム欄をご愛読いただき、ありがとうございました。
来年も引き続き、私の体験を踏まえながらのお話をしていきます。ご意
見ご感想をお待ちしています。
:筆者:丸山 康彦(まるさん)
スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、
不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、
1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に
当ヒューマン・スタジオを設立し代表に。
“新 し い 自 分 ” 出 産 記 〔上〕 2006.12.28
教育対策研究所の主張〔下〕 2006.12.26 コメント(1)
教育対策研究所の主張〔中〕 2006.12.25
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