─ 灼熱 ─

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2005年09月18日
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伊藤博敏(週刊ポスト 2005-09-23)

ゴールドマン・サックス

かつての旧長銀処理においては米外資リップルウッド・ホールディングスが悪名高い瑕疵担保条項を密約したことが後に発覚し、「ハゲタカ外資」「不平等買収」の批判を浴びた。そして05年夏。ファンドを使って、USJの事実上の買収に踏み切ったゴールドマン・サックスにも「隠された契約条項」があることが判明した。スクープである。


郵貯マネーの獲得に早くも足場

米大手投資銀行ゴールドマン・サックスの東京支店は、日本の新しい富の象徴ともいえる六本木ヒルズに、やはりある。ライブドアなど著名企業が入居するオフィス棟の中でもゴールドマンはさらに別格。フロア階に専用の入口を持ち、その奥に同じく専用エレベーターを持っている。

1869年、アメリカ・ニューヨークで創業した手形商は、いつしか世界の金融界をリードする存在となり、大きな取引を意味する「ビッグ・ディール」には、毎回のように顔を出し、成果を上げてきた。ゴールドマンが「最強外資」と称される由縁である。

日本では98年、NTTドコモの株式公開で主幹事を務めたあたりから実績を示し始める。当時は、上場企業の主幹事は国内大手証券が務めるという時代であり、日本の証券界に激震が走った。

日本の大型M&Aにも関わってきた。リップルウッドによる長銀買収の際には政府側の、ソフトバンクによる日本テレコム買収ではソフトバンク側の、それぞれアドバイザー役を務めた。ごく最近では、郵政公社が10月から郵便局の窓口で販売する投資信託の委託・運用会社3社のうちの1社に選定された。民間金融機関が狙う郵貯マネーの獲得に、いち早く足場を築いた格好になる。

東大生が殺到するという採用試験、「できる社員」は「億」を稼ぐという高収入、反面、無能の烙印を押されれば、即、解雇の厳しさなど、ゴールドマンの存在は、優勝劣敗の法則が貫徹する直接金融の時代の象徴だ。



ハリウッド映画の世界で遊べるUSJには、照りつける太陽と青空がよく似合う。今年の夏も、関西圏最大のこのテーマパークは家族連れやカップルで賑わい、「ジュラシック・パーク」「ジョーズ」「スパイダーマン」といった人気アトラクションには長蛇の列ができた。

そんな入場者の歓声をよそに、巨額負債を抱えて経営再建中のUSJではひと夏をかけて増資を柱をする再建案をまとめていた。7月7日、第三者割当増資で総額250億円分の優先株の発行を内定。同月21日に開いた臨時株主総会で、引き受け先をゴールドマン・サックス系投資ファンド(200億円)と、日本政策投資銀行(50億円)にすることを承認した。

ゴールドマンの参入で再建への道は加速する。8月19日には、金融機関と交渉していた事業資金650億円の借り換えに合意。三井住友銀行、ゴールドマン、政策投資銀行の3社が主幹事となって、金利の軽減や債務返済の先延ばしに成功。それまで経営の重荷となっていた年間元利返済額を約140億円から約80億円とし、早くも成果を上げて見せたのである。

「払い戻し期限付き」の増資

大阪の市街地近くという立地、米国で3ヶ所が開業しているユニバーサル・スタジオの人気から、東京ディズニーランドと並ぶテーマパークになると期待されたUSJだが、爆発的人気となった01年のオープン初年度を除くと、赤字基調が続いていた。様々な理由が考えられる。リピーターの確保が容易ではない、というのはテーマパークにとって致命的である。また2年目に、水飲み器への工業用水の混入、賞味期限切れ食材の利用、ショーで使う火薬量の許可以上の使用など不祥事が連続したこともある。

ただ、それ以上に問題だったのは、USJの経営母体が責任の所在がハッキリせず、それゆえ思い切った決断のできない第三セクターだったからだろう。大阪市が25%、米ユニバーサル社のテーマパーク部門が24%、残りを地元企業が出資していた。大阪市関係者ですら、開業前からこの第三セクター形式での運営を危ぶむ人は多く、結果、怖れた通りになった。

「コスト意識がないから、仕入れやメンテナンスはネゴなしの丸投げ。不祥事が起きれば責任回避に務め、改革のリスクを冒そうとしない。そんな役人根性で、どうしてサービス業ができますか」(大阪市役所幹部)

USJが再建に向け、崖っぷちの調査を進めている最中、大阪では市役所職員の過剰な手当や怠慢な勤務態度が問題になっていた。カラ残業にヤミで支払われる退職金や年金、そしてスーツの支給──この問題を調べている調査委員会は、8月26日、328億円の返還を求める報告書をまとめた。

税金をかすめとるのが“習い性”となっている「官」に、民間企業の経営などできるわけがない。が、代わって登場してきたのが、「民」の中でも厳しさは折り紙付きで、資本市場の論理を世界で体現するゴールドマンであるは、実に示唆的である。

ゴールドマンが得意とするのは、市場と企業の“歪み”を発見、そこにリスクマネーを投じて“歪み”を修正、上場などを通じて果実を得る戦略である。USJはサービスに縁のない役人が運営にあたっているところに“歪み”があり、そこにビジネスチャンスがあった。しかも、仮に再生や修正に失敗しても、リスクを最小限に抑える「条項」を契約に盛り込んでいたのである。

250億円の増資には、「2012年までに上場できない場合は全額払い戻す」という違約条項があった。また、優先株の価格は1株4万5000円と、大阪市などが出資した時から1割ダンピング。しかも株式上場時に優先株1株が2株になる転換条件がつけられていた。



繰り返された市の過大投資

USJの増資の舞台裏を調べるきっかけは、大阪市議会関係者からの1本の電話だった。
「USJが外資のゴールドマンに乗っ取られることになったんや。えらい有利な条件で増資を引き受けるらしい。結局、また役所の失敗を、市民の税金で処理することになるんちゃうやろか」
それが、ゴールドマンが無利子融資などでUSJに深く突っ込んでいる政策投資銀行を巻き込んで増資を引き受けるとともに、金融機関の利害を調査、650億円を借り換えるという今回のスキームだったわけだ。

「また」というのは、昨年、破綻状態に陥ったアジア太平洋トレードセンター(ATC)など大阪市の第三セクター3社が、大阪地裁に特定調停を申し立て、市や金融機関が調停案に同意、金融機関が900億円余りの債権を放棄する一方、市が追加融資で463億円の金融支援を行なうなど、市民の負担が増した例があるからだ。この失敗も、行政の「甘い見通し」に基づく過大投資が原因だった。



「もうこれ以上は支援できません」と、市長は昨年3月、「白旗」を掲げ、6月にそれまでの大阪市OBに代わって社長に就任したのが、米国ユニバーサル社の最高経営幹部のひとりとしてテーマパーク事業全般に携わっていたグレン・ガンペル氏だった。テーマパークのプロであるガンペル氏が手掛けたのは、コストダウンを含めた財務構造の改善とエンターテインメント性の向上である。USJの本社事務所は、若いクルーが出迎えるエントランスを下りた1階部分にある。高橋丈太広報室長が、「ガンペル戦略」を説明する。

「8月24日に増資の払い込みが完了、借り換えの融資も実行されました。これで財務負担が減り、一定レベルの年間入場者数が維持できれば、順調に業績は回復、上場も視野に入ってきます。営業面では、大きなアトラクションを投入するだけでなく、イベントを含めたソフトを充実、ハローキティなどのキャラクターを増やすファミリーエンターテインメント戦略を取っています」

高橋氏もゴールドマン広報も、「契約」の具体的な中身については口が重い。ただし、1株5000円のプライスダウンや、優先株1株につき普通株2株の転換条件という、私が入手した情報が事実であることの確認はとれた。しかし、それはあくまで“確認”であり、積極的な開示ではない。大阪市の融資230億円は、11年間、支払を猶予した後、2016年の元金一括返済だが、これも開示情報ではない。大阪市の譲歩に次ぐ譲歩であり、そんな「再建策」は世論の「ハゲタカ外資」批判を再燃させかねず、積極的には表に出したくないということだろう。

日本経済の“歪み”全てが標的

では、200億円を投じたUSJの増資引き受けにはどんな「経済合理性」があるのか。7年後までに上場しなければ全額払い戻し条件がついていたり、普通株への転換条件が有利であったりするために、どうしても「したたかさ」が強調されるが、逆にいえば上場しなければ200億円を金利なしで“寝かせた状態”にしているわけで、そこには間違いなくリスクがある。もちろんゴールドマンには、上場を見通せるだけの計算があるわけだが、上場後、筆頭株主として運営にあたるかどうかは未定だという。

「将来について確かなことはいえませんし、現在想定しているということでもありませんが、上場後において、1部の株式を売却する可能性はありえます」(ゴールドマン・サックス広報)

この計算された「経済合理性」と、時々の政治・経済の状況に翻弄されたあげく、最後は自己保身に走る大阪市の一貫しない態度を比べるのは意味のないことである。経営権を失い、12年後の一括返済を呑まされ、上場益すら希薄化されながら市の役人にあるのは、一刻も早くUSJの“重荷”から逃れたいという安堵だけである。

この第三セクターの無責任体質、日本の金融機関が抱えるしがらみ、マーケットの原則を無視した規制や談合などが生み出す市場の“歪み”は、ゴールドマンにとって全てビジネスになる。

株式や債権の自己売買、M&Aのアドバイザーとして知られてきたゴールドマンが、今回の投資ファンドを活用した増資引き受けのように、ゴルフ場、ホテル、温泉旅館などへの投資を活発化させている。それは、会社をあげての戦略であるとともに、確実なリターンを見込めるだけの“歪み”が、未だに日本経済に漫然と存在するからだ。

ゴールドマンを率いるヘンリー・ポールソン会長は、経済紙の直近のインタビューで「日本は重要な戦略拠点であり、今後、さらに積極的に投資していきたい」(『日本金融新聞』05年6月27日付)と述べており、今後も様々な手法を駆使したゴールドマンの攻勢が予想される。

カネにものをいわせ、ビッグ・ディールに溺れ、手続きを無視、収益のためなら手段を選ばないと批判されることもある「ゴールドマン商法」だが、ビジネスチャンスを与えているのは、「経済合理性」を失った“狙われた企業”の側である。その実態を知ることなしに、「ハゲタカ批判」を展開するほど、虚しいものはない。




ゴールドマンサックス六本木ヒルズ店







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最終更新日  2005年09月18日 18時51分10秒
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