ハンサムネコ ☆アビ☆

ハンサムネコ ☆アビ☆

そんな職業



 ぼくはライターになりたかった。だから、賞と名のつくものには片っ端から投稿した。そして十分な実績を積んでから、会社回りをしようと考えていた。
 そんなある日。新聞の求人欄に、ぼくの望むライターの募集があった。締め切りは三日後に迫っている。
 ぼくは悩んだ。細かい賞でよければ、三回は受賞している。が、どれもが佳作どまりで、ジャンルもショートショートときている。はっきり言って、胸を張って豪語できる実績ではない。
 ま、やるだけやってみるか。
 そんな軽い気持ちで、ぼくはひとまず履歴書を送った。


 今、ぼくは編集プロダクションで忙しい毎日を送っている。ついに夢が叶ったのだ。主な仕事は雑用で、これは予想通りだった。新人なのだから仕方がない。
 しかし、苦労の先には希望がある。確実な夢が待っている。そう思うと、雑用にも真剣に取り組めた。
「おおい、タバコに火をくれるか」
 そんな突然の声にも、素早く対処しなければならない。やがて、ひとりの声は皆の声に発展する。とにかく、ここの編集の人はよくタバコを吸う。機敏に動かなければ、すぐに灰皿は溢れ返り、こだまのような怒鳴り声に見舞われる。
 呼ばれる声も、どんどん省略されていく。
「おおい、火をくれ」
「おおい、火」
 最後は「火」、一字である。
 ぼくはライターを持って、毎日、編集室内を走り回った。


 そして、一年が過ぎた。ぼくは何が希望で入社したのか、忘れかけていた。もしかしたら、雑用希望だったのでは、と思うこともしばしばあった。
 会社の昼休み。食べる気力もなくしたぼくは、隅っこに宛てがわれた自分の机に、ひとりで座っていた。右手にはライターを握っている。
 シュッ。
 ぼくはおもむろに、ライターに火を点けた。その火を前にして、ぼんやりと時を過ごした。
 すると、ある考えが浮かんできた。
「・・・・・・ははは、そんなことはないって・・・・・・」
 あのライター募集とは、もしかして・・・・・・。

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