唐朝バンド(ROCK)

唐朝楽隊
左から:陳磊・顧中・丁武・老五・趙年

唐朝楽隊 TANG DYNASTY

北京語:タンチャオ

北京のバンド。1988年丁武と 張炬が主となって結成したヘビーメタルバンド。後に老五(劉義君) と趙年が加入した。

丁武 :ヴォーカル、 劉義君 :ギター、 張炬 :ベース、 趙年 :ドラムス。

1990年2月、北京で3日間 開催されたコンサート「Modern Music 1990」に出演。

1990年 5月、「Modern Music 1990」で好評を博した唐朝は、北京で行われたコンサート「Asia Games Fond Raising Music Show」に招待された。

1992年、唐朝楽隊は台湾のRock Records(滾石唱片)と契約した。

1992年年末、1stアルバム『唐朝』を発売した。発売記念イベントは、北京の西単音像大世界で行われた。アルバムはその音楽性の高さから、中国で大ヒットとなる。このアルバムは台湾・香港・韓国・東南アジア・日本等、海外でも発売され、総売上枚数は、200万であった。メンバーの身長はみな180cm以上であり、ビジュアル面でも海外のハードロックバンドに決して負けなかった。

1993年4月、「夢回唐朝」のMTVが、“MTV”アジア最優秀MTV賞に輝いた。

1994年10月には、日本の福岡で開かれた“国際文化節”に参加、中国現代文化と新音楽の代表者となる。12月17日には、香港紅[石勘]体育館で開かれた“中国揺滾楽勢力”
中国揺滾楽勢力
コンサートに張楚・何勇・竇唯とともに参加した。

ロックバンドとして頂点を極めつつあったが、1995年5月11日に張炬が交通事故に遭い、死亡。ムードメーカーであった彼の死により、唐朝楽隊は解散の危機を迎える。しかし7月、元呼吸楽隊のベーシスト・顧中をメンバーに加え、活動を再開した。この時、[イ三]兒(Dr)がバンドの練習に参加したが、バンドに加入することはなかった。そして、深[土川]で小型のライブを行う。ただ8月には老五が脱退し、再び解散の危機となる。

2000年9月16日には、北京のオリンピックスタジアムで行われた“2000年現代音楽演唱会”に参加し、10年前に行われた“90現代音楽演唱会”に引き続き、中国を代表するコンサートに出場した唯一のバンドとして、その高い実力と人気を見せ付けた。10月5日には、虞洋が脱退し、陳磊が加わった。

2002年初、老五が復帰し、丁武がボーカルに専念することになった。



中心人物紹介 ―― 老五/劉義軍 LAOWU/LIU YIGUN
老五

北京語:ラオウー/リゥイージュン

劉義軍(劉義君)、通称は老五。1963年1月10日生まれ。身長184cm。

1989年後半、丁武と張炬に誘われて唐朝楽隊のメンバーとなり、リードギターを担当する。そして1stアルバムを製作、ドイツ・日本でもコンサートを開く。

練習の鬼で、毎日8時間もの間ギターの練習をしていた。そして唐朝楽隊に加入したことで、その真価が発揮され、1992年には雑誌『SPIN』より、「中国で最も偉大なギターリスト」と称される。

1996年、音楽的方向性の違いから唐朝楽隊を脱退した。

唐朝楽隊を脱退後に発表した作品でも、唐朝老五とクレジットされていた。しかし、その後のサイン等では中国老五と書いていた。

 2002年初になり、唐朝楽隊に復帰した。復帰した話は中国ロック界でも大きな話題となり、数多くのメディアが取り上げたほどである。老五といえば、第一に唐朝楽隊を連想させるほど、唐朝楽隊の中心的人物であるということができる。



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