マリィのつぶやき

2005年08月05日
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カテゴリ: 日記
オレンジさん


一言で言えばオレンジさんからもコメントしていただいたように
読み終わってさわやかな、希望が持てる気持ちになりました。



日露戦争という時代背景があります。
藤村は自身が教員だったのですが辞してこの「破戒」に取り組んだのだそうです。
それまでは散文ではなく詩を書いていたということは私はまったく知りませんでした。
どんな生活をしていたかは想像するしかないにせよこの破戒を書く間に彼の3人の子供は死んだということですから、大変な生活だったのでしょう。
妻も栄養失調になったということです。



しかし読んだあとは実にさわやかな「心持ち」になれました。







被部落差別民にとって、しかし実際はこんなことばかりではなかったでしょう。
ネットで調べるとこの破戒は実に否定的に捉えられています。


私の読んだ本は「岩波版ほるぷ図書館文庫」で昭和32年発行の岩波文庫版を現代表記に改めたものということですが、巻末に「野間宏」なる人物が1965年に書いたという文章を載せていて、そこで藤村の描く丑松に対する一種の非難の文章があります。

その文章によると
『明治になってそれまであった封建制度の名残が、なくなるどころか天皇制、軍事国家によって実はもっとひどい差別が現れた。・・・

しかし破戒は部落民の問題を取り上げ、人間が同じ人間から差別されるわけはないというところから問題を考えようとしながら、どうして人間は互いに対等なのかという理由を根拠付けることが出来ないのである。・・・

たとえばあれほど勇敢なたたかいをする猪子連太郎のような人物さえ「あゝ、いくらわれわれが無知な卑しい者だからと言って・・・」というように部落民を卑しい者として認めているのである。それゆえにこの小説は部落の問題を本質的にはなんら解決しないところに結末を見出さなければならなかったのである。

丑松は自分の教える生徒たちの前に土下座して自分の出身を告白してその後新天地を求めてテキサスに渡るというのだ。藤村が部落民の問題を人間の問題として十分考えつくすことが出来なかったことをあらわにしているのである。

「破戒」というのはこのようなことなのだろうか。破戒とは父の授けた戒めの意味を根底からくつがえす心を持って、みずからその戒めを破り去り、父にそのような封建的な戒めをもたらせたもの、不合理な社会に対するたたかいを宣言することでなければならない。テキサスへ新天地を求めるなどというのは逃げていくことを示すものに他ならない』、、、

とこうである。


テキサスのことは確かに話題になる。

しかし実際にテキサスへ行こうと決まった話はどこにも書いてはないのです。
そのころでいえばテキサスの日本人村の話なんかは実に壮大で夢のような話ではなかったか。
そのような世界に羽ばたくというような壮大なイメージを持たせるために藤村は使ったのではないかと想像する。


実際の物語の最後は自分が「えた」と告白したにもかかわらず、生徒の多くや土屋という親友、そしてひそかに心を寄せていた志保という子(娘)も、丑松を差別することなく今までと同じに、いやそれ以上の心を抱いて接する。

そして飯山を離れる時には生徒たちが学校をサボって見送りに来てくれる。




繰り返しになりますがこれは部落差別に限ったものではなく、もっと広い意味での人間の心の苦しみと告白、そして旅立ちという普遍の人間の生き方を描いた作品だと思うのです。

私は何の先入観もなくこれを読みそして普通にすばらしい文学作品だと思うことが出来ました。


破戒の感想は続きます。



原子爆弾を落とした機に乗っていた人が「謝罪しない」といった報道があったようですね。
謝罪すればいいのか、謝罪すればすむのか、でもやっぱ謝罪がほしいのか、、、どうなんでしょうね、私たちは。






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最終更新日  2005年08月06日 00時19分25秒 コメント(6) | コメントを書く


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