恋涙～ renrui ～

前世の追憶九

部屋には私だけで・・雪も夜兎もいなかった

私はゆっくり上体を起こし部屋を見回す、あの割れるような
頭痛はない

あの時声が聞こえた気がして。。躰のずっと奥のどこからか
別の誰かの存在を感じた

ぼんやり回想しているとノック音がしドアはゆっくり開く
私は雪かなと思い視線をなげかけると私の視線の先には

《あの男》がいた・・私は無意識に身を固くする、気構えるように
相手を見据え言葉を発する

『・・・何の用かな？』

此処は医務室、当たり障りのない質問で相手を伺う
ドアを閉め無表情だった顔に笑顔を見せ

「同僚を心配するのに理由がいる？桜花さん」

私はその笑顔に安心し気持ちが緩んだ

『ありがとう・・私は大丈夫。そういえば名前きいてなかった』

相手を安堵させるよう右手をヒラヒラ振り、相手を見詰め
会議室で自己紹介されたが私には夜兎が気になり他の人間の話など
聞いていなかった

ゆっくり近づき彼は私の目線に瞳を合わせるように屈み

『緑青秀です・・・覚えておいてください、梓さん』

まるで懇願するように喉の奥から滲みだすように声を出し
私の名を呟く相手に思わず頷いて返事をした

私は気になっていることを藤堂に投げかけることにし

「・・あの、変なこと聞くけど・・以前街中で私を見てなかった？」

本当に変なことを聞いていると思う、自分を見ていなかったなんて
自意識過剰ととられても仕方ないと覚悟し躊躇うよう目線をあげる

逆光に照らされた藤堂の表情はよく見えず

『・・とても美しい人だなぁと思って視線で追ってしまいました、すいません』

そう藤堂は呟くと私の手を一度握りにこりと笑った
私は手を取られ身を硬直させ動くことが出来ずに

「あっあありがとう・・変なこと聞いてごめんなさい」

謝罪を述べる私の髪に藤堂はそっと触れ立ち上がるとドアを
開けながら私を見て

『いえ・・ゆっくり休んでください。梓さん』

私は藤堂を目線で追いながら深く頭を下げるともう一度
ベットに横になる

ドアがゆっくり閉まる音と共に小さな声が聞こえた気がした
上手く聞き取れなかったけれど私は夢見に聞いたのだろうと
思いもう少し眠る事にし瞳を閉じる

　　　　　　　―　もう、渡さないよ・・・梓　―

そう聞こえた気がした。

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