完全を求める不完全な日々・・・

曖昧な現実・・・後編









「曖昧な現実」


自殺未遂 (1)




たとえ病人であっても

映画やテレビの主人公はいつも真ん中の陽のあたる場所に居る






石鹸の香りにさらさらの髪

理解のある優しい脇役

そんなものを見ると腹立しささえ覚える


「病気になったお陰でたくさんの素晴らしいものを得たわ・・・」

こんな言葉を聞こうものなら鳥肌モノ



現実の病人はあんなに穏やかでもないし綺麗でもない






血液は空気に触れると腐って臭いを放つ

髪は何日も洗わないと頭皮に潰瘍をつくる





それが嫌で真夜中の病棟のトイレ

術後の抜糸の済まない身体で痛みに涙を流しながら

髪を洗ったこともあった






こんなこと全ては

生きて居ればこそ

生きて居ればこそなんだけど・・・現実はとても厳しい







ただただ、楽になりたかった

薬や(睡眠薬・安定剤)お酒を大量に飲んで

意識が遠のいていく





あぁ・・・これで少しのあいだは何も考えなくてすむ

息をするのも嫌なほど落ち込んだ気持ちから開放される

唯一心からほっとできる瞬間だった






「曖昧な現実」

意識が遠のいていく瞬間・・・夢と現実のはざま



それこそが「曖昧な現実」





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「曖昧な現実」




自殺未遂 (2)





ある日仕事から帰ってきたら

自分の奥さんがお酒と薬を大量に飲んで昏々と眠り込んでいたら

旦那さんはどんな気持ちになるだろう


怒り?

憤り?

悲しみ?


とうとうわたしはそんな思いをさせてしまった








その日は内科の通院の日

改善の兆しさえ見えない血液検査の数値

「もっと頑張ってください」無責任な医師の言葉




パニック発作を起こして睡眠薬と精神安定剤とお酒を飲んで

布団に沈み込む毎日

こんな酷い精神状態でどこから「頑張る」を持ってくるの?

それにどんなに頑張ったってこの頑張りには終わりが無い

死ぬまで頑張り続けなければいけない

この人(医師)はそんなこと判って言っているんだろうか・・・大嫌い!!





心の病気のせいにしてDMの自己管理から逃げてはいけません

ウツの薬、睡眠薬、精神安定剤・・・そんなのもの飲んではいけません

だから、DMの人は言い訳がましくて困る

今までDMの担当の医師から言われたひどい言葉が蘇る






DM患者がウツを発症する確立はとても高い

何年か前の新聞の記事で特集していた



完治はしない・・・だから生きてる限りずっと

制限された生活に自己管理




50代で発症したとして

死ぬまで20年か30年

年をとればとるほど欲も無くなっていくように思えるけれど

それでもウツになる人がたくさん居るそう





母の遺伝を引き継ぎ

流産と父からのひどいストレスで

20代で発症してしまったわたしは

死ぬまで50年?60年?

やりたいことだって欲だっていっぱいある


始めてわたしをDMと診断した医師がこう言った

「こんなに早く発症しちゃって これから先、あなた本当に苦労するよ」





確かに世の中にDMの人はたくさんいる

中にはわたしと同じように若くで発病して苦しんでいる人も居ると思う

なによりもっと若く絶対インスリン治療が必要になる1型の人は本当に気の毒だと思う





でも、だからって

あなたはあの人よりもずっとマシなのよと言われても

なんの慰めにもならない

だって、わたしの苦しみや悲しみは痛みは

間違いなくわたしに中に存在して

わたしを苦しめ続けていることは紛れも無い事実なんだから







もう無理・・・

もうこれ以上頑張りたくない

今日で終わりにしたい







A1cや腫瘍マーカーの数値そんなものに振り回されるのはもうたくさん








病院帰りにワイン数本と今まで大好きだけど

食べるのをあきらめていたものをたくさん買ってきた







いつも何かを食べるときは罪悪感がいっぱいだった

こんなもの食べてまた数値が悪くなっちゃう

病院で「今回もまた悪かったね」って言われちゃう







食べるのが怖い、何を食べてもちっとも美味しくない

何か食べた後には必ずトイレにいって吐いていた時期もあった

摂食障害とは長い付き合い







だけどこれでもう終わりにしちゃうんだから

病院も行かなくていい、検査結果に怯えることもない

だからトイレに行って吐く必要も無い








美味しいお酒だった

美味しい食事だった





最後の晩餐







もう何もいらないね・・・










「曖昧な現実」



自殺未遂 (3)






大声で呼んでも身体を揺さぶっても全く反応しないわたし

後から聞くと主人はとても冷静だったようだ







呼吸の状態を確認して

どんな薬をどれだけ飲んだのかゴミ箱を調べ

これぐらいならと判断して

後々のことも考えて救急車を呼ぶ事は避けた







確かにそんなことになったら

近所付き合いや子どもの学校、果ては主人の会社関係・・・

人の口に戸は立てられない








はっきり意識が戻ったのは明け方

「のどが渇いた・・・」

持って来てくれたのは温いお茶

「冷たい水がいい!!」怒るわたし

こんなことしておいて(逆切れ)するなんて

普段のわたしからは全く考えられない








次に持って来てくれたお水は冷たくて美味しかった

それに一番のお気に入りのスヌーピーのコップ

彼が特に考えてそのコップを選んだ訳では無かったんだろうけれど

そのコップでお水を持ってきてくれたことがなんだかとっても嬉しかった









「そんなにしんどかったんか・・・」

それには答えずに





またこの、コップを使うなんて

この世でわたしに関係のあるもの全部に bay-bay したはずなのに

不思議な気持ちでそっとそのスヌーピーのコップを抱きしめた












次の日、彼は仕事を休んでずっと一緒に居てくれた

そして昼を過ぎてから突然出かけようと言い出した

向かった先は六甲山・・・二人にとっては思い出深い場所






出逢って三回めのデート

暑い日だったね

わたしはその夏一番お気に入りの

白い襟が付いた黒のワンピース

彼はお日さまの匂いのする真っ白なカッターシャツ







ピカピカの新車、始めてのドライブ

結婚した後でお義理母さんがそっと教えてくれた

「車持ってない事で振られたくないからって慌てて車買いにいったんやで」

・・・嬉しくて

ちょっと笑った










何年かぶりの六甲は

クリスマスの装飾をまとい

とても華やか








彼は彼なりに色いろなことを考えて

わたしをここに連れてきてくれたんだね









なのでもう少しここに居ます









「曖昧な現実」






解ける (1)





あれだけ憎しみや悲しみにおおわれていたわたしの心も

今はとても落ち着いている

それには肉親二人の死があったから







義理の父が三年半もの長い入院生活を経て亡くなった

脳梗塞で声を出すことも出来なくなり

それでも「良くなったら家に帰ろうな」との

主人の声にはかすかに反応していた









亡くなった夜

お父さんにとっては久しぶりの自宅

わたしたちはお通夜とお葬式の準備で夜中を過ぎても大忙し

そんな時、ふっ・・・とお父さんが耳元でわたしの名前を呼んでくれた

もちろん死んだ人が実際にしゃべることは無い 

でも、わたしは幽体離脱したり守護霊に会ったりと

霊感体質なのでそんなことは珍しいことではなく

父の声をすんなりと受け入れることが出来た








めんどうかけるな

しんどい思いさせて悪いな

いろんな意味が込められた呼びかけだった

そして久しぶりに聞くお父さんの声はとても優しかった

お父さんはもう痛くも苦しくもなくなったんだね・・・よかった







主人に「今、お父さんがわたしに声かけてくれたよ」と報告した

ちょっと休もうか・・・

コーヒーを淹れてお父さんの思い出を話たくさんした










お葬式をあげるということはとても大変なこと

たくさんの人の力や気持ちで成り立つこと




手間をかけて・・・

お金をかけて・・・

そして何より、心をかけて見送った・・・




あぁ。。。人が死ぬということはこういうことなんだな

実感した









わたしは死にたい死にたいとずっと思ってきたけど

心をかけて見送ってもらうようなことはまだ何も果たせていない







自ら死に向かうような行為は

今後一切しないようにしよう・・・硬く心に決めた








長く続いた死の呪縛から開放だった







光に解けてこの思い天までとどけ










「曖昧な現実」








解ける (2)





義父のとの別れからすると

実母の死は性急だった





そうして、

DMの末路はこんなに恐ろしいものなんだと実感した

直接の死因は義父と同じ脳梗塞

やはり倒れてから一言も会話することなく逝ってしまった






1ヶ月の入院期間

電車とバスを乗り継いで何度も何度も病院に通った

もう回復の見込みの無い死を待つだけの時間

丸イスに座り、母のベッドの柵に頭を預けて

いろいろなことをたくさん考えた







母が嫌いだった

だからいつも冷たい態度ばかりとっていた

それでもそんなわたしを責めることも無く

いつもわたしを温かく受け入れてくれた



母は母なりに自分の人生を生き抜いて来たんだ




そして最後の最後になってやっとそのことに気づく

自分はなんて愚かなんだろう





母の手をそっと握る

「わたしだよ判る?」ぎゅっと力を入れてみる

ぎゅっ母が握り返してくれた

判るんだ・・・?

判るんだね!

まだ母と通じ合えるそう思うと嬉しかった







昼下がりの病室

ベッドに頭をうずめて母と手を繋ぐ

二回ぎゅっとしたら母も二回

こんな時間いつまで続けられるんだろうか・・・不安な気持ちを抑えて

三回ぎゅっとしたら母も三回







白くて柔かな時間がわたしの心を解かしてゆく







白・・・解ける











「曖昧な現実」








解ける (3)







母の死を経て父の悪夢はなくなった










虫を吸い取った掃除機や

夢の中に出てきた架空の紫の人物と

義理の父や実母を同じ並びにするのは

おかしいかも知れないけれど







義父や母の死に

わたしの心の何かが解けて救われたのは確か












死の呪縛から解けた後、始めての精神科の診察

「やっとちゃんと話をしてくれるようになったね」

こう医師が言った









それまでのわたしは死ぬためにたくさんの薬が欲しくて

治療のためでは無く薬を貯めるためだけに病院に通っていた










余計なことを話して死にたいことがばれて

薬がもらえなくなることが一番怖かった








それに、一から十までの苦しみを全部言ってしまったら

「じゃあそんなに死にたくて辛いなら入院しましょう」なんてことになったら

みんながわたしのことを監視して死ねなくなってしまうそれも怖かった












本当に死にたい人ほど「死」という言葉は口には出さないで

その実行のために着々と準備を積み重ねてゆく






・・・きっと、そういうものなのです









diary0513a

















「曖昧な現実」






希望の光









どうして生まれてきたんだろう?

どうして生きているんだろう?

ここ何年もずっとその意味を考えてきた











主人と結婚して2、3年たったある日

ドライブ中にある神社の前を通った

「ぁ!わたしここの神社よく知ってる」






そこは結婚してもなかなか子どもが出来なかった両親が

願掛けのために通った神社

「お前は、ここの神さまに頼んで生まれてきた子なんやで」

初詣のたびに言い聞かされた











「俺もそうや・・・」と主人が驚いたように呟く

お義理母さんの実家がこの近くで

やはり結婚して子宝に恵まれなかったため

度々この神社に願掛けに通っていたそう












車を降りて二人揃って手を合わせた

うんん、二人じゃなくて

まだ赤ちゃんだった長男と・・・三人









何十年か前に、ここの神さまが

「願い通り子どもを授けよう、だから縁のある二人は

大人になったら結婚してまた次の代へと命を繋げていきなさい」

そんな思いの下、二人は出会って結ばれた

偶然じゃなく必然・・・そんなものを感じた












心の病気になった頃から

わたしはブログで自分の気持ちを綴ってきた

6年・・・とても長い歳月

今、時々それを読み返すことがある









悲しみや苦しみ痛みマイナスな言葉もあるけれど


それ以外の言葉もたくさん綴ってきた









花が好き

カントリーが好き

部屋の模様替えが好き

ぬいぐるみのらびちゃんが好き

粘土でミニチュアのケーキを作るのが好き



大好きなものを熱く語るこれもモノに対する「愛」










主人への感謝の気持ちや体をいたわる言葉

子どもの進路の悩みや将来を気遣う言葉

寝たきりになった義父を少しでも楽にさせたいと心配する言葉

実母が亡くなる前後の悲鳴のような言葉

たった一人になってしまった義母を大切にしようと決心した言葉












そう・・・どれもみんな「愛」

わたしはずっと「愛」を綴ってきたんだ

そんなことに気がついた










そうしてこれからも生きている限り

わたしは「愛」を綴り続けると思う
















どうして生まれてきたの?

それは・・・「命」を繋ぐため






どうして生きているの?

それは・・・「愛」を綴るため











たおやかに そして… したたかに






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