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「げ~!!」
その日、学校にいる紘満の手元には期末テストの結果があった。その成績は、普通ならば世間でいうよい成績というものに値した。しかし、順位が1位から7位に落ちていたということが、紘満の顔を曇らせる。
紘満たちが通う学校は、都内でも最高レベルの学園。そんな中で、この程度落ちたなんて嫌味に聞こえるが、実際、紘満にとっては大問題であった。唯一落ちていない教科があるとすれば、世界史である。
そもそもどうしてそこまでこだわるのか、それは紘満の妹が深く関係している。
「今日、そういえば12月12日ーーーーー・・・・。」
(私の誕生日、誰も祝ってくれないかもな・・・。)
紘満は寂しげにフッと笑った。


放課後、今日に限って空手部がないので、主将である紘満はしぶしぶ親友と帰路に着いた。
横にいる少女、その親友に名は、「仰木有季子」。
彼女は大阪で子供時代を過ごし、高校を東京に受けに来た、難波のあきんどだ。
「なぁ 紘満! どないしてん? めっちゃ暗ぁないか!あんた」
一応、ポーカーフェイスが自慢の紘満は、いきなり確信をつかれてドキッとした。
たどたどだった帰り足が、一瞬もたつく。
有友季はいつもそうだ。落ち込んでる時や悲しい時鋭い洞察力で簡単に私の仮面をひっぺがす。
「そ? って言うかどうする? この後マック寄ってく?」
かと言って、有季子は理由を知らない。言葉に詰まり、紘満は会話を切り返した。
「う~ん。やめとかん?寒いし・・・。」
「確かに・・・。」
そして二人はお互いにほほえむ。すると二人の間の間を暴風ならぬ冷風が駆け抜けた。
「寒いなぁ。もう12月やもんな~。」
肌に刺さってくる風は、同時に日暮れを感じさせた。まだ、夕方の4時だと言うのに空は青い絵の具を薄めたみたいに薄暗い。ネオンの明るさから離れれば、看板の字も見えないだろう。
「あ、せや! アンタ誕生日いつや?!」
まるで風の折り返しの様な有季子の声。不意をつかれた紘満は、一瞬有季子の意図が分からずに固まってしまった。
「あんなぁ、ウチの誕生日2月やろ?もうすぐやん♪
 ほんでな、ウチプレゼント欲しいんや!せやから、アンタの誕生日 終わってへんかったら、うちがいわったるわ」
なんだ、そっか、そうなんだ、ととりとめのないことを何度も心の中でつぶやく紘満。
(言いたくないな。有季子にだけは、家の事とか知られたくない。)
そんな紘満の心情を察しているのか察していないのか、常に明るい声で話す有季子に、感謝に近い何かを感じた。
「そしたらウチも気兼ねなくプレゼントもらえるしな~♪」
「絶対教えない☆」
「なんでー!!?」
「そう都合よくいくか。誰が教えるかよ♪」
「あー!!終わってへんやろ!その反応は~!」
「あははははは!」
そんな他愛ない、でも心地よい会話が続いた。


「ほい!これ」
言われるまで私は、自分にあげると差し出されたモノがなんなのか分からなかった。
なぜなら、今までただブラブラと街を歩いていただけなのだ。
「これ・・・何?」
まあ、当然の疑問だろう。
「う~んとな、よく分からんけどプレゼントや!」
「はぁ?!」
喜び、感謝などのどの感情よりも大きかったのは驚きだった。
なぜなら有季子は今日が紘満の誕生日だと言うことを知らないのだ。
「気にせんといて☆誕生日が過ぎても過ぎてなくても問題ナッシングや!」
「んなわけ ないじゃん!!」
そう言いつつも紘満の心は、恥ずかしいようなくすぐったいような安堵感に包まれていった。
「気にしない~気にしない~。」
そう言って有季子に強引に渡されたプレゼントは、今まで手に取ったどのそれよりも重く感じられる。
「じゃ、開けるよ。」
そう聞くと、有季子は満面の笑みを浮かべているのが目に入り、また、心地よい恥ずかしさを感じた。
カサッ
「腕時計だ・・・・。」
そこには黒一色のシックな時計が入っていた。
「あ・・・有難う」
そして私は、その時計をつけた。

ーーーーー不思議な時を刻む 時計をーーーー





もうすっかり冬なのだろうか。まだ5時半位だというのに、外は漆黒の闇と化している。
商店街、ビル、住宅地が並ぶ中、人気を感じない丘の上に、1つの豪邸があった。それが紘満の家であり、桐生家の別邸である。
本邸はロスにあるのだが、真澄の学習の事を考えた両親の配慮で、ここを自宅としているのだ。
どれも息を呑むほど豪華な造りの部屋の中、紘満の部屋だけは異質だった。
なぜなら、紘満はいつも思っていた。
”無駄にでかい部屋は 無駄に虚しくなる”と。
公家の家系が成長し世界へ羽ばたく大企業となった桐生家。私はその跡取りとして重宝に扱われてきた。
妹がIQ180の天才だと分かるまで。
しかしそれからは、豪華な部屋に急に誰もいなくなってしまったのだ。
だから私は知った。大きな屋敷でも、どんな豪華な装飾がしてあっても、誰もいない部屋こそ寂れたものはない。

コンコン
「はーい?」ふと聞こえたドアのノック音に、何だろうと思いながらおもむろに返事をした紘満。
「紘満様、ご主人がお呼びです。」
声の主は、ヘルパーの桂さんだった。しかし妙だった、桂さんは父専用のヘルパーなのに、何故ここにいるんだろう。
すると桂さんは、紘満の顔を避けるようにして顔を曇らせた。昔から桂さんだけは、紘満たち姉妹を差別せずに接してきた。
こんな桂さんを見るのは初めてだった。だからこその一抹の不安。いったい父が何のようだというのだろう。
「分かった、今行くよ。」


今の気持ちを言葉で表すとしたら、”抜け道があったら逃げ込みたい”、そんなものだろう。と、冷静に解説したところで、現状は変わらない。
真澄は父と母の間で照れくさそうに笑ってる。
コノ光景だけで、すべては安易に予想づく。
すっかり忘れていたが、今日は全学年テスト結果が渡ったのだ。きっと真澄は今さっき、両親に成績を見せたのだろう。
うかつにも私は、今になって考え込んだ。
(言い訳なんて考えてないっ!どうしようーーーきかれたらどうしようっーーー)
それだけが紘満の心を支配した。
「ああ 紘満、来たか。見てみなさい」
そう言うと父さんは私に輝かしい成績を見せる。
いちいち見せなくても真澄の成績がいいなんてしってるよ、そんなことを思いながら、私は何気なく成績表に眼を向けた。だが紘満のそんなアサハカナ考えは、見事に覆されることになった。なんと、オール100点だったのだ。
今までの100点は、まばらに、あるかないか位だった。
何より盟王学園でオール100を取ったことが、すべての常識をひっくり返したのだ。  
そして追い討ちがこれだ。
「紘満、これも見てみなさい。」
そう言い、今度は母さんが私に茶色い紙封筒を手渡した。
封をあけ、読み上げる。
「第×××回、全国模試ーーーーー1位?!」
「そうなの!すごいでしょう!!」
待ってましたと言わんばかりに、姉の私に妹の自慢をする母。
それを遠目に感じながら、紘満は呆然とする。
(そう・・・だよな、ーーーーーー真澄だもんなーーー・・・・。)
紘満にはいくら頑張っても、20位当たりが限界であった。
だが、それを軽々と超える真澄。
「ね!すごいわよね、紘満!!」
そして、同意すら求めてくる。
やはり、うなずかなくてはいけないのだろうか。
「あの盟王学園の先生も、真澄の事を天才だって言って下さったのよっ!!」
歓喜溢れる眼をして話す。
私に
ただ自慢をするだけの相手にーーーーーーーーー。
私に何をのぞんでるの・・・・?


何もかも仕方ないと割り切ってしまえたらどんなに楽だろう。
でも私は真澄の姉だ。
紘満は心の中にある混沌としたものをすべて押し切り、口を開いた。
「スゴイ・・・・・ね。」
不思議と、一度言ってしまうと次の言葉は思ったよりスムーズに出てきてくれた。
「スゴイ!すごいよ、真澄!!」
「へへ、有難う お姉ちゃん。」
あまりにも素直に喜ぶ真澄。
小さい頃から、あまり自覚のない天才だった真澄は、今回自分の力を確実に知る事が出来たであろう。
これでますます言えやしなくなった、紘満のテストの結果。
しかし、紘満は知っていた。言えるチャンスは今しかないという事を。
「あのさっ・・・・」
決意新たに開かれた紘満の重い口は、無残にも、父の言葉によって塞がれた。
「さあ!今夜はお祝いだ!」
紘満は自分の目や耳を疑った。あの日以来、こんな習慣がまたくるなんて思ってもみなかった。そして、嬉しく照れしくてたまらなかった。なぜなら父の顔からは、形だけでない笑みが溢れているのだ。
ああ、私にこんな笑顔を見せてくれたのは、何年ぶりだろう・・・・・・。
私の誕生日を祝うことにそんなに張り切ってくれるなんて。
毎年店の装飾の様につくった微笑みと、乾いた値段争いのプレゼントが、紘満の前に並べられていた。
だけど今年は違う。
そんな喜びとむず痒さが、さらに不慣れな感情を呼び起こす。

だがそれも、甘く虚しい夢だったと知らされる。
そして冷たい現実は、紘満の上に圧し掛かるのだった。
「ケーキも買ってあるのよ、「真澄」!」
そう言って母さんは、真澄の手を取る。
「いい酒があるんだが、「真澄」はまだ未成年だもんなあ」
そう言って父さんは、真澄に笑いかけた。

祝われたのは、私じゃなかったんだっーーーーー
紘満の胸に、悲痛な痛みと恥辱が電流のように走った。


やっぱり・・・・そうなんだ
このいえにわたしのいばしょがない・・・・・・・











あんなのはもう慣れてた筈なのに。
今 此処に立っていて歩いている自分に 意味を感じない。
頑張ることで何になるの?・・・・・・・・

翌日、紘満はだらけた気分で学校に来た。
冬の太陽が温かく街を照らしているのに、紘満の心が浮上することはなかった。
それをいち早く見破ったのも、やはり有季子だった。
「紘満ぃ、アンタ どないしてん?昨日に増してダークオーラ出とるよ~。
 何かあったん? 相談のるでー??」
その言葉は、紘満をグラつかせる。
言ってしまおうか、言って何の意味がある、この二つの気持ちが、同時に頭を駆けめぐる。
しかし、やはり言うことはできなかった。
こんな時は空手でもやれば、スカッとするのに、今日も部活はない。
今週一週間は、休止週間なのだ。なんというタイミングの悪さ。

いつもより明らかに少ない会話で続いていく帰り道。
有季子は私を気遣って、明るいネタばかり振ってきてくれる。
まるで、今日という日のためにためておいてくれたかのような、楽しい笑い話だった。
ただ、ぎこちないのは変わらない。
まるで、ワイヤーに一つずつビーズを通すかのような会話。
「ねえ 有季子・・・・・・」
紘満は、下を向いたまま有季子に尋ねる。有季子は、一体どんな笑い話がくるのだろうと、なにか勘違いをして期待していた。
「・・・・・・自分がさ、ココに居る意味って、なんだと思う?」
その言葉に、目を丸くする有季子。
「今、ココに手があって動いてる。
 足があって歩いてる。
 きっとそれって、すごく有り難いことなんだよね。
 ・・・・・・だけど、自分が居なきゃいけない必要性が見つかんない。
 ・・・・・・むしろ、ないのかもしれない・・・・・・・・・。」


        ザァァァ


木がざわめきの音を奏で、二人の間に、とうとう本物の沈黙が生まれた。
どれくらい、そうしていただろうか。突如有季子は重い口を開けた。
「・・・・・アンタ」
そこまで言いかけたとき、一人の男が話しかけてきた。
「は~い、お嬢チャン達。そこまでよ~」
その男はどうやら露店を開いているようで、オネエ言葉が妙に怪しい。
「誰やアンタ。見ない顔やな~、ここらで店開くの初めてやろ??」
さすがはなにわの商人(あきんど)。初対面なんて関係なしにずかずかと話していく。
「アタシは”空間屋”」
その男は言う。
「世の中のいろいろな世界や空間に人を案内したり、過去や未来、ましてやパラレルワールドなんかにも行けちゃったりするのよv」


     ”コイツ ヤバイッ!!”


二人は同時にそう思い、シカトを試みる。
そして、もと来た道を逆もどりした。
「有季子、そういえばこの間貸した●●●●の映画見た~?」
「あ!見たで~!!もう、めちゃめちゃラストが良かってんvv」
「そうそう、とくに●●●の決め台詞がカッコイイ!!」
「そやそや~v」


「あ!ちょっと!酷いじゃない!二人してシカトなんてさ!!」
あまりの待遇に男はわめいた。
「何かいってるぞ」
「ほっとけ」
そう言い、すたすたと足を速める二人。
「んもう!せっかく説明してあげようと思ったのにぃ!
 こうなったら、早速やっちゃうわよ!!」
どんどん離されていく男が、何かやると言い出した。

「時空超界!!」
そう言ったと思ったら、あたりは一瞬の光に包まれた。
そして、その光が消えた頃には、紘満と有季子の姿も消えていた。


  ”お嬢チャン達。料金は後払いでいいわよ”

そんな言葉が、二人の頭の中に響く。



どの空間へいくかは
あんた次第ヨ
                迷える子羊さんタチ








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