あま野球日記@大学野球

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2020.03.21
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カテゴリ: 日本野球史
​  ​1953年(昭和28年)秋、ニューヨーク・ジャイアンツが来日した。第1戦の対巨人戦はスコア12-1で一蹴したが、5回表、三塁走者だった ダリル・スペンサー がホームスチールを成功させ、見ている観客を驚かせたという。​

 ダリル・スペンサー。この時から11年後に阪急ブレーブスに入団し、メジャーのベースボールを日本に惜しげなく伝えた。阪急の選手といえば、リアルタイムで覚えているわけはないけれど、 ​ ​米田哲也​ ​、足立、梶本らの投手陣に女房役の岡村、そしてこのスペンサーの名を思い浮かべる。昭和の残り香とともに、と言うか・・・(笑)

 そして1965年(昭和40年)、南海・ ​ ​野村克也​ ​とシーズン終盤まで本塁打王を争ったが、10月2日、交通事故を起こして足を骨折し万事休す、野村が三冠王に輝いたことがあった。当時の球界では「外国人にタイトルを獲らせない」といった風潮があって、露骨な敬遠策もあった。

(これは2001年、タフィー・ローズが55本の本塁打を放ちながらも、王貞治の本塁打記録を超えさせまいと勝負しなかった日本球界の策とダブって見える)。


 スペンサーといえば、wikipediaによれば、”投手や捕手のクセを見抜く眼力”に優れていたらしい。そして野村は、後になって 「日本の野球界を変えたのは、スペンサーとブレイザーだった」 と述懐したという。
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Last updated  2020.03.21 00:40:10
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