とある田舎の喫茶店

とある田舎の喫茶店

後編


「な、なんか今回はいつも以上に強烈だったみたいだけど……」

 目を開けたところにはよく知る二人の引きつった顔が映っていた。
 今日は衛の珍しい顔を二回も見れたな……となんとなく思う。
 頭がぼやけていることを承知の上で、わざと思い切り上半身を起こした。

「うおぉっ!?」

 春樹の驚く声が波打ちながら脳みそに届いた。

「ちょ、秋斗、大丈夫なの?」

 衛の言葉を聞いて試しに右手を握って首をまわしてみた。
 関節は動くし骨も折れていないが、体中アザだらけになるだろうと理解できるくらい身体のあちこちが痛かった。
 それでも命があるのだから御の字といっていい状態なのかもしれない。
 一応心配させないために言い放つ。

「大丈夫だ。……それよりも衛、優は?」

 辺りを見回すが優の姿はない。

「え? ……あ、うん、優なら走って出て行ったけど……」
「そうか、ありがとう」

 戸惑う二人を置いて、俺は教室を出て行った。







             ■





 秋斗が出て行った教室で、春樹と衛の二人は一緒に机やら椅子やらを元にもどしながらいつもとは違う雰囲気の話をしていた。

「さて……いつものように見えてなんか違うように俺には見えるけど、どう思う?」
「さあ……でもさっき春樹が言ったことが本当なら、いつものようにはいかないんじゃない?」

 それはずばり、優は秋斗のことを好きなんじゃないか、ということだ。

「やっぱそうだよなぁ……俺としても今の話はけっこう当たってると思っているんだけど……それを聞いて兄としてはどうよ?」
「別になんとも思わないよ。妹の恋愛なんてぼくが口をだすことじゃないし。でも……」
「でも?」

 衛ははにかんだ笑みを見せた。

「秋斗だったら安心かな?」

 その表情に春樹もつられて笑顔をつくった。

「ほほう、兄としてはそうお考えですか……しかし、今の騒動でどう動くかわからなくなっちまったな……」

 まいったと言わんばかりに頭を掻く春樹に、衛は厳しい声音で返した。

「でもあれは秋斗だけじゃなくて春樹も悪いよ」
「わかってるよ……一応あんな話を振った俺にも責任はある。今から二人に謝りに行くよ」
「そういうことならぼくもついていくよ」
「……なんか、お前って優の保護者みたいだな」
「あはは」

 机を元通りに直した二人は教室を出て行った。
 その先にどんな顔をした秋斗が待っているとも知らずに。







              ■







「くそっ、どこにいったんだ優の奴は!」

 すぐに追いつくだろうと思っていた優の姿は一向に見えなかった。
 今さらながらに考えてみれば足の速い優が全速力で駆けていったのなら俺に追いつけるわけがない。
 だが必ずいつか立ち止まるわけだし、あれほどまでに怒らせてしまったら、走って捜さないわけにはいかなかった。
 そこでようやく優がいつも屋上を拠りどころにしていることを思い出す。
 それまで忘れていた自分に驚いてしまうほどだった。
 いつも屋上でなにをするでもなく、フェンスによりかかって空を見ている優の姿は、今まで何度も見てきたというのに。
 屋上への階段を一気に駆け上がり、勢いよくドアを開け放った。
 しかし。

「あれっ?」

 そこには誰もいなかった。
 じゃあいったいどこに行ったというのか。
 一応屋上の真ん中まで歩いて見回してみるが、隠れるところなどない屋上に優の姿を見つけることなどできるはずもなかった。
 他を探そう。
 そう思いドアに向かって歩き出したときだった。
 ドアが静かに開いた。
 そして出てきたのは――。

「衛……」

 双子の水色のリボンをつけていない方、衛だった。
 下がった眉がこちらを見つめる。

「秋斗……どうしてここに?」
「いや優を探してるんだけど……」

 いったいどこにいるのだろうかと思案暮れようとしたとき、ふと衛の疑問の声が耳に入ってきた。

「捜してどうするつもり?」
「いや、なんだ……その……謝るつもりだよ」

 なんでそんなこと聞くんだと思った。
 いつもの衛とは違って少ししつこい感じがした。
 一応答えても、衛の表情は真剣なものから変わらない。

「なんて?」
「……ゴメンって」
「それじゃあ何を謝ってるのかわからないよ。もっと具体的に言わなきゃ」
「具体的にって……それは……あんなヤツなんて言ってごめん。あんなこと思ってない……って」

 なんだか衛にこういうことを言うのは恥ずかしかった。
 それでも衛はさらに踏み込んでくる。

「それだけじゃただのその場しのぎにしか聞こえないよ? そんなのじゃ優は傷つくと思う。だって優はたぶん……」
「……たぶん?」
「秋斗のことが好きだから」
「!? ……そ、そんなことは……」
「ないって言える?」
「――っ……」
「秋斗は優のことどう思っているのさ?」

 明らかにいつもの衛とは違っていた。
 でも衛の言葉を考えないわけにはいかなかった。
 それはいつも考えないように逃げていた、俺は一番向かい合わなければいけない問題だったから。

「俺は……別に……嫌いじゃない」
「嫌いじゃない? そんな曖昧なことじゃ……」
「あぁ! わかったよ! 言えばいいんだろ言えば! 好きだよ! おれは優のことが好きだ!」

 もうこんな話はとっとと終わらせたかった。
 衛にこんな話をするのは優の保護者に話しているようで異様に恥ずかしかった。
 自分の顔が真っ赤になっているのが嫌というほどわかった。
 すると衛はふっと、それまでの真剣な顔を崩して、いつもの柔和な笑みを作った。
 その顔で話がついたのだとわかり、俺は衛へと不満を告げる。

「ったく、なんでこんなことお前に言わなきゃいけないんだよ……」
「ほら、一応優の兄だからさ。でも安心してよ。妹は――優は秋斗のことが好きだから」
「……なんでそんなはっきりいえるんだよ……」
「双子だから」

 にこっと笑う衛の表情には、根拠がなくても妙な説得力があるように感じた。

「じゃあ頑張って。そのうちここに来ると思うしさ」

 そう言って、衛は俺が何かを言うより早く、扉を開けて出て行ってしまった。
 やがて頭の中では衛の言葉が反芻された。
 頑張って。
 この言葉にはどういう意味が込められているのだろう。

「……それにしても、衛が優のことに首をつっこむなんて珍しいな……っと、そんなことかんがえてる場合じゃないな。どうやって謝ろう……」

 あれこれ考えているうちに、その時はあっさりとやってきた。
 ゆっくりとドアノブが回る音がした。
 来た。
 心臓が大きく高鳴りだす。
 ゆっくりと開けられたそこには、いつも以上に怒った少女の顔が――――あるはずだったのだが。

「あれ? 秋斗……しかいない。おい衛、優がいないぞ?」

 出てきたのは春樹だった。
 そしてその後ろからは衛が姿を現す

「なんでまた衛が来てるんだよ……」

 ぼそりと呟いた声は衛には届かなかったようだ。

「あれ、本当だ……秋斗、もう謝ったの?」

 ……?
 どう考えてもおかしい一言だった。

「なに言ってるんだよ? お前ついさっきまで一緒にいたじゃねえか。そんなに早く済むわけないだろ」

 すると春樹と衛は顔を見合わせて揃って怪訝な表情をした。

「さっきまで? なんのこと?」
「お前何言ってるんだ? 衛は今まで俺と一緒にいたんだぜ?」
「はあ? どういうことだよ。今の今まで衛はおれと話してたじゃないか?」
「……ねえ、秋斗なに言ってるの? だから僕は今の今まで春樹と一緒にいたんだってば。それよりもう謝ったの?」
「い、いやまだだけど……ってそれよりもさ……今まで衛が春樹と一緒にいたんなら……」

 混乱した頭で考えても答えは思うように出なかった。
 だがふと、衛が大変なことに気づいたように恐る恐る口を開いた。

「ねえ、もしかして秋斗がさっきまで会っていたのって……」

 ……。

「「……」」

 長い沈黙。
 そして俺はその間で全てを悟り。

「あ……あのアマァぁぁ――――っ!!」

 思わず全校生徒に聞こるほどの大音量で思いをぶちまけた。
 きっとその声が届いたであろう、水色のリボンをつけた少女が、自分の知らないどこかで、クスクスと微笑んだ気がした。




~~あとがき~~

ビバ、甘酸っぱい青春。
なんか設定的に無理あるところがあったりするけど気にしちゃ駄目です。
かなり初期に書いたものなんですから。
一応2008年6月8日に修正したので文自体はちったあマシになったと思います。
一応内容的にはこれが最初のオリジナルってことで。

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