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198904
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とある田舎の喫茶店
ラッキーイーター
「姉貴さ~、彼氏いねえのかよ~。クリスマスイブくらいスウェット着て家でゴロゴロなんてやめろよなー。今日俺の友達来るんだからさ」
「ああ? 彼氏? そんなもんいたらこんなことしてねえっつーの。第一友達が来るからってどうなのよ」
「『お前の姉貴彼氏いねえのかよ』とか言われるだろ。恥ずかしいからせめて居間じゃなくて自分の部屋にいてくれよ」
「大丈夫よ。もしそんなこと言ったらこの先一生その友達はこの家から出られなくなるんだから」
「さらっと怖いこと言ってんなっ!」
現在我が家には俺と姉貴しかいない。両親はと言えばクリスマスイブということでいい歳してデートなんかに行きやがった。
おしどり夫婦っていうのはこういうことを言うんだろう。
だけど息子としては全然うれしくないのはなんでだろうな。むしろ悲しいくらいだ。なんで俺には恋人がいないんだ。おまけに姉貴にも。
「とにかく、あんまり醜態さらさないでくれよ」
そういい残して俺は自室へともどっていった。
「おい、知ってるか? ラッキーイーターって」
「ラッキーイーター?」
俺とは違い、クリスマスイブに男二人でいることになんのむなしさも感じていないのか、アキヒロが完全にリラックスした様子でポテチを口に放りながら言った。
「The worldの話だよ。昨年の12月24日。ある一人の女がThe world……マク・アヌに現れたんだ。その女が今年も現れるんじゃないかってBBSで密かに話題になってる」
「その女が何をしたって言うんだよ」
「それを言ったらおもしろくないだろ?」
「……は?」
眉をひそめる俺にアキヒロはにっと笑ってみせた。どこか優位に立っているような顔でポテチをもう一枚口に放り込む。
「俺はこれから用事あるからThe worldできないんだよ。だからさ、お前今日The worldにログインしてみろ。たぶんその女が現れるのは夕方から夜にかけてだ」
なにが「だからさ」なのかよくわからないんだが。
というかそれよりも気になるのはだな
「用事って、お前まさかとは思うが……」
「いやぁ~もう滑り込みセーフって感じだよ。まさかイブまでに彼女ができるとはな~。今年は最高のクリスマスイブになりそうだぜ」
「帰れ! 今すぐ帰れ! そして二度とこの家の敷居をまたぐな!」
「はははは、そうさせてもらうよ。そろそろ準備をしなければならないのでね」
そんな余裕たっぷりの笑顔を向けられて殺意が芽生えた俺だがなんとかしてそれを押さえ込み、アキヒロを玄関まで見送った。
「じゃあ楽しいクリスマスイブを」
「だまれ! お前なんか振られてしまえ!」
「ははっ、そんなひどい君には躊躇なく言えるよ。……この負け犬がぁっ!」
「てめっ――」
「二度と来んな」そう言おうとしたところで、俺はまるで火事に逃げ出す住人のようなけたたましい足音を聞いた。
振り返れば姉がこちらへと猛然とダッシュしていた。その顔に浮かぶ感情は「怒」。そしてその手には350mlのビール缶。揺れてこぼれまくっているところからするとまだ中身が十分残っているようだ。
姉はそのまま俺の横を通り過ぎたところで、ビールを持った側の腕を思い切り後ろへとやり―――
「死にさらせぇぇぇぇぇ!!」
投げた。
「―――ゴフッ」
ビール缶はアキヒロの後頭部を直撃し、アキヒロはその場に倒れた。
アキヒロが立ち上がるよりも前に、俺は玄関のドアをしめて姉と向き合い
ぐっ
同時に親指を立てた。
ああ、なんて、なんてすがすがしい。
これぞ俺が尊敬する姉の姿だ。「負け犬」という言葉にあそこまで俊敏に反応してくれるとは。
恋人がいるやつなんて地獄に堕ちてしまえ。
そんな共通意識を、言葉を交わすことなく再確認した俺と姉は、無言のままそれぞれの自室へともどっていった。
「ったく、これだからクリスマスは嫌なんだ」
ゲームの中もリアルもなんにも変わらない。
クリスマスにゲームなんて。親父は前にそう言っていたがそれは古い考えだ。
今やリアルとゲームの世界に違いなんてない。
クリスマスにゲームなんて、じゃない。クリスマスだからゲーム、なんだ。
その証拠にこの光景を見たらいい。
「カップルカップルカップルカップル。うらましいねまったく」
周りを見渡せばカップルばかり。一人で楽しそうにしているやつなんてほとんどいない。
独りでいるやつはそのほとんどがどことなく居場所がなさそうにしているか、「自分には関係ないね」と言わんばかりの仏頂面をしているだけだ。
俺も悲しいことに前者に入っていると言わざるを得ないだろう。
ではなぜ俺がわざわざそんな悲しい思いをしにこの世界に来ているかと言えば、アキヒロにある話を聞いたからだ。
「なんだよ“ある女”って……。意味わかんね」
クリスマスイブになるとある女が現れる、らしい。
昨年も現れたからと言って今年も現れるとは限らないじゃないか、と思うのだがリアルでは特にやることがないため、暇つぶしになるのなら、程度で来たわけだ。
「でもそれらしき女なんていねえけどな……」
そう思ったとき、一人のPCが、カオスゲート前で突っ立っている俺の横を通り過ぎていった。
俺は目をしばたかせた。
その女の姿が、サンタクロースのそれだったからだ。
見事なブロンドをサンタの帽子の下からさらさらとなびかせて、下はズボンではなくミニスカートだった。
テレビに出ているどこぞのアイドルがコスプレでもしているのかのような目立つ格好だ。
「すっげえ美人」
格好もさることながら、それを抜きにしても目立つだろうということが容易に想像できるほどに、彼女の顔は整っていた。彼女がもしリアルに似せてエディットしたのなら是非一度リアルで会いたいものだ。
これほどの美人だ。どうせ今から男のところに行き、その艶姿を披露するのだろう。
そう思ったのだが、どういうわけか、彼女は小走りである一組のカップルへと近づいていった。
そして
「だれよこの女!」
男に怒鳴りつけた。
「え、な、なにあんた」
彼女らしき女性は戸惑いながらも、いい雰囲気を邪魔されたからかあきらかな敵意をサンタ女に向けている。
男のほうの知り合いか。
言葉から察するに男が二股をかけていたのか。
こんな美人の彼女がいたのにクリスマスイブには他の女とデートか。なんて男だ。
そう思いながらその男に視線を向けた。
「な、なんですかあなたは」
あきらかに戸惑っている風な男。
そこで俺は違和感を覚えた。
「前にあなた言ってくれたじゃない! クリスマスイブは一緒にいようねって! なのに!」
「はあ? あんた何言ってんの!? シャンクは私とクリスマイブを過ごすって前から約束してたのよ!? あんたみたいな知らない人と約束するわけないじゃない!」
「シャンク! どういうことなの! 彼女と別れて私と付き合ってくれるって言ったじゃない! クリスマスイブは私と一緒に過ごしてくれるって言ったじゃない!!」
その言葉に男の彼女らしき女は目を見開きながら男へと向いた。
「どういうこと!? シャンク説明して! この女は誰よ! 二股かけてたの!?」
「ち、ちがうよ! こんな人なんか知らないよ!」
「――っ、ひどいっ」
男の言葉に、サンタ女の目から涙がこぼれた。
それを見た彼女は
「シャンク、あなた―――っ」
―――パァンッ
男の頬を思い切り打った。
「うわっ、いったそう」
自分のことでもないのに反射的に頬に手を当ててしまった。それほどに痛烈なビンタだった。
そんな観客(俺)がいることにも気づかず、サンタ女は目じりに涙を溜めながら
「最低――っ」
そう言って、カオスゲートの方―――こちらへと走ってきた。
カップルはと言えば……かわいそうに。彼女の方が怒ってどっかに行ってしまうところだった。
呆然とたたずむ彼氏。
なんて哀れな男だ。
俺はもうわかっていた。あのサンタ女がアキヒロの言っていた“ある女”だ。
それを裏付けるかのように、サンタ女は俺とすれ違いざまにぼそりと言った。
「あ~、た~のしっ」
見ず知らずのカップルの仲をぶち壊す。
なるほど。ラッキーイーター(幸せ喰らい)か
「次いこつぎ~」
おまけに被害者は一組だけではないらしい。
この後クリスマスのハッピー気分をぶち壊されるカップルが何組出ることやら。
それにしても
「なんて趣味の悪い女なんだ……」
人の幸せを食うとは。
「もういいや……なんて女だ。俺まで悲しい気分になってくる。落ちよ」
事実を知る者として一応被害者たちに同情しながら、俺はこの世界から身を消した。
「えっと牛乳はあったっけなあ……」
冷蔵庫を開けて、いつもドアのところにあるはずの牛乳を取り出そうとた俺は
「ん? ケーキ?」
コンビニで買ったような透明の容器に入ったイチゴのショートケーキを見つけた。
自分は買った覚えはない。
親だったならば姉弟二人分買ってあるはずだ。
ならばこれを買ってきた人間は一人しかいない。
しかし姉はイチゴが嫌いだったような記憶があるのだが……。
「じゃあこれはだれが買ってきたんだ?」
・・・。
「姉貴に聞いてみりゃいいか」
姉が違うと言ったら食べてしまおう。こんな安っぽいケーキなら責められてもすぐに買ってこれる。
階段を上がって姉の部屋の前まできた。
さすがにノックもせずに入るほど無粋ではないつもりなのでノックをしようとして、その声を聞いた。
「だれよこの女! 前にあなた言ってくれたじゃない! クリスマスイブは一緒にいようねって!」
・・・?
今姉の部屋から聞こえた声はなんだろうか。
考えるまでもない。姉の声だ。
では今の言葉の意味はなんだろうか。
姉の部屋には姉一人しかいない。姉が誰かと話しているとすれば電話か……The worldしかない。
しかし今姉は「“この”女」と言った。つまり他の女が近くにいること。
それを考えればThe worldしかありえない。
そして今の言葉には聞き覚えがある。
のだが。
「……ケーキ、食べちゃお」
今まで漫画か何かだけの話だと思っていたが、俺は痛感した。
世の中には、知らなくてもいいことがある。
翌日、二度と来なくていいという言葉をあっさり無視したアキヒロは我が家を訪れ、昨日の後頭部ビール缶直撃事件と、できたばかりの恋人とのデートの話を延々としやがった。
先の事件については俺はもちろん謝らなかった。
なぜなら俺はあの時ほど姉を尊敬したことはないと自信を持って言えるからだ。
そしておまけとばかりに帰り際、玄関でこう聞いてきた。
「ああ、そういやお前、ラッキーイーターは見れたのか?」
はじめからその質問が来るのはわかっていたことだ。
だから俺はあらかじめ用意していた言葉を言ってやった。
「お前、その女の恐ろしさを垣間見てるよ」
アキヒロの後頭部にできているであろうたんこぶを見つめながら。
~~あとがき~~
なんだかえらく時間かかっておきながらグダグダすぎる話になってしまいました。お粗末このうえない。
今回はいつにも増して集中して書くことができなかったなぁと思います。
すべてはクリスマスイブに一人きりでいるむなしさのせいです(待て
ちなみにあのショートケーキは姉がコンビニによったときに、彼女の魅力を理解する数少ない男である店員がプレゼントしたというしょうもない裏設定があったり(しかも無理ありすぎるし
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