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とある田舎の喫茶店
タヅル狂騒曲
その電話はちょうど風呂からあがってベッドに座りながら髪の毛を拭いていた時にかかってきた。かたわらで着メロを響かせた携帯のサブディスプレイには一文字だけ「母」とある。
母から電話がかかってくるのなんて数ヶ月ぶりだ。それも当然と言えば当然。一人暮らしをしている娘が中学生か高校生ならともかく、自分はもう先日三十路を迎えた立派な社会人なのだ。母からの電話。そう考えただけであまりいい気はしない。確か前にかかってきた時は実家のお隣さんであるおじいさんの葬式だった覚えがある。
なんとなく嫌な予感がしたが出ないわけにもいかず、結局通話ボタンを押した。
「もしもし、母さん?」
「ああ、たづる。お前今度の連休帰ってきなさい」
「なに、いきなり。何か用でもあるの?」
「お見合いよお見合い」
「はああ!? なにそれ! やだよそんなの!」
「やだよじゃないわよまったく。あんたももう30でしょ? そろそろ結婚してもいい歳じゃない。この前だって井垣さんとこの娘さん結婚したし……あんただってこのまま独身でいるつもりじゃないでしょう?」
「そりゃそうだけどさあ」
「だったら今度の連休帰ってきなさいよ。写真見るだけでもいいから」
「ちょ、待……切っちゃったよ……」
携帯電話をベッドの上に放り投げると、そのまますぐ横に仰向けに体を倒した。
唐突にも程がある話だったが、その一方でまあ来てもおかしくはないタイミングだなと思える自分もいた。
昔の母の写真を見ればわかるが、母は自分とは違い若いときは女性らしい女性だった。容姿は整っていて控えめな性格だった……というのは父の話だ。今は綺麗さっぱりその面影はなくなっているが。
モテモテだった母は22歳の若さで結婚して翌年自分を生んだ。そのため30歳でもまだ独身でいる娘のことが心配でしょうがないのだろうということは容易に想像できる。
だからと言って。
「こっちの意思は無視かよ。ったく……」
お見合いなどまっぴら御免だ。
未だ独身でいることに危機感を覚えていないわけではない。ないのだが、お見合いしてまで結婚に急いでいるわけじゃない。……いや、結婚なんて急いでどうにかなるものではないと思っているのだ。
来るときは来る。来ないときは来ない。自分にはまだそのタイミングが来ていないだけだ。自分にそう言い聞かせている。もっともそれは今の自分の状況に対する言い訳だということもわかっているのだが、それをはっきり肯定してしまうとショックとともにアイデンティティも失ってしまいそうでなんとも難しいところなのだ。
「あーもー! 母さんのせいで嫌なこと考えちまった。決めた、今度の連休は絶対に帰らねえ」
一人愚痴ってうつ伏せに寝転がった。
結婚のことを考えてしまうといつもこうだ。思考回路が必要以上に働いてしまいテンションは急降下してしまう。
そしていつまでもそのことを考えてしまうのだ。
そうして物思いに耽っているうちに、いつの間にか意識は闇の中へと落ちていった。
■
「おはよーございま~す」
大神たづるが目をこすりながら職員室の戸を開けると、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。
ロリ巨乳波多野に話しかけているマッチョ墨田に、ニコニコ笑顔を携え「そうなんですかー」しか返さない波多野先生。いつ見てもパソコンとにらめっこしている物理の金縁眼鏡白井に、偉そうに椅子にふんぞり返って茶を啜っているバーコード教頭。
たづるは自らのデスクに座り先日やったテストの解答用紙を引き出しから取り出す。そこでふと談笑の声が耳に入ってきた。見てみれば数人の教師たちがテレビを観ながらなにやら盛り上がっていた。
「え、なに? この娘結婚したの?」
「ええ、出来ちゃった婚らしいですよ」
「まだ19歳なんですってねー」
「19歳!? そりゃまたずいぶんと若いねー」
「最近多いですよねー。若い子の出来ちゃった婚。」
「最近の若い子はどうなってのかねー。私が若いころはそんなことなかったのに」
中年の男性教師と若い教師二人の会話をBGMに、たづるは途中まで終えていた採点を始める。
そのときだ。
「いやあ、嘆かわしいですな。こうも若すぎる結婚の報道が続くと」
たづるが向くとそこにはおでこを光らせた教頭が笑みをつくって立っていた。
――うげえ……。
たづるは内心で嫌な顔をする。
たづると教頭は俗に言う犬猿の仲だ。型破りな教師であるたづるは教頭にとってトラブルメーカーでしかなく、つばを撒き散らしながら説教をする教頭に対し適当に返事をするたづるという構図は、今まで職員室の中で何度も見られた光景だ。
もっとも二人ともいい大人。普段からいがみ合っているということはなく、たづるは面倒なため極力教頭と関わらないようにしている。
ところが教頭の場合は違う。
「芸能人というのは生徒らに影響を与えやすいですからねえ。若い歳で妊娠、結婚というのはやめてほしいものです。大神先生もそうは思いませんか?」
「ええ、そうですね」
教頭がたづるに話しかける理由はただひとつ。嫌味だ。
たづるは極めて抑揚のない声でそう返すと、勝手にしゃべってろと言わんばかりに再び採点にもどった。
だがそこで止める教頭ではない。教頭はにこやかな笑みをつくるがその目はいやらしく弧を描いている。
「その点、大神先生は素晴らしいですな。その歳で独身を貫いているとは、いやはや教師の鏡ですよ」
もはや意味のわからない言葉だったが、教頭にとっては嫌味を言うことが大事なのだ。
その効果は確かにあった。たづるはペンを持つ手を止めると、教頭の視界に入らない口の中で歯を軋ませる。
そしてぼそりと声を漏らす。
「いつかむしりとる」
「ん? なにか言ったかね?」
「いえ、なにも。解答を読んだだけです」
「……」
教頭は訝しげにたづるの横顔を見るが、たづるの目はテストの解答用紙から離れていない。
目を細めながらも教頭はそのまま無言でたづるの元を離れていった。
たづるの持つペンが軋みをあげていることに気づかぬまま。
■
廊下を歩くたづるはいつも通りのやる気のない顔をしていた。
さきほど教頭に嫌味を言われたばかりだというのにその顔に怒りはない。
それもたづるにとっては当然のことだった。たづるはすでに慣れているのだ。嫌味を言われることにも、怒りを消し去ることも。
もっとも綺麗さっぱり忘れたわけではない。教頭の言葉はしっかり覚えているし苛立ちも覚える。ただ人より少しだけ感情をコントロールすることが得意というだけだ。
頭を掻きながら戸を開けると、そこには一人の男子生徒がこちらに背を向けてなにやらはしゃいでいた。
その頭を挨拶がわりに出席簿で叩く。
「おはよー。ほらみんな席つけー」
「っと……おはよみっちゃん。……ん……? みっちゃんなんか嫌なことでもあった? 機嫌悪そうだけど」
「――!」
狐につままれたように目を見開くたづるだったが、すぐにふっと表情を崩すと「そうか?」と言ってその男子生徒――花見耕平を席に座るように促した。
たづるが受け持っている2年C組には中心人物たる二人の生徒がいる。
「みっちゃん聞いてよ。昨日私んちでまどかと一緒に料理作ったんだけどさ、まどかったら漫画みたいに電子レンジ爆発させたんだよ~。信じられるぅー?」
「ほー、意外だな。鳥居は料理が苦手なのか」
「め、めいちゃん! そんなこと大声で言わないでよっ!」
「なによーこのモテモテパーフェクトガールが。欠点のひとつやふたつぶちまけたっていいでしょー」
その中心人物の一人が彼女、烏帽子田 鳴(えぼしだ めい)だ。ハイテンションでどんなときでもプラス思考が持ち味の少女は、ちょうど教壇のすぐ前の席に座っている。
烏帽子田(えぼしだ)は後ろの席に座っている女子生徒、鳥居まどかの頬を両手で引っ張ると、目じりに涙を溜めつつも必死に手を引き剥がそうともがく鳥居の顔をジト目で見つめた。
そこに鳥居のさらに斜め後ろから声が響く。
「えぼしだー、ひがみは醜いぞー」
そしてもう一人の中心人物がさきほどたづるが頭を小突いた男子生徒、花見耕平(はなみ こうへい)だ。茶髪にピアスと一見不良っぽいがその性格はとんがってはいない。彼の性格を一言で言えば馬鹿だ。もちろん、たづるの中でその言葉は良い意味も悪い意味も含んでいる。
「なんですとー! 私のどこがひがんでるって言うのよ!」
「モテモテって語句を入れているあたりが。つうか鳥居の料理ベタは欠点にならねえぞ。むしろそういうところがあったほうが男は萌えるもんだ」
「も、萌え……?」
花見の言葉に烏帽子田(えぼしだ)が小首を傾げる。代わりに反応するのはたづるだ。
「花見……お前それ死語」
「ほ、ほぉ~でもいいはらへぇをはなひてよぉ~~」
「あ、忘れてた」
ぱっと烏帽子田が両手を離すと鳥居は涙目になりながらも抗議の目を向ける。
「忘れてたじゃないよもうっ! メイちゃん強く掴みすぎっ!」
「あーごめんごめん。そういやさ、みっちゃんは料理とかできるの?」
「うう……華麗にスルーされた……」
当然のようにたづるも鳥居の言葉をスルーし、質問の答えを考えてみる。
たづるは一人暮らしだ。そのため家事はある程度できる。その中でも炊事はどちらかと言えば得意なほうだ。
「まあ人並み程度にはできるな」
だから当然のようにそう答えたのだが。
「うっそだ~」
「またまた~冗談なんか言っちゃって~」
「い、意外……」
「……お前らそんなにあたしが料理できることが意外か」
「「「うん」」」
「……」
まったく同じタイミングで頷く3人の教え子に、たづるはもはや呆れるしかない。
この3人は最近ますますひとつになっているのだとつくづく思う。
花見と烏帽子田はともかく、転入生である鳥居の馴染み様には目を見張るものがある。そこにはやはり2-C独特の雰囲気によるものが大きい。他のクラスならば絶対にこんなに早く馴染めることはできなかっただろう。暗い過去を持っている鳥居ならば特に。
その点においては彼ら……花見や烏帽子田だけでなく2-Cの面々は教え子として誇ることができる。
だが、それはそれとして。
「軽くむかついたから叩いとく」
「うげっ」
「いてっ」
「あう」
手のかかる教え子たちだということは、たづるの中で揺らぐことはない。
■
草木が光を灯す薄暗い洞窟の中で、3人の影は俊敏に動いていた。
「轟雷爆閃弾!」
少年が己の銃剣から光弾を発射させると、標的である蟹のようなモンスターの殻が砕け散った。
「ナイスだ魁那(かいな)!」
それと同時に撃剣士と拳闘士、2人の女が足裏を爆発させたかと思わんばかりの勢いで同じ標的に突っ込む。そして間髪入れずに。
「伏虎跳撃!」
「虎咬転身撃!」
スキルを叩き込んだ。
圧倒的な力を叩きつけられたモンスターは容赦なく潰され、その身を動かなくする。
ふっと息をついた撃剣士の女性――タヅルは他の二人に向かって呆れたような表情をして見せた。
「やっぱり呪療士のほうがよかったんじゃないのかあ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。みっちゃん俺らよりレベル高いからこのエリアなら楽勝っしょ?」
「そそ。それに他にアテなかったし」
「実にわかりやすい理由だな、そりゃ」
タヅルは洞窟の天井を仰ぎ見る。
クエストに誘ってきたのは花見が操るPC、魁那(かいな)と烏帽子田(えぼしだ)が操るPC、メイの方からだ。
普段は教え子である二人がタヅルを誘うことはほとんどない。他の生徒たちにしてもそうだが、どれだけリアルで仲が良くてもそれがThe worldの中でも同じだとは限らないのだ。リアルではリアルの友達。ネットではネットの友達。そう決めている人が多いからだ。
ただ今回は他に空いている人がいなかったから、ということと、この二人の場合、リアルとネットの区切りをそれほどつけていないということもある。
「でも今日は蓮華(れんげ)の奴は無理だったのか? The world(こっち)でもよく遊んでいるみたいじゃないか」
蓮華とは少し前にBBSでも話題になったくらいの、確かな実力を持つPCのことだ。PKに付け狙われては返り討ちにしている猛者。何を隠そう花見たちがクラスメイト、鳥居まどかその人が操作するPCである。
「蓮華には常に先客がいるんだって。ほら、あの子」
「あの子?」
「ほら、前に蓮華……まどかを助けた時に蓮華と一緒にいたあの子」
「ああ、あの可愛い子か」
タヅルの脳裏に蓮華と一緒にいた小さな男の子が思い浮かぶ。純真無垢そのものの瞳を持った子だった。
魁那はそれを確認しつつ口を開く。
「前に蓮華から聞いたんだけどさ、あの子ほとんど毎日ログインしてて蓮華と一緒にいるんだってさ。だからあの子が一緒にいるときは蓮華を誘わないようにしてるんだよ。ほら、あの子一人になっちゃうだろ?」
「それに私たちはリアルでまどかと知り合いだけどあのミンクって子はリアルではまどかと知り合いじゃないし。誘うんだったらこっちが一人のときで二人まとめて誘うことにしてるんだ」
当然のように言った二人にタヅルは意外そうに目を丸くする。
「なるほど……お前たちもちゃんとそういうこと考えられるんだな。先生びっくりだ」
「そういうことを教え子に向かって躊躇いなく言えるみっちゃん、担任教師として大好きだぜ」
親指を立てる魁那にタヅルは平然と言葉を投げかける。
「そうか。私はお前みたいな教え子を持って残念だよ」
「ふっ、さすがだぜみっちゃん。そこであたしも大好きだよと言わないところが他の教師とは違うところだな」
「他の教師も絶対に言わないわよ」
メイのつっこみは当然のごとく魁那の耳を通り抜ける。
魁那は大仰に天を仰いで両手を広げながら嘆いた。
「もしミートゥーと返していればハグから始まる薔薇色の恋物語がはじまったっていうのに……ああ、またひとつ、大神たづる30歳の貴重な恋愛をつぶしてしまった……俺ってなんて罪なお・と・こ……うふっ」
語尾に合わせてタヅルの目の下がピクリと動いた。
メイはそれに気づきながらも呆れながら二人を眺めるだけだ。
タヅルはふんっと鼻を鳴らすと魁那に負けず劣らず舞台俳優さながらに自分の身体を抱いて見せた。
「そうか。お前はそんなにあたしのことを想ってくれていたのか。ならばお前の18歳の誕生日に学校に婚姻届を持ってきてやろう。そしてお前は高校を中退、私は教頭の残りわずかな毛をむしりとってから退職、そのあとご両親にあいさつすることなく役所に行き、私たち二人を見て怪訝な顔をする役人に中指立てて婚姻届を提出すれば晴れて歳の差13歳夫婦の誕生だ。来年を心待ちにしているぞ。本気(マジ)で」
その目に込められたのは相思相愛による愛情……ではなく、からかわれたことによる忌々しさが駄々漏れとなっていた。
さすがの魁那も執念にも似たタヅルの感情に顔を強張らせる。
「嘘ですごめんなさい俺が悪かったです」
「いやーよかったー30歳、いや、31歳か。その歳で結婚できれば上等だよなー。まあ教え子と教師ってことで世間からの風当たりは相当強いだろうが……夫婦二人三脚で頑張っていこうな、花見……いや、耕平」
タヅルが笑顔で魁那の肩に片手を置くと、魁那は青ざめながらこうべを垂れた。
「おおう、なんだか大人のハードな部分を垣間見た気がするぜ……俺にはまだ経験値が足りないようだ」
「ねえ、もしかして私がつっこまないとずっとこのやりとりは続くわけ?」
メイの目がいい加減にしろと言っている。
それを見たタヅルは「そろそろいいか」と適当に決めると、ぱっと魁那の肩から手を離しそのまま歩き出した。
「さ、行くか」
「だねー」
「……りょーかいっす」
どっと疲れた様子の魁那を最後尾に、一行は最深部を目指す。
その背後、複数の影が潜んでいることに、彼らはまだ気づいていない。
■
「で、こいつはなんだ?」
「さあ」
「なんだろね」
最深部まで辿り着いた3人を待ち受けていたのは、よく見たことのあるモンスターだった。
人によっては愛らしいともムカつくとも意見が分かれる人型のモンスター、キャリーだ。ただ目の前のこいつにははじめは背負っているはずの甲羅がない。
キャリーは神像宝箱を背にしてそのへっぴり腰で立っている。どこを見ているかわからない目を見ながらタヅルはゆっくりと近づいてみる。すると突然。
「やいやいやいやい! てめえ何者だコラァッ! 誰の許し得てこのお宝開けようってんだ、ぇええっ!」
ヘリウムガスを吸ったかのような声がキャリーの口から響いた。
「しゃべった!」
「しかもガラ悪い!?」
「こいつうぜえっ!」
タヅル、メイ、魁那がそれぞれ反応を示す中、キャリーはさらにそのへの字口を動かす。
「ふんっ、お前らのようなしょっぱい盗賊無勢に俺っちのお宝を渡すわけにはいかねえなあ。ただそんな雑魚にもチャンスをくれてやろう。ありがたく思えよしょうゆ顔」
心なしかキャリーの目と口が卑しく歪んでいる。それを見た魁那は思わず拳を握り締めた。
「なあ殴っていいかこいつ? 殴っていいか?」
「まあ待て魁那(かいな)。……つうかしょうゆ顔って……最近の子供はわからんだろうに」
「ん? どうかしたのみっちゃん」
「いや。チャンスってのはなんだ?」
タヅルの言葉に反応したわけではないだろうがキャリーは受け答えをするように説明をしだした。
「今からクイズを出す。それに答えられたらお前らのようなしょっ――――――ぼい盗っ人にも俺っちのお宝をわけてやってもいい。ま、脳みそ空っぽなお前らに答えられるとは到底思えねえけどな。ぷーっ」
口に手を当てて吹き出すのをこらえるキャリー。それを見て魁那だけでなくメイも青筋を立てる。
だがそこは単なるプログラムで動いているモンスターだからか、二人は震える拳を必死に理性で抑え付けながらキャリーの言葉を待つ。
「3問問題を出す。そのうち1問でも答えられたらお宝をくれてやろう。ま、せいぜい無駄な努力をするんだな。ぷぷーっ」
「なあみっちゃんこいつ撃ち殺していいか!?」
「私も拳が勝手に動きそうなんだけど」
「まあこらえろ。手を出すのはどう転んでもいい結果にはならない気がするんだ」
「でもよぉ~」
あくまで冷静なタヅルに、今にも襲い掛かりそうな魁那。
そんなやりとりにお構いなくキャリーは余裕たっぷりの声で出題を始めた。
「第一問。俺っちの大好物、なぁんだ」
「「「……」」」
「なあみっ……」
「だから待てって。常識的に考えて当たるわけがないんだから3問目あたりが本命だろ。お前の好きなもんでも答えておけ」
「じゃあ、イカスミオムライス」
「ブゥーッ! こんなこともわからんのか愚か者共がぁっ! 浅い! 浅いな盗賊共! そんな空っぽな脳みそで俺っちに挑もうなんざ1億万年早いんじゃー!」
「ムカつく! とにかくムカつく! 何がって顔がムカつく!」
「やばい。心の底から何か黒いものが湧き上がってきた」
キャリーの顔が驚く程表情豊かに歪む。
もともとムカつくという評価が高いモンスターだけに、表情豊かになったキャリーと相対したときのムカツキ度は神懸り的なものがある。
それでもタヅルだけは意外にも冷静で、いまにも飛び掛らんばかりの二人を呆れながら眺めている。
「第二問だ。俺っちの勝負下着の色はなあんだ?」
「「……」」
「だからこらえ……ちょ、バカッ!」
「雷光閃弾!」
「ウギャァーッ!」
タヅルの制止の声も待たずに魁那の銃剣から光弾が発射されキャリーに命中した。
あっけなく吹き飛んだキャリーは陸にあげられた魚のように後ろの宝箱に叩きつけられる。その様だけを見ればなんとなく哀れだったが因果応報という言葉のほうがしっくりくるのも事実だ。
「よし」と満足げな顔をする魁那にメイも同調して親指を立てる。
タヅル一人だけが顔を抑えていた。
「馬鹿野郎……」
そしてタヅルの予想通り、キャリーは足をガクガクさせながらもかろうじて生きており、悔しそうに声を漏らした。
「ひ、卑怯な……盗賊無勢がなめた真似を……お、怒った……俺っちは怒ったぞおおおおおおおお!」
「なにを――」
「道連れだああああああ!」
「「「!!?」」」
3人が身構えた直後、キャリーは後ろにある宝箱に抱きつきその身体を光に包ませた。
この光には3人とも見覚えがあった。
「やばい! じば――」
タヅルの声を轟音が掻き消した。
神像部屋をすっぽり包み込むほどの大爆発。3人はなす術もなく火焔の中に飲み込まれてしまった。
やがて爆煙に3つの影が写りこむ。その3つの影は確かに動いていた。
「くっそ……自爆か……そういやあいつにはあったな。そんな攻撃も」
「うわ……3人とも瀕死じゃん」
「だから待てと言ったんだ。これでクエストは攻略不可能になっちまったぞ」
3人のHPは皆ほんのわずかしか残っていない。魁那とメイに対してレベル差があるタヅルも瀕死になっていることから、レベルに応じてダメージが与えられるようになっているのだろう。
それぞれ体を起こし辺りを見回すがキャリーの姿はない。
そしてそれとともになくなったものがある。
「うわほんとだ。宝箱が吹き飛んでやがる」
ものの見事に宝箱が跡形もなく消えていた。キャリーに攻撃を加えた時点で攻略不可能になる。そういうクエストだったのだ。問題を出すのがキャリーだったのも、異様なほどに相手をムカつかせる言動も全てはそのために違いない。きっと3問目はさほど難しい問題ではなかったはずだ。
「……ったく。魁那、お前は感情に流されすぎだ。理性ってもんがないのか」
「だってよームカつくもんはしょうがないだろー。それにゲームで理性ばっかもっててもつまんないじゃんよ」
「一理ある……と言いたいところだがそんなわけねえだろう。それとこれとは話が別だ。少なくともお前の失態をもみ消せる程度の言い訳にはなってないな」
「ちぇっ。でもみっちゃんは感情を抑えすぎだろ。ゲームの中くらい感情むき出しにすりゃあいいのに。リアルで教師ってことで抑えてる部分とかあるだろ?」
「感情のままに動く自分は言動が浅かったり醜いから嫌いなんだよ。特に怒ったときとかな。教師うんぬんは関係ねえ」
「ふーん」
「そんなことよりも無駄足になっちゃったね」
はあっと3人が一様にため息をついたその時、それとは別の声が神像部屋に響きわたった。
「ィィィィイイイヤッハァァ――ッ!」
「いっくぜええ!」
「いただきぃ!」
「「「!?」」」
振り返った刹那、タヅルの首筋を刃が通り抜けた。
倒れこむタヅルの視界には同じように力を失って崩れ落ちるメイの姿が映った。
「お前ら――っ!」
「余所見はいけないよんw」
剣が振るわれた音が聞こえ、魁那の声は途切れた。
「いや~あっけないねーw」
「ははっ、瀕死のやつに不意打ちしといて言う言葉じゃねえなそりゃ」
「言えてら。あははははww」
「じゃあどうする? いつもの場所行くか?」
「θ 悩める 暁の ちぎれ雲 か? オーケー」
「じゃあ行こうぜ。っと……それじゃ、ばいば~いw」
PKの一人はすでに全滅しているタヅルたちに手を振ると、卑しい笑みをタヅルたちの網膜に焼き付けて去っていった。
クエスト攻略は失敗しPKされる。
3人のテンションがガタ落ちしたことは誰が見ても明らかだった。
やがて3つの死体はその身体を消す。また街に集うために。
■
蒼穹都市 ドル・ドナ
新緑まぶしい爽やかな街。その出入り口とも言えるカオスゲート前で魁那(かいな)は激昂していた。
「あんの野郎どもぉおお! 許さん!」
「当然。借りは返させてもらうわ!」
「お前らなー。頭冷やせって。あいつらわざとらしくエリアワード言ってただろ? ありゃあたしらを誘ってんだよ。わざわざそんな挑発にのってやるこたねえ」
魁那らと比べて経験豊富なためかPKをされてもタヅルは怒っていない。
そんなタヅルはなだめようとするがどこまでも直情的な魁那がそう簡単に引き下がるわけがないということもわかっていた。
「売られた喧嘩は買う。それが俺の信条だ!」
「もちよもち! みっちゃんは悔しくないの!? あんな卑怯なことされて!」
「そりゃムカつくけどさ……ったく、わぁーたよ。乗りかかった船だ」
「さっすがみっちゃん。じゃあ行こうか。あいつらに思い知らせてやるために」
「おお!」
やる気まんまんの二人に呆れつつも、タヅルはエリアワードを入力した。
エリアワードはθ 悩める 暁の ちぎれ雲
そこにPKたちがいるはずだ。
どちらが最後まで立っていられるだろうか。
まるで他人事のようにPKたちの実力を想像しながら、タヅルは身体を転送させた。
このあとの自分の行動を予想できなかったことは、今の彼女からすればしかたのないことである。
■
草原エリアで対峙しているそれぞれ3人ずつのグループ。
「うは。マジで来るとはね。こりゃ本物のアホだなこいつらw」
「アホかどうかは俺たちを倒してから言うんだな。それに、俺からすりゃお前の顔のほうがよっぽどアホっぽいぜ」
「なんだとてめえ! さっきあっさり殺された奴が吠えてんじゃねえぞオラア!」
「ふんっ、吠えればこっちがビビるとでも思ってるの? それに、瀕死の時を狙ってきた臆病者が何言ってんの? ぜんっぜん胸張れることじゃないわよ、それ」
「このアマ……」
何かきっかけがあれば今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気の中、タヅルだけはやはり冷静だった。
やれやれと言わんばかりに手を広げて見せる。
「まあ待て。あたしからすりゃあどっちもどっちだっつーの。魁那(かいな)、メイ、お前らもうちょっと大人になれ。自分がよくても他の奴に迷惑をかけることもある。それとお前ら、瀕死のところをPKするとかどこまで姑息なんだっつー話だよ。恥ずかしくないのか?」
タヅルがそう言うと、PKたちはまるで水をぶっかけられたかのようにニヤケ顔をやめた。
その変化にタヅルもわずかに眉を動かす。
「あーあ、いるよねこういうやつ。はっきり言うとさ、うざいよ。お・ば・さ・んw」
「――――」
一瞬タヅルの顔に驚きが浮かぶがすぐにそれは消える。
さきほどのダンジョンで魁那がタヅルに向かって歳を言っていたのを思い出したのだ。尾けていたPKたちがそれを聞いていてもおかしくはない。
「いやー、歳を取るってやだね~。説教くさくなっちゃってさ。もうおばさん臭がプンプンするw」
「しかもそんな奴が若い女のPC使ってるんだからたまらねえよなー。詐欺だよ詐欺ww」
「ぷっ、たしかに。あんた、まだ独身なんだろ? 寂しいおんな~w」
「てめえ!」
「あんたらさいってい!」
魁那とメイがPKたちの言葉に激昂するが、当の本人であるタヅルはぼぉーっと空を眺めていた。
その脳裏にはあることがよぎっていた。
――あんたももう30でしょ? そろそろ結婚してもいい歳じゃない。
結婚をせかす母の電話。
――その点、大神先生は素晴らしいですな。その歳で独身を貫いているとは、いやはや教師の鏡ですよ。
露骨な教頭の嫌味。
――いやー、歳を取るってやだね~。説教くさくなっちゃってさ。もうおばさん臭がプンプンするw
そしてたった今PKから言われた言葉。
やがてタヅルは空から視線を落として――魁那へと向けた。
「なあ、魁那(かいな)……」
「みっちゃんもなんとか言……」
タヅルへと向いた魁那の言葉はそこで途切れた。
目。タヅルの目を見た魁那は固まるしかなかった。
そこには何かがおかしいタヅルの瞳があった。
……そう、見ていないのだ。まるで瞳に映っていないほかの何かを見ているかのような異様な視線に、魁那は固まることしかできなかった。
それに気づかないPKたちはそれを見て嘲笑をあげる。
「ははっ、図星すぎて言葉もでないってか?」
「うわー、なんか俺悲しくなってきたw」
「だよなー。あまりにも哀れすぎwww」
言葉を紡ごうとしない魁那とタヅルに、メイも気づきその身を固まらせる。
周りなど関係ないかのように、タヅルの唇はゆっくりと動く。
「やっぱりさ、お前の言うとおりだよ。ゲームの中まで感情を抑える必要なんかないよな。そうだよな」
「み、みっちゃん?」
魁那の言葉を無視し、タヅルはPKへと向く。
「お前ら、先に謝っとくわ。ごめん。それと、ありがとな」
「何言って……」
「はけ口になってくれて」
その瞬間、タヅルは背中から大剣を出現させ、PKたちが身構えるよりも早く、一人のPKへと大剣を振るった。
崩れ落ちる男。
一瞬の出来事に呆けていたPKたちだったが、すぐに仲間がやられたのだということに気づき、反撃を開始しようとする。
と、同時にタヅルは言った。
「魁那、メイ。その二人、ちょっとひきつけといてくれ」
「「!?」」
魁那とメイだけでなくPKたちもその言葉に訝しげな顔をする。
すでにPKのうち一人は倒している。なのに残りの二人を足止めしておいてくれとはどういうことだろうかと。
直後、その疑問の答えは戦慄とともに明らかにされる。
「――」
タヅルは大剣を振るった。
横たわっている“死体”に向けて。
「な――っ!?」
驚愕するPKの視界に、凶悪なまでの質量を叩きつけられてバウンドする仲間の身体が映りこむ。
不気味に脱力しきった体は人形のようにグシャリと地面に落下すると、再び静寂を貫き通そうとする。
その胸倉をタヅルは掴み、静かに口を動かした。
「……に……か?」
「な、なにを……」
死体に話しかけているという明らかにおかしい行動を取る女に、傍観することしかできないでいる一人のPKの声は自然と動揺の色をのせてゆく。
だがそんなPKなどいないかのように、タヅルはぐったりとこうべを垂れるPKへと話しかける。
「お前にわかるか? あたしの気持ちが。親には結婚をせかされて、知り合いは次から次へと結婚していって、職場の上司には嫌味を言われて。仕舞いにはお前らのようなあたしのことを何も知らない奴におばさんだの寂しい女だの言われる、このあたしの気持ちが!」
ぐぐぐと胸倉を掴む手に力を込め、さらにあげられるPKの体。そのあとその体がどうなるか。それを悟ったPKの一人は顔を青ざめさせた。
「や、やめ――」
「殺しても殺したりないんだよクソガキがあああ――ッ!!」
パッと手を離したタヅルはすかさず大剣の柄を握り締め、落下しようとするPKの横っ腹めがけて振り抜いた。
PKの身体が“横に”くの字に折れる。
嫌な音が聞こえてきそうな一撃を受けたPKの死体は、勢いに任せられ数十メートル先まで吹き飛ばされていった。
だが終わらない。タヅルの目はとても許しを与えるほど生易しくはなかった。
「はああああああああああああああ――ッ!」
豪快にジャンプしたタヅルはその背に思いきり大剣を振りかぶる。
そして、容赦なく叩きつけた。
「――――」
衝撃はPKの体を突き抜けて地面を割り砕く。
すでに死んでいるPKが言葉を紡ぐことはない。だがその光のない瞳の先にいるプレイヤーは何を思っているのだろうか。
魁那(かいな)は未だかつて見たことのないタヅルの姿に戦慄しながらもそんなことを考えた。
やがてその意識は覚醒させられる。よく知る人の声によって。
「あたしだってな、好きで、結婚、してない、わけじゃ、ないんだ、よおッ!」
メイはそれから視線を外すことができなかった。
狂ったように剣を振り下ろすタヅルの姿が、まるで悪魔に見えた。
「だれが説教くさいって? だれがおばさん臭いって? ガキがなめたこと言ってんじゃねえぞコラアアッ!」
最後にタヅルは大剣を男の死体に突き立てた。
グシャッと嫌な音が響くが血が噴き出すことはない。
静寂が辺りを包み込む。
誰もが動けない中――彼女はゆっくりと首を回した。
「つぎは……どっちだ」
「う、うわああああああああ~~~~~っ!」
「ま、待て、待ってくれよお! いやだ! いやだあああ!」
見開かれた目を向けられたPKたちは情けない声をあげながら逃げ出した。
魁那とメイはそれを見逃した。タヅルに視線が釘付けになって動けなかったのだ。
もしかして自分たちも殺されるのだろうか。恐怖がそんな思いをも湧きあがらせる。
と、次の瞬間、タヅルはガクンとこうべを下げると、そのまま魁那とメイがいるのとは反対方向へと向かってとぼとぼと歩き出した。
二人はその姿を呆然と見送ることしかできなかった。
■
ドル・ドナの探索をメイにまかせ、魁那はマク・アヌへと来ていた。
魁那は街行く人何人かに話しかけて、噴水のある錬金地区で一人階段に座りうなだれているタヅルをやっと見つけた。
タヅルは腕の中に顔をうずめるようにして動かない。
魁那はゆっくりとした足取りでタヅルの前まで来ると、顔をあげないことを確認してタヅルの横に腰掛けた。
そうして幾ばくかの時間が過ぎ、タヅルは口を開いた。
「やっちまった……」
その声には明らかな後悔の色が見える。
魁那は今まで見たことのないタヅルの姿に一瞬戸惑いつつも、間を置いて口を開いた。
「……まあいいんじゃねえの。ときどき吐き出さないとパンクしちゃうって」
「……」
タヅルは返さない。普段こんな姿のタヅルを知らないだけに魁那はどう言葉をかければいいのかわからない。
下手に慰めてもしょうがないということだけはわかっているため、魁那はタヅルの言葉を待った。
そうしてタヅルの口から出てきたのは。
「このまま……結婚できないまま歳とってくのかなあ……」
「なに弱気なこと言ってんだよ……ほら、女は30過ぎてから脂がのってくるって言うじゃん」
「正直に言うとさ、やっぱり結婚した同い年に近い人を見るとうらやましいと思っちゃうんだ」
普段ならば絶対にありえないカミングアウトに、魁那は戸惑う。
さきほどタヅルは言っていた。親に結婚をせかされ、上司……これは普段から犬猿の仲だと言われている教頭のことだろう。その教頭に嫌味を言われている。そのせいでストレスが溜まっていると。
だが魁那は彼女が言っていない中に、自分たちも含まれているのではないかと思った。普段から友達のような付き合いをしている2-Cの生徒たち、その中心にいる魁那――花見はよくその手の話で大神をからかっていたからだ。
そうして溜まったストレスをタヅルは爆発させた。半ば意図的とは言え、このタヅルを見れば「自分でやったことなんだから後悔するな」とはとても言えない。
「あー……あれだ」
「…………?」
だが魁那は謝ろうとは思わない。あの場でタヅルが自分たちのことを言わなかった以上、それはタヅルが自分たちを気遣っているということだ。ここで謝ればその気遣いさえ無駄にしてしまう。
だから魁那はいつもどおりの自分でタヅルへと言葉を投げかける。
「俺が18歳なったらさ、結婚してやろうか?」
その言葉にタヅルが顔をあげると、そこには見慣れた魁那の……花見の小学生のような無邪気な笑顔があった。
その笑顔にタヅルも思わずふっと表情を崩す。
「――、……はは……そりゃいいな。そうなりゃあたしは若い旦那をゲットした勝ち組になれるな」
「……別に全部が全部冗談ってわけじゃないんだぜ? ……なんだかんだ言ってみっちゃん美人だし、みっちゃんの性格、けっこう好きだし」
「ははっ、やめとけやめとけ。お前が27歳になったときあたしはもう40だぞ? もっと若いやつにそういう言葉は言ってやれ。ほら、烏帽子田(えぼしだ)とかはどうだ? お似合いだぞ思うぞ」
タヅルの顔にいつもの、友達に向けるようないたずらっぽい笑みがもどる。
魁那はさきほどまで一緒にいた少女を思い浮かべ目を泳がせた。
「烏帽子田は相棒っつーか……恋愛どうこうの仲じゃねえんだよ。あいつもそれはわかってるし。つうかそういうこと言うなよなー。教師が教え子に言う言葉じゃねえぞそれ。場合によっちゃあそいつと接する時に変に意識しちまうだろ」
「知らなかったのか? あたしは枠にはまらない教師なんだよ」
「ったく……」
にかっと笑うタヅルに魁那は珍しく照れ笑いを浮かべた。
タヅルはその顔をじっと眺めてから――その視線を遠く、黄昏色に焼けている空へと移した。
「でもま…………ありがとな。少しは吹っ切れたよ」
「そりゃなによりだ。いつもは苦労ばっかりかけてるからさ」
「なんだ。自覚あったのか。」
「ふっ、まあ多少はね。それほど単純な男じゃないってことだよ、俺もな」
「なあにかっこつけてんだか」
「はは」
「ふ……」
笑みを崩す二人を夕陽が照らす。タヅルもいつも通りの彼女にもどっていた。
まるで親友同士のように、二人は揃って綺麗に焼けた空を眺める。
そんな二人を呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。メイだ。
遠目からいつも通りのタヅルを確認したのか、駆けてくるメイの表情は笑顔だ。
そんな彼女に笑顔を返しながら、魁那は手をあげた。
「おーい、こっちこっち~」
その傍らで、タヅルは少女のように無垢な笑みを魁那へと向けていた。
■
騒がしい朝の2年C組の教室。
心地好い喧騒が耳に入る中、教室前方の戸が開いた。
「おはよー。みんな席つけー」
「おはようみっちゃん」
「みっちゃんおはよ~」
「おはよー」
口々に担任であるたづるに挨拶を返す生徒たち。
たづるが教壇に立つと鳥居まどかが彼女を見て声をあげた。
「先生、なんだか嬉しそうですけど何かあったんですか?」
「ん、そうか? 別になんでもないよ」
そういうたづるはやはりどこか嬉しそうだ。
この中の二人はその理由を知っていたが、あの場にいなかった鳥居は知る由もなく、怪訝な顔をしてなんの気なしにたづるに聞いた。
「先生、もしかして恋人でもできたんですか?」
それが禁句だとも知らずに。
つい昨日、吹っ切ったばかりだったのだ。普段は悪友のように付き合っている教え子のおかげで吹っ切ったのだ。
おかげで今日たづるは気持ちよく朝を迎えることができた。
普段その手の話をする生徒は偶然にもあの場にいた二人だ。だからしばらく掘り返されることはないと思っていたのだ。
しかしまさか2-Cきっての優等生に、このクラスで唯一たづるのことを「先生」と呼ぶ生徒に掘り返されるとは思ってもみなかった。
ただ二人、事情を知る花見と烏帽子田(えぼしだ)は同時に顔を伏せた。
「あれ? メイちゃんどうかしたの? ……って花見くんまで。なに? みんな固まっちゃって」
斜め後ろの花見へと向いている鳥居は気づくことができなかった。
その背後、陽炎を纏う悪魔の姿を。
――ポキポキ、ポキ。
小気味のいい音が響く。
鳥居がその音に振り向くと、そこには指を鳴らす我が担任教師が立っていた。
すごく、ものすごく嬉しそうな、笑みを携えて。
数秒後、職員室にて茶を啜っていた教頭は、女子生徒の悲鳴を耳にして盛大に吹き出した。
~~あとがき~~
いろいろと手抜き。5ヶ月のブランクがあるせいだと言い訳しておきます(その間いろいろ書いてたんですけどね
個人的に好きな登場人物であるみっちゃんこと大神たづるを主人公に置きました。
30歳でもヒロインできるんです!
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