2012/5/18
実に倍以上の年齢差がある坂田藤十郎と尾上菊之助。今や最高峰となった80歳の人間国宝と、次々に大役に挑んで躍進する34歳の花形が恋人役でコンビを組む「封印切」(昼の部)は、世代交代期にある歌舞伎界の新鮮な息吹を感じさせる舞台となった。当たり役の藤十郎は小気味良い所作と捨てぜりふにまで行き渡る上方和事の完成品を披露。初役の菊之助が柔らかな色気を沸き立たせ、まっすぐな思いで当代随一の忠兵衛に寄り添った。
飛脚問屋の亀屋忠兵衛と遊女梅川の悲恋を描いた「封印切」は近松門左衛門の名作浄瑠璃「冥途の飛脚」が原典。公演中の大阪松竹座がある道頓堀にほど近い江戸時代の花街、新町を舞台にした上方世話物の代表格だ。加えて藤十郎の忠兵衛といえば中村扇雀を名乗っていた時代からのお家芸。初役の菊之助には完全な“アウェー戦”だが、ベテラン上方女形の片岡秀太郎に指導を請うて遊女の素顔をみずみずしく描いた。
もう1人、この幕を支えたのが敵役の丹波屋八右衛門を演じた坂東三津五郎。梅川を身請けする金に苦心惨たんする忠兵衛に対し、すぐに大金を用意して横やりを入れる。嫌みたっぷりに忠兵衛らと丁々発止のセリフをやりとりする場面が見せどころで、大阪弁の力量が試される。三津五郎は流ちょうな大阪弁で悪口をまくし立て、長いセリフのやり取りを全く飽きさせない。八十助時代の1990年代に蜷川幸雄演出の舞台「近松心中物語」で忠兵衛を演じており、この演目には縁が深い。
その三津五郎が今度は江戸の市井で荒唐無稽なストーリーに巻き込まれるのが夜の部の幕切れ「ゆうれい貸屋」。山本周五郎原作の人情喜劇で、1959年に先代の尾上松緑主演で初演した。三津五郎が2007年に復活させ、5年ぶりの再演となる。
働いても楽にならない生活に嫌気して、腕は良いが仕事をせずに酒に溺れる桶職(おけしょく)の弥六(三津五郎)は女房お兼(上村吉弥)に家を出られてしまう。1人で夜を迎えた弥六のもとに芸者の幽霊染次(中村時蔵)が現れ、女房にして欲しいと言う。染次との生活を始めた弥六は滞納している家賃を稼ごうと、幽霊を貸し出して人の恨みを晴らす幽霊貸しの商売を始めるという展開だ。
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また団菊祭の由縁となる尾上菊五郎と市川団十郎が顔を合わせた昼の部の「身替(みがわり)座禅」はコミカルな夫婦のやりとりで客席を沸かせた。恐妻に隠れて美女に会いに行く山蔭右京に菊五郎、その夫を束縛する玉の井に団十郎という組み合わせ。右京は玉の井に手を引かれてみせる嫌そうな顔や、屋敷を抜け出したときに見せるうれしい表情などを自在に演じ、滑稽味をはっきり表現。一方の玉の井はただの恐妻ではなく、愛情が深いがために口うるさくなる実直な様子がにじみ出る。55分間の狂言舞踊をたっぷり楽しませてくれた。
菊五郎と団十郎は夜の部では「絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場」で共演。太功記の十段目という意味で「太十(たいじゅう)」と呼ばれる名場面だ。本能寺の変で織田信長を討った直後、明智光秀と豊臣秀吉が対峙する一場面を描いている。歌舞伎流に実名をアレンジした役名が付くが、武智光秀(光秀)に団十郎、その妻操に時蔵、母皐月(さつき)に中村東蔵、真柴久吉(秀吉)に菊五郎という重厚な布陣となった。夜の部は続く中幕に舞踊劇の「高坏(たかつき)」。タップダンスのように高ゲタを鳴らして陽気に踊る初役の海老蔵が春らんまんの舞台を届けた。
昼の部の幕開けには花形勢による「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ) 寺子屋」。尾上松緑の松王丸、菊之助の女房千代、海老蔵の武部源蔵という30代の3人が競演する。中村梅枝の演じた戸浪は夫の源蔵と息がぴったりで、緊張から放たれた表情や喜怒哀楽が明瞭でわかりやすい。
菊五郎と団十郎が顔を合わせ、平成生まれの若手から人間国宝まで各世代が活躍する「団菊祭五月大歌舞伎」も大阪松竹座で3年目を数えた。東京・歌舞伎座の恒例興行だったが、一昨年から歌舞伎座が改装に入り関西初の団菊祭が実現した。歌舞伎座が新装開場する来年以降も大阪での開催を「絶対続けたい」(菊五郎)、「是非やらせていただきたい」(団十郎)と口をそろえる。来年も道頓堀に江戸の風が薫ることを楽しみにしたい。
(大阪・文化担当 小山雄嗣)
5月27日まで。大阪松竹座
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