コトノハ



  -出会い-

 タチに連れられて部屋に入ってきた年端もいかない少年の姿を見て、コトノハは溜息をついた。
「あんたがメヒコ?ふぅん・・・」
品定めするような視線と、歓迎とはおもえない口調にメヒコは戸惑った。
何か言おうと思って口を開きかけたところに次の言葉が飛んだ。
「で、この子、どっちなの?」
「行くそうだ」
タチの言葉にコトノハはもう一度溜息をついた。
「あたしは封印の方がいいと思うけどね」
「本人の意思だ」
「ま、いいけど。あたしは、子守り、ゴメンだからね」
そう言うと、コトノハは奥の部屋に行くとふすまを閉めた。

  -満月-

 それから数日が過ぎた。
コトノハの態度は変わらず、メヒコに関心を向けないばかりか、邪険にしていた。

 その日、昼過ぎになってようやくコトノハが起きてきた。
部屋にメヒコだけなのを見て、タチの不在を問うた。
「今朝早くに出かけた。今夜は帰らないって…」
言葉が終らないうちに、コトノハはメヒコに背を向けた。
元の部屋に戻り、ふすまを閉めようとしてふり向いた。
「今夜、どこかに行ってな」
その言葉に、メヒコの表情が固まった。
そこまで自分は嫌われているのかと思ったのだ。
思わず閉まろうとしているふすまを開けて、コトノハの後を追った。
部屋に足を踏み込んだ瞬間、メヒコは愕然とした。
コトノハの足元に、メヒコにとっては見慣れた、しかし見たくも無いモノがいた。
驚愕の表情で目を見開いたメヒコに、コトノハは事も無げに言った。
「そっか、あんた見えるんだっけ。なら話は早いわ。今夜、私は喰われるの」
静かな声でそう告げると、コトノハはメヒコに話す間を与えず、部屋から追い出した。

 日が沈み、月が昇った。今夜は満月だった。
夕方になってコトノハは水を飲みに奥から出てきた。
部屋の片隅で蹲っているメヒコを目にして、大きな溜息をついた。
明らかにまだここにいることを非難していた。
無言で目前を通り過ぎたコトノハを目で追って、メヒコはぎょっとした。
黒い影が大きくなっていた。
昼に見た時には猫程の大きさだった。今では大型犬くらいになっていた。
それを伝えようと、言葉を綴ろうとした瞬間、影が揺らめいた。
輪郭のはっきりしない黒い塊だった影が、明らかに変化していた。
徐々に異形ながらも人形になっているのが見えた。
呪縛を受けたかのように、メヒコは影から目が離せなくなった。
一点を見据えたまま動かないメヒコに、コトノハが叫んだ。
「行きなさい!」
本能的に逃げようと、メヒコがやっと少し後退った。
その瞬間、メヒコと同じくらいの大きさになった影が言葉を放った。
「カ…ぁ…さん」
メヒコはコトノハと影を見比べた。
「ダ…れ?」
言葉を話し続ける影をメヒコは凝視したままだった。
坐り込んで動かないメヒコの腕をコトノハがつかんだ。
瞬間、影が一瞬で巨大化した。
「だ、レ?コノこ、ハ、ダれ?」
言うが早いか、メヒコに覆い被さろうとした。
コトノハはメヒコを突き飛ばした。
影はコトノハの全身を包み込むように覆い被さった。
「カァさんハ、ぼク、の…ダ」
ゴブリ、と何かを飲み込む音がした。
コトノハが影の中でもがいていた。
まるで水の中で溺れているようだった。
そのまま影に身体ごと飲み込まれて、吸収されてしまうように見えた。
メヒコは影に全力でぶつかっていった。
コトノハの身体が吐き出された。
影は今度は邪魔をしたメヒコに、覆い被さろうとした。
メヒコはじりじりと後退り、影はゆっくりと後を追いかけた。
コトノハは大声で叫んだ。
「この子は関係ない。あんたは私を食べに来たんでしょう。私はこっち」
コトノハは影に向かって両手を広げた。
その表情は慈愛の笑み。まるで帰ってきた子どもを抱きとめるように見えた。
くるりと向きを変えた影は、じりじりとコトノハににじり寄った。

 影の向きが変わった一瞬、メヒコは安堵を覚えた。
しかし、唇を噛み締めると、影を追いコトノハとの間に立ち塞がった。
「この子は私を食べに来たの。あんたには関係ない。逃げなさい」
メヒコの後ろからコトノハの声がしたが、メヒコは動こうとしなかった。
影を見ることしかできない、無力な自分がいとましたかった。
力がほしい、誰かを守れるだけの力を。
メヒコは心の底からそう思い、影をにらみつけた。
強い決意に気圧されたのか、一瞬だけ、影がひるんだように感じた。
「どきなさい、メヒコ!」
叱り付けるような声で言われたが、それでもメヒコは動こうとはしなかった。
「もう嫌なんだ。もう…、僕の前で、誰も、死ぬのを見たくないんだ」
そう呟いたメヒコをコトノハは後ろから抱きしめた。
「巻き添えにして、ゴメン」
耳元で囁かれた言葉は、今までの態度からは信じられないほど優しく、温かな響きだった。
その光景に影が震るように盛り上がり、怒りと同じ規模で二倍に膨れ上がった。
「かァさン、ボく、より、そノこ、ガ…いイ…ノ?」
地獄の縁から響いてくるような絶望と怒りの混じった声だった。
膨れ上がった影が二人を一緒に飲み込もうとした瞬間、閃光が走った。
影が一瞬で二つに分かれ、上半分が燃え上がって消えた。
半分になった影の向こうに、カタナを振りかざしたタチの姿があった。
「間に合ったな」
タチは、そう言ってニヤリと笑った。
タチが刀を振るうたび、影は小さくなっていった。
そして、最後は部屋の隙間の物影に吸い込まれるようにして消えた。

 しばらくは影の消えた所を見詰めたまま3人は動こうともしなかった。
「今回も、生き延びたのね」
静寂を破ったのはコトノハの呟きだった。
助かってよかったのか、後悔しているのか分からない口調だった。
「次はどうか分からんがな」
タチの言葉にコトノハは頷いた。
その身体がぐらりと揺れ、そのままくず折れように倒れこんだのだった。

奥にコトノハを寝かせてくると、タチとメヒコは並んで坐った。
メヒコの不安気な表情にタチは精気を吸われて、疲労しているだけだと言った。
ほっとするとメヒコは、今度はさっきの事が気になってきた。
なんと聞こうか迷っているメヒコに、タチは言った。
「お前が見たことが全てだ。後は自分で聞け」
素っ気無い返答。
しかしそれが正しい道である事はメヒコにも判っていた。
そして、メヒコとタチがコトノハの過去の全てを知ることになる出来事に遭うのは、
それからまもなくの事であった。

       「コトノハ」   -完-


 ★あとがき★

 とりあえず、コトノハと、メヒコの出会いです。
徐々にコトノハの過去と、話を進めて行くつもりでいます。
今回、どこまでを書こうかと迷ったのですが、やっと仲間になるまで。
過去に対しては導入ぐらいになってしましました。
この先少しずつ書いていかないといけませんね。
あと、ここまで書いて気がついたんですけど、私、登場人物の外見、全く描写して無かったですね。
さてさて、皆さまはコトノハをどんな女性と頭に思い浮かべてくださったのでしょうか。
私の中にあるイメージと一緒だといいのですけど。
ではでは。次回また。
この続き(かどうかは分かりませんけど)も、読んでくださると嬉しいです。


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