自由回転砂時計

薄っぺらい話。






「俺たちの人生なんてさ、どれだけ頑張ったところでどうせ薄っぺらいものにしかならないんだよ」
 屋上で、冷たい風に吹き付けられながら吐き捨てるようにそう言った友人の口から吐き出される煙の匂いが、やけに鼻についた。


*


 僕は、紙だった。それも画用紙のようなしっかりとした物ではなく、真っ白で、ぺらぺらで、ちょっとした風ですぐに飛ばされてしまう、どこにでもあるような普通のコピー用紙だった。
 僕はただそこで横たわっていた。風が吹くたびに、逆らう事も出来ず捲り上がり、風の思うがままにひらひらと場所を移動する。
 ぬっ、と、僕の上に影が差した。かと思うと、ぐしゃり。茶色く大きな革靴に踏んづけられる。その革靴は僕に謝りもせず、それどころか僕を踏みつけた事にさえ気付いていないように颯爽と歩き去ってしまう。
 汚い足跡と皺が出来てしまった。それでも僕はどうする事も出来ず、ただ風に弄ばれる。
「この役立たず」
 聞き覚えのある声がした。それと同時にまたも僕の体に影が差し、めしゃり、大きな手に握りつぶされる。その状態のまま数語暴言を吐かれ、また下に投げ戻された。
くしゃくしゃになった体に痛みは無く、これと言った感情も湧き上がらなかった。ただ、腹の底から小さな溜息だけが込み上げた。


 その後も僕は風に遊ばれ、幾度と無く踏まれたり握り潰されたりが繰り返された。僕に出来た皺は、風に弄られているうちにある程度元に戻り、また作られの繰り返しだった。
 僕の溜息の量は、時を重ねるごとに多くなっていた。そして少しずつ、疲れを感じるようになった。もう、ただ風に吹かれるだけでも辛い。
 そんな時、またも大きな手が伸びてきた。もう疲れたんだやめてくれ。思ったけれど、口には出せなかった。
しかし、その手は今まで僕をぐしゃぐしゃに握り潰していたものとは違っていた。優しく僕を摘み上げ、何かをそっと近づけてくる。
 それが火のつけられたマッチだと気がついたとき、僕は目が覚めた。


*


 僕は紙だった。真っ白でぺらぺらで風のなすがままにしかなれないただの紙だった。
僕は思った。僕たちの人生が薄っぺらい訳じゃない。僕たちそのものが、とても薄っぺらい紙なのだ。風に吹かれ、他人に踏まれ貶され握り潰され、それでもただひらひらと踊っていることしかできない。それが、僕たちだ。
そして最後は、マッチの火で静かに燃やされて、ただの灰になる。それもいつしか風に吹かれて飛び散り、世界から完全に居なくなる。
 それが、薄っぺらい僕たちに与えられた、薄っぺらい人生なのだ。


 なるほど。僕はベッドの上で一度小さく頷いた後、顔を洗いに洗面所へと向かった。ぴしりとしたスーツに袖を通し、新聞に目を通しながら朝食を食べ、会社へと向かう。そして上司の言うがままに働くのだ。
 気が向いたら、友人に今日の夢の話でもしてみようか。
通勤ラッシュの電車の中、僕は自分と同じコピー用紙たちに揉まれながら、ぼんやりと思った。






(20081203)



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