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やはり、どうしても今のうちに書いておきたいっ!!
メインで書きたいことは、実家に帰ることを決めてから友人と話したり、メールのやりとりをしたり、
ミクシィのハッピー たいっち♪ コミュに書き込みをしながら確信していったことなのだが、
自分のために書いておきたいこともあるし、日記に残しておく。
(諸般の事情で明日からしばらくPC使えなくなるし。
やっぱり両手でキーボード打って入力しないと、長文はキツい(^_^;)
そもそも東京に出てくることを決めたのは、単純に体の声に従ってみただけのことだった。
ノー・プランである。
小心者の私にしては、たいした度胸があったもんだ(笑)
一人暮らしに憧れてはいたが、東京は人の住むところじゃない、という偏見もありつつ(笑)
体がそう言うんだから、と、普段は悩みまくって決断できない私が、大冒険を決行。
(体の声を確認したのは、当時通っていたストウ・ヒーリング・センターにて、
カイロ・プラクティックで体を整えた後、筋肉反射テストによって。
これ、他にも色々役に立った♪)
たいっち♪入門して約3ヶ月後のことであった。
大体、その1年前、長いこと勤めた安定した組織を辞める時だって、次に何をすると決めていたわけではなかった。
本当にやりたいことは何なのか、わからなかったし。
だけど、もうそこにいることはできず、限界で、辞めた。
この時も、ノー・プランである。
石橋を叩いて叩いて叩き割って渡らなかった私が、たいした度胸である(笑)
なもんだから、東京ライフをスタートした時は、
自分の本当にやりたいことはわからないけど、これからハッキリしてくるだろう、
何になれるかわからないけど、何かになれるだろう。
という、非常に曖昧な白紙の状態だった。
そんなんで、よく行動したもんだよね、私。
あれから約4年・・・
自分の本当にやりたいことは何なのかと悩みまくり、わからないと言い続け、
東京へ来てから2年ほど経って、ついにわかった!!と思ったことがあった。
しかし、その後それを生業としていきたいと発言する度に、どこか違和感があった。
自分の好きなことを生業にして成功することはもちろん素晴らしいことだしそうなりたいと思うのだが、
何か、それを人前で口にする度に、深いところで違和感を感じていた。
それを生業にしたいと思うほど、苦しくなっていった。
そして、それは本当に私の一番やりたいことなのか、またまた悩むというスパイラルにはまっていった。
今、思うこと。
私の本当にやりたいことは、
好きな何かの職業に就くことではない。
好きなことで成功して名声を得ることでもない。
私の本当にやりたいことは、
やっぱり
人生を楽しむこと、だった。
ブログの題名に自らそう書いておきながら、わからない、わからないと言い続けていた。
約2年前「これが本当に私のやりたいことだ!!」と気づいたと思った時、
その助けになった友人のリーディング内容にも、
「あなたの本当にやりたいことは、ブログの題名にあるとおり」と書いてあったのだが、
その時は、納得していなかった。
今やっと、納得できる状態になったんだ。
そのとおりだよ。
仕事でもお金でも成功でも名声でもない、私の本当にやりたいこと。
人生を楽しむことは、何も特別なことじゃない。
日常の奇跡を、五感いっぱい味わいつくすこと。
日常にある奇跡を、頭ではなく、体で感じること。
今ここに既にある幸せを、めいいっぱい味わい尽くすこと。
喜びを感じること。
そういえば、12年くらい前に出た某心理学的セミナーで、
「私は、喜びです!!」
って、叫んだっけなぁ・・・(笑)
ある意味、既に、12年前に答えは出ていたようなもんだ。
だけどあの時は、好きなことを仕事にして成功しないと生きている意味が無いと思ってたからなぁ~。
親にも、5年前、長いこと勤めた組織を辞める時
「ただ生きてるだけじゃ意味が無いんだよっ!!」
と、叫んだっけ(笑)
ごめんなさい、あれ、取り消します(笑)
生きているとは、もう、それだけで、ものすごい奇跡です。
それだけで、ものすごい偉業を成し遂げていると言っても過言ではありません。
五木寛之のエッセイ「大河の一滴」にも、同じようなことが書かれていて、
読んだ当時は頭での理解だったけど、
今は腹からそう思う。
東京ライフの中で、体感したんだ。
まさに、腑に落ちるとは、言い得て妙。
そして、「天職に就かなきゃ不幸せ」というヅラ(←これ、何年も前にはずれたつもりでいたけど、実は超しつこかった)
がはずれた、自由な状態で、実家への帰還。
私は、仕事で成功したとか、何かを成し遂げたとか、目に見える形で何らかの華々しい成果を上げたわけではないが、
何者にも代え難い、一番の宝物を手に入れて実家に帰るのだ。
宝物を手に入れて、凱旋帰国(笑)
それは・・・
親に無条件で認められている自分。
どんなにダメなことをしていても許され愛されている自分。
私は、何かを成し遂げたからとか、これができるなどの条件付きで愛されているのではない、という確信。
その安心感。
最終的には、自分が自分のままでいることを認めて受け入れる、その安心。
自分が自分を信頼すること。
(ここで、「自分が自分を認めてしまったら、ゲームが終わっちゃう!」
と思っている自分をも発見。やっぱりそう思ってましたか(笑)
でも大丈夫、ゲームは終わらない。
もう一度スタートラインに立って、新たなステージが始まるだけ。)
不思議なことに、
お金も仕事も先の保証もなぁ~んにも無い白紙に戻った今、
何者でもない私は、今までで一番幸せを感じている。
もちろん、この先、自分の好きなことはやっていくつもりだし、やりたいことはいっぱいある。
だけど、前みたいにどうあっても好きなことを生業にしたいとは思っていない。
もちろん、やってるうちに流れでそうなったらラッキー♪だし嬉しい♪
なんというか、今は昔あった脅迫観念のような気負いが無いので、楽なのだ♪
何かの仕事で成功したとしても、やっぱり私は何者でもないんだし。
今またスタートラインに立って、全くの白紙状態に戻ったが、
なんというか、清々しい感じがしている。
心の奥底で本当に一番欲しかったものがわかって、それを手にして帰るのだから。
やっぱり、実家を出てよかった。
実家を出なかったら、今こう感じることはなかっただろう。
また、仮に好きなことで成功していたとしても、
自分が自分を認めていなければ、それを十分には楽しめなかっただろう。
(人によって、自分が自分を認められないうちに成功するという道もあるだろうが、
実際に自分が歩いているのは違う道なので、
今の自分が実際に歩いている道を全肯定する。)
東京での約4年間、陰陽取り混ぜて色々なことがあったけど、どれもすべていい経験だった。
いいことも、悪いことも、楽しいことも、楽しくないことも。
すべてが人生という交響曲の一部として、深みを増してくれている。
私には、この時間が必要だったのだと思う。
ゆっくりかもしれないけれど、私には私にちょうどいいペースで、
ちょうどいいことが起こっている。
主にたいっち♪つながりで、たくさんの友人もできた。
頻繁に会わなくても、会えばすぐ打ち解けて話せる、素敵な友人たち。
これも、宝物♪
すべてに、ありがとう♪
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