太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

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2006.06.13
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カテゴリ: アラカルト
今野由梨さんは、未だ女性の四大卒が少ない時代で就職は厳しく、何処も扉を開けてくれませんでした。そこで雇ってくれないなら自分で会社を興すしかないと、今で言うフリーターをしながら資金を貯めていたとき、ニューヨーク世界博のコンパニオンとして渡米しました。そのときにアメリカで得たヒントを元に、日本で初めての電話を使った双方向での情報サービスを提供する会社を興しました。

「就職に挫折して10年、それは光りを求めての無謀で遠回りの、しかし掛け替えのない20代の旅でした」と語ります。

中学卒業後プロボクサーを志し一発で合格したが、内蔵の病で新人王の夢を断念した小笹公也さんは、アルバイト先の塗装屋で修行して21歳で独立しました。今では社員1500人近くを抱えるリホーム会社の社長だが、38歳の時に大検に合格し作春から大学の商学部に週四日は通い、パソコンで決済をしたり指示を出したりしています。

宝塚歌劇団で花組主演娘役として活躍し、退団後はテレビドラマのヒロイン役などを演じていた枡谷多紀子さんは、30代半ばに虚構の世界しか知らない自分が不安になって芸能界を去り、自宅でピアノと歌を教えながら歯科医師を目指して予備校に通い、2度目の受験で私立の歯科大学に合格した。歳を取ってからの勉強は苦労が多く、やっと頭に入れたことがあっと言う間に抜けていく。学校は卒業できたものの、国家試験にはなかなか受からない。母親の看病と家事も重なり、やっと4度目の挑戦で合格しました。

現実の社会や生身の人間に直接関わりたいという思いを抱いて、挑戦した歯科医の夢の実現に10年を費やしたが、「投げ出さなかったのは宝塚で鍛えられたおかげ」と笑う。

夢への挑戦には人それぞれのドラマがあり、どんな経験も無駄にはなりません。

早咲きの花もあれば遅咲きの花もあります。
何歳になっても前向きに挑戦し続ければ成就しないことはないはずです。君に、『頑張れ』というエールを送ります。

◆次回より新しく始まります      


          敵はあまたあれども
          顔に笑みを浮かべて
          我は歩み続けん
          あの遠き
          大空の星を求めて 
            「ラ・マンチャの男」より





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Last updated  2006.06.13 06:03:38
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