太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

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2015.02.19
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愛という概念はなかなか難しいので、慈愛と渇愛について補足しておきます。

すべての苦しみの源は、「生きていたい」「欲しい」という心の働きです。
仏教では、「欲しい、欲しい」と思うのは真実がわかっていないから(無明)だといっています。

無明から渇愛が生まれます。
とにかく、渇愛を喜ぶ心が私たちの中にいつでもあります。
渇愛には三つの側面があり、いわば三本の糸を寄り合わせて一本にしているような状態です。

一つは、五官(眼耳鼻舌身)に刺激を与えたいという欲です。
食べたり、運動したり、遊んだり、勉強したり、仕事をしたり、結婚したり、離婚したり、すべて五官に刺激を求めているのです。

二つ目は生存欲です。


三つ目は、破壊欲=「嫌なものを排除したい」という欲です。
生命は生きていきたい。そのためにずっと競争をしたり戦ったりしています。
自分にとって好ましいものを欲しいと思い、プラスにならないものを憎んで破壊したいと欲します。
人間は自分にとってマイナスだと思えば、平気で何人でも人を殺します。
人を殺すと罰されるから我慢をしているだけです。
どうしても戦う対象に勝てなくて怒りが大きくなると、自殺をします。
この破壊欲は、あらゆる場面でいろんな形で現れてきます。

真の愛とは、「相手に変わることを要求せず、相手をありのままに受け入れることだ」とイタリアの劇作家ディエゴ・ファブリは言っています。
恋人同士の愛であれ、夫婦の愛であれ、親子の愛であれ、このリトマス試験紙でテストしてみて下さい。

恋人や連れ合い、子供の「ここが嫌だ」と言って、相手を自分好みに変えようとするのが人間です。
自分から見た、いわゆる良い子、良い人にさせようとしがちです。

自分の都合で愛するのは、渇愛でしかありません。

本当の愛、慈愛とは、相手の身になって考えてあげるものであり、相手の自由を尊重するものです。
親が、自分の希望を子供に押し付けるのも渇愛です。
我が子の自由を尊重しつつ、我が子の将来がうまくいくように見守ってあげるのが慈愛です。





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Last updated  2015.02.19 06:07:39
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