太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

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2015.05.21
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横道にそれる道草人生が私の性癖で、最初のテーマからは随分と横道にも逸れたが、そろそろ終わりにしたいと思います。

さて、死んだら何処へ行くのか?
これは、死期が近づいた人だけでなく、歳を取れば誰にとっても関心のある問だと思います。

飛騨高山千光寺大下大圓住職は、大きくは次の四つに分類されるという。
1.死んだら終わりで、あの世なんてない。絶対無という考え方です。
2.人間は死んでも魂があって、生まれ変わって天国や地獄へ行くという輪廻の考え方です。
  この思いがあるから、ご先祖に対して、その霊をこちらへ迎えるというお盆の行事もあるわけです。
3.自分の子供や孫に自分の命の一部を託していきたいという託送の考え方です。
  受け継ぐ命で、そこから先祖や家族に対してもいろいろな思いが生じます。


どれが正解というものではないが、「自分はどうなりたいか」を考えてみるのもいいと思います。
それによって生き方とか、先祖や家族に対する考え方、死への臨み方も変わってくるように思います。

生も死もままならぬものだが、ボケていなければ、少なくとも終わり方だけは自分で決められます。
あなたにとって、理想の幸せな逝き方とはどんな姿だろうか?
考えてみたことがありますか?

どんなに苦しくても、自分の足で歩いて、日常の生活をしながら、ある日突然、最後の3日くらいだけ入院して、家族に看取られながら、苦しむこともなく、笑いつつ逝きたい。
それは、多くの人の願いだと思います。
私は、幸いにも病院に行ったのは、若いころに痔の手術をしたときと、50代で盲腸の手術をしただけです。
後期高齢者入りの今、今度病院に行ったら、少なくとも余命3か月以内を告げられることを願っています。
そのために、次の瞬間に死んでも悔いのないような生き方を心がけています。
厭世的ではなく、楽しむ、我慢しない、何があってもなるべく前向きに笑っていようと努力しています。





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Last updated  2015.05.21 04:34:38
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