美術準備室

美術準備室

あゆみ(仮称)4

あゆみ(仮称)4


準備室では、あゆみは勉強など見向きもしなかった。
お弁当も持ってきてないので、たまに近くのほか弁であゆみのお弁当を買うこともあった。
あゆみは素直に喜んだ。
たまにはカップラーメンを持ってきていた。
「せんせ、これな、おいしいで。食べてみ。」
そう言って、私に一口食べさせてくれたこともあった。

ある日、あゆみが
「ここは美術室やろ?ウチ、せっかく美術室におるから、
なんか絵描きたいわ。せんせ、紙ちょうだい。」と言った。
そこで、一冊新しいスケッチブックをあゆみに渡した。
あゆみはうれしそうな顔をして、自由に絵を描き始めた。
「ウチ、絵描くの好きやねんで。ほら、けっこう上手いやろ?」
あゆみが描く絵は、漫画チックだけれど、とてもかわいい絵だった。

あるときは、一日中寝ていることもあった。
何度起こしてもまた寝てしまう。

また、あるときは、変なことを口にした。
「せんせ、この部屋、何かおるで。さっきな、その鉛筆が動いたし、
そこの像も動いたし。」
「あんた、気色悪いこと言わんといてよぉ。」

ずっと寝ていたのも、何か動くと思ったのも、
それは覚せい剤中毒の禁断症状だとわかったのは、
ずっと後にあゆみが、
「せんせ、あんな、ウチ、シャブやめた言うとったけどな、
準備室におった頃、ほんまはまだやっとってん。
そやから、ワケわからんこと言うとったやろ。」
とおしえてくれたからだった。

あゆみは登校したりしなかったりだった。
ときには1週間以上も登校しないこともあったので、
祖父の家に家庭訪問することもあった。
祖父母はかなり歳がいっていたが、孫のことを心配し、
かわいがってもいた。しかし、歳をとりすぎていた。

ときどき母親がやってきては暴れ、あゆみを返せ、とわめいていたらしい。
「先生、このたんすの傷、見ておくんなはれ。
これ、みーんな母親が包丁で刺した傷ですわ。」
部屋のたんすは、あちこち、太い傷跡があった。
出刃包丁で思いっきり刺したんだろう、と思える傷。
その後、身の危険を感じるようになったのか、
母親がきても鍵をあけず、すぐに警察に連絡することにしていたようだ。
夜中に警察沙汰になることがしょっちゅうあったようだった。


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