Galante!(りりしいね) Mais non femme galante(でも売笑婦じゃない) Femme fatale?(悪女、かな) Je suis la barque fatale? (私は運命の小舟? 「地獄の渡し船」という意味が あることを後で知った) それだけ言うと、とろけるような微笑を森之宮に送り、さっと振り向くなりバタバタと音をたてて走って出て行ってしまった。
このOrigami(折り紙)を開いていると、開くにつれて思い出がおぼろ(Vague)になってきます。数々の橋の下を水は流れたのです。(注3) 「ミラボー橋の下、というのはそういう含みがあるのですね」 森之宮が言うと、マダム・ロレーヌはアンジェのように大きい孫がいるおばあさんとは思えないようなつやの肌に少しだけしわを寄せて、Sous le pont Mirabeau coule la Seine.(ミラボー橋の下、セーヌは流れる)アポリネールも知っているのですね、と笑って褒めてくれた。そうなのです、月日は流れ、わたしは残る(Les jours s'en vont je demeure.ミラボー橋の詩の続き)のです。さあ、そろそろロップスの美術館も開館時間です、あなたはここに残ることなく、お行きなさい。
きょうはサンチュベールの日だ。フランス語で言ってから、ちょっと待って、S'il vous plait attendez un petit! と言って、たどたどしい英語で説明してくれた。
今日はChasseの日だ、ああ、Chasse! English! No! 森之宮が「Is it means Hunting?」と補足すると、そうだそうだ、ハンティングだ。サンチュベールはハンティングのsaint du protecteur(守護聖人)なのだ、と言った。狩人の守護聖人でもあり、野生動物や家畜の守護聖人でもあるのだという。
「似合いのコートですね、素材は何ですか」こういうときはまずは服装を誉めて、たとえ知っていてもデザイナーやブランドを聞くものだ、というのがカールのアドバイスだった。 Il est la zibeline. 黒貂(くろてん)です、というアンジェのこたえはいささか素っ気ない。隙あらばVeuillez m'epouser(結婚して下さい)くらいは言ってやろうと思って、重くなるのを承知で持ってきた黄色い表紙の仏和辞典のJのあたりをみていると、アンジェは最後の方のページを開いた。Zで始まるフランス語の単語なんて滅多に目にしない。黒貂がzibelineであることがわかって辞書から顔をあげると同時に階段の最後の一段を踏み外した。
森之宮は余裕を取り戻して言った。 「Je t'aime!(ジュテーム) C'est bon dans ceci?(これでいいですか)」 Tres bien!!(トレビヤン。とってもいい) 屈託ない声でアンジェが答える。再び体を返して森之宮の両肩に手を置くと、伸びあがって顔を近づけてきた。夢に見たキスだ。