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August 15, 2006
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カテゴリ: カテゴリ未分類
どうも。久しぶりの更新です。








先日、『ユナイテッド93』という映画が公開された。最近見たい映画の一つだ。


CIMG1715.JPG



でも、この手の飛行機物の映画を見るのは、正直少し抵抗がある。
見ると昔あったある出来事を思い出すからだ・・・














あれは、小学校2年~3年の頃。









小さい頃、親の都合で色んなところを転々とする生活を送っていたおれは、新潟で生まれ、すぐ神奈川で過ごし、親の離婚で小学校に入ると同時に新潟のばあちゃんの家にあずけられた。そして、小1・2の2年間をそのまま新潟で過ごすことになる。親は東京で働いていた。







寂しくないといえばうそになるけど、離婚して母子家庭になったばかりの状況で、仕方なかったんだと、自分なりに現実を受け止めていた。







じいちゃん、ばあちゃんはすごく良くしてくれたし、新潟の生活はすごい楽しくて、あっという間に時間は過ぎていった。












そして、新潟に来て約2年が経った・・・・















学校から帰ると、母親がいた。
以前からたまに顔を見せに来ていたが、今回はいつもと違うようだった。

















母親 「アメリカに住むことになったの。一緒に行くか残るかは、りゅうが決めてほしい。」













いきなりだった。





なんだこの人??そん時は思ったね(⌒⌒;)



















悩んだ結果、それでも8歳の俺が選んだのは母親だった。
クラスで盛大にお別れ会をやってくれた。色紙やら手紙やらをもらい、泣いてくれた子もいた。
俺も、いっぱい泣いた。

















そして、旅立ちの日。
なんでアメリカに行くのか??
理由はギリギリまで話してくれなかったが、その日、空港で話してくれた。















  「うん・・・。」
















複雑な表情を浮かべる母親に、それ以上はなにも言い返せなかった。
その時は、母親と一緒にいられるならそれだけでいい・・・それだけで十分だった。


















初めて乗る飛行機に俺は目を輝かせ、はしゃいでいた。目に入る物全てが新鮮で輝いて見えた。
















そして、これからの生活の期待と不安をかみしめながら、俺と母親を乗せた飛行機は大空へと飛び立っていった・・・・。






CIMG1713.JPG









そして、飛び立ってから9時間弱くらいたった次の瞬間・・・・・・










事件は起こった・・・・・。
















それまで安定して飛んでいた飛行機が、急にグラグラと振動し、フリーフォールに乗ったときのような感覚に襲われる。
たてつづけにアナウンスが流れる。

















★「緊急降下中、緊急降下中」★













アナウンスは続く。


「乗務員の指示に従い、酸素マスクを着用してください。」



アナウンスと同時に、 客席の天井が開き、酸素マスクが勢いよく目の前に飛び出してくる。














いきなりの出来事にわけがわからずボーっとしている俺に、母親が酸素マスクを押し当ててくる。




母親「早くつけて!!!」





言われるがまま酸素マスクのバンドを耳にかけて着用する。








その後も飛行機は、急降下しては止まるを繰り返す。


1回・・2回・・3回・・・・















飲み物の入ったプラスチックのコップが宙を舞い、中身がぶちまけられる。
機内は騒然とし、パニック状態となる。











酸素マスクを着け、ボンベを背負ったCAが、必死で呼びかける。

「皆さん、落ち着いてください!身を低くしてしっかりつかまっていてください!」













周りを見渡すと、泣く人、叫ぶ人、放心状態の人、祈る人、抱き合う人。不安と死への恐怖の表現は人それぞれだった。

















そんな中、8歳の俺は自分でも不思議なほど落ち着いていた。
というよりはその瞬間、少年は自分なりに悟っていたんだと思う。












ここで死ぬだろうということを・・・・・。















母親は泣きじゃくり、俺を抱きしめ、

「ごめんね。ごめんね・・。」

と繰り返していた。




何回も。何回も・・・。

















母親の手を取り、母親に言った。







「昔、戦争で自分から死にに行かなきゃいけない人達がいたんだって。その人たちより、幸せだよ。」








じいちゃんが話してくれたことだった。














その一言で母親ははっとした様子で我に帰り、だまってうなずきながらまた俺をだきしめた。

















不思議と涙もでなかった。










友達、じいちゃん、ばあちゃん、母親・・・









少年は今まで生きてきた8年間を思い返していた・・・・。








続く・・・










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最終更新日  August 15, 2006 10:26:46 AM
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