少なくとも、お互いの関係という点においては・・。

 沙紀は、ある時は先輩のために料理を作った。慣れない料理のため、完成したパスタ料理はけして良い出来ではなかった。けれど卵がぽろぽろに固まったカルボナーラを先輩は美味しいと言って食べてくれた。
 先輩が好きな本を貸してもらったり、先輩が書いた話を少し読ませてもらったりした。私は先輩の好きな本も、書く話も、とても好きだった。
 いつも駅前で待ち合わせをして、それから美味しい料理を食べたり、街を歩いておしゃれな雑貨店で買い物したりした。

 先輩と過ごした時は、いつもドキドキしていた。先輩と手をつないで歩くことが、いつも照れくさかった。先輩に見つめられた時は、いつも体の芯から溶けてしまいそうになった。

 しかし、沙紀の中での不安は日ごとに強まっていた。
 今、沙紀が心の中で抱いている、先輩への気持ちは、今までつきあってきた誰に対しても抱いたことの無い思いだった。

 沙紀は気づいていた。沙紀が先輩に対して思っている気持ちは、沙紀がかつて付き合ってきた相手から思われていた気持ちと同じであるということに。
 そして、沙紀はそれを、鬱陶しくて嫌だと思っていたということに。

 メールの返事が遅いとか、沙紀は普段どおり接しているのに態度が素っ気無いとか。そういう今まで付き合ってきた人から言われたこと。相手のそのような姿を見て、沙紀は、自分はどうでもいいと思うことをどうしてそんなに気にするのかわからなかった。そして、それを鬱陶しいと思っていた。

 今では、その相手の気持ちがよくわかる。好きだから相手のことが気になったり、不安になったり。それは当然のことだと今では思う。
 しかしそのことが、先輩を失ってしまうのではないかという沙紀の不安を、さらに大きくしていった。

 これを言ったら、先輩は自分のことを面倒くさいと思うだろうか。自分が以前付き合っていた彼らを好きじゃなくなったように、先輩も自分のことを好きじゃなくなるだろうか。
 そんなことを考えると、自分の気持ちを言葉にすることは出来なかった。

 長いメールが来ると嬉しくて、メールが短いと少し物足りなくなる。メールの返事が遅いと、その間、もやもやした気分で過ごす。自分からメールしてばかりで、相手からもして欲しいと思う。
 相手の言葉がちょっとでも素っ気無く感じると、それが気になって気になってしかたなくなる。相手が自分以外のものに少しでも興味を持つと、自分のことを見てほしいと思う。
 けれど、もっとメールして、という言葉が言えない。
 私のことを見て、とか、私のこと好き、とか、そういうことも言えない。
 沙紀は、そういうもっともっと先輩から好かれていたいという気持ちを、態度に出すことは出来なかった。

 先輩から嫌われないように、そればっかりを考えていた。何よりも先輩を失いたくはなかった。先輩を失うなんて考えられなかった。
 そうやって付き合っていることはつらかった。
 けれど沙紀は、何も言えずに付き合っているのがつらくて苦しいってこと以上に、付き合っていて幸せだった。



 付き合い始めてから1ヶ月くらい経った頃、沙紀は沖田先輩へのプレゼントに腕時計を買った。来週は沖田先輩の誕生日なのだ。
 先輩は、ずっと使っていた時計が最近壊れてしまったらしく、いつも時計を持っていなかった。だから、沙紀はいろいろな店を回って時計を選んだ。先輩の、大きな手とその割に華奢な手首に似合いそうな時計を。そして、きっと先輩に似合うだろうし、先輩も気に入ってくれるだろう時計を見つけた。

 しかし、沙紀がプレゼントを買った翌日に、沙紀は沖田先輩からふられた。


 沙紀が時計を買う少し前から、彼の都合が悪いということで、何回か会う約束がキャンセルになっていた。沙紀は、直感的に嫌な感じがしていたのだが、やはり、その直感は当たっていた。
 『キミの僕に対する気持ちに比べて、キミのことを思う気持ちが小さくて・・』
それは、メールで送られてきた別れの言葉だった。沙紀は、ああ、これはもうだめだと思った。
 『とにかく、会ってゆっくり話たいです。先輩は明日忙しいですか?』
 『大丈夫。それじゃあ明日。』
 メールのやり取りをしてから、沙紀は思った。これは、もう時計はプレゼントできないかな。別れた相手から、普段から見につけるものをもらっても困るだろう。そんなことを思っていると、沙紀の目から涙があふれてきた。
 先輩と別れるということを、今までは、意識しないでいた。先輩の態度が素っ気無くなっていたことに気づいていたけど、そんなことは意識しないようにして、誕生日のプレゼントも買った。沙紀は自分が先輩から嫌われないように、鬱陶しいと思われないように、努力してきたはずだ。文句もいわなかったし、良い彼女で居たはずだ。それなのに、それなのに、どうして・・・。

 一通り泣いて落ち着いてきたところで、沙紀は、冷静になって自分の気持ちを見つめなおした。
 先輩のことが好きだ。
 別れたくない。
 けど、決めるのは先輩だ。ならば、自分は何をしたら良いだろう。明日、先輩と会って何を話すだろう・・。
 沙紀は涙をぬぐって立ち上がった。そして、近所にある雑貨店へと向かった。


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